第二百三十話 謀反起こりて候う
遅筆で申し訳ありません。
永禄五年 十二月
斎藤兄弟を派遣してから半年近くが経った。
今年の米は不作。
さもありなん。
去年まで武田の支配下で有り、取れた作物は甲斐の国に送られ、食うに困って奴隷になる者が後を絶たなかった。
美濃の国はかなり疲弊していたのだ。
この疲弊した国を立て直すのに数年掛かれば良いほうだろう。
今は堺の豪商『今井 宗久』や『千 宗易』らに美濃、尾張、北伊勢、伊賀、南近江の領内商圏の一部を一年契約で貸し出している。
これで毎年決まった額の金が入ってくる訳で、その金を復興資金として活用している。
それでも足りない。
今の家の財政は火の車。
これが4ヶ国を手に入れた俺の現状だ。
だから後一年は内政に力を入れたい。
頼むから他国から喧嘩を吹っ掛けて来ませんようにと祈る毎日だ。
しかし現状、今の俺に喧嘩を仕掛ける奴は居ないだろう。
なにせ、尾張織田に甲斐武田、駿河今川、越後上杉をバックに付けているのだ。
この一大勢力に喧嘩を売ろうものならあっという間に滅ぼされるだろう。
中身を知らなければな?
織田家は先の武田との戦いで結構な戦死者が出てしまったので、当分は大軍を動かす事は出来ない。
甲斐武田も同様だ。
こちらは織田家よりも酷い。
前当主(晴信)と前前当主(信虎)が相次いで亡くなり、しかも、甲斐の国はともかく、南信濃の統制が緩んでいる。
これを纏めなければ成らない太郎義信は大変だろう。
典厩信繁が付いているがそれでも大変な事には変わらない。
そして越後上杉は遠すぎる。
龍千代輝虎は『困った事が有ったら頼れ』と気軽な感じで手紙と使者を寄越してきたのだが、そんな簡単に美濃まで来れるとは思えない。
越中の一向一揆、相模北条、会津蘆名に煽られて命令を聞かない一部の越後の豪族達。
龍千代の周りも敵だらけなのだ。
唯一の救いは甲斐武田と和睦し、更に俺を介して同盟を結べたのが幸い。
しかし、龍千代さんの性格なら使者等寄越さずに自ら乗り込んで来ても可怪しくないのだが……
使者に龍千代さんは元気かと聞くと『元気過ぎて困っております』と返された。
因みに使者は斎藤朝信だ。
使者が来たのは婚儀の後であったのだが、文には婚儀に関しては何も触れてはいなかったのが怖い。
婚儀を行う事は前持って知らせていたのに、祝儀の品は何もない。
しかし、同盟の骨折りの品は持って来ていた。
龍千代さん、もしかして怒っているの?
それを朝信に聞けるような度胸は俺にはなかった。
何にしても龍千代さんも忙しいと言う事だろう。
ははは……
現状織田に武田、上杉の三家が頼れない。
今最も頼りに成るのは駿河今川だ!
三国同盟を堅守していた今川は桶狭間の戦いの傷も癒えて来ており、先の長島合戦のおりに三河を手に入れており、木下家を中心にした大同盟の商業圏の中で最も栄えている。
財政が堅調なら多少の無茶も効く。
それに今川家独自の寄親寄子制で動員力も申し分ない。
もし今、今川彦五郎氏真がその気になったら、北条を使って上杉、武田を牽制して尾張美濃に攻め込むなんて事も簡単に出来るだろう。
それぐらい今の今川家は余力が有る。
しかし、家には長姫が居るし、今川家の実権は寿桂尼と黒衣の宰相様が握っている。
だから氏真が暴走する事はないだろう。
まぁ暴走しても返り討ちにしてやるだけだけどね。
どうせ氏真に付いていく兵なんてほとんどいないだろうし?
そんな訳で内情は楽観視出来る程余裕が有る訳でもなく、最悪かと言われるとまだ余力は有りますよと言える状態だ。
例えば、今の仮想敵である長井道利が兵を挙げたとする。
彼の兵力は多く見積もっても千五百が精々。
一方こちらの兵力は本拠稲葉山に二千、鳥峰森家が五百、長島鈴木で二千が直ぐに動かせる兵力だ。
これに稲葉、氏家、蜂須賀、それに斎藤兄弟らの兵も加われば一時的に一万以上の兵力を動かす事が出来る。
出来るのだが、今現在の財政でこの兵力を動かすと更なる借金を背負わなければならない。
それはなんとか回避したい。
織田家時代で借金には良い思い出が全然ない。
全くない!
借金なんてしたくないんだ!
だから頼む!
どうせ兵を挙げるなら再来年以降に頼む!
「京の様子はどうだった?」
「は、こちらの文をどうぞ」
稲葉山城の俺専用の執務室にて、山中為俊から文を受け取る。
為俊には京周辺の情報収集を念入りに行うように厳命していた。
信虎の置き土産が無いか警戒しての事だった。
変事が起きた際には直ぐに報告するようにとも命令していたので、こうして自ら報告に来たわけだ。
そして文を見て少し安堵した。
「そうか、新しい将軍様が立たれるか」
「三好修理大夫は、新将軍を置く事で京の混乱を治めました」
信虎の思惑はこれで完全に絶たれた訳だ。
ざまあみろ!
それにしても、まさか新将軍が…
「足利 左馬頭 義秋か」
「先の義輝公の弟君に御座います」
『知っとるわ!』と言いたいが初めて聞いたみたいな反応をしたいが出来ないので、誤魔化す為に手で口元を隠す。
「弟君は直ぐに見つかったのか?」
「は、幕臣の細川殿が匿っていたとかで」
「そうか」
はて? 可怪しいな?
義輝が死ぬかも知れないと俺は藤孝に警告していたが、藤孝ら幕臣は義輝を守れなかった。
いや、守らなかったのか?
義輝が死ぬのは確定的だと判断して、次の将軍候補である義秋を確保したのか?
うーん、まぁ良いか。
「それで左馬頭、新将軍は俺に対してはどうだ?」
「は、文に書きましたが余り関心はないようで…」
所詮、尾張の成り上がりとしか思ってないのかな?
それなら……
「俺が将軍殺しの犯人ではないと知っているのか?」
「それに関しては何とも…… 修理大夫が話をしているものとは思われますが」
確定情報はないのか。
朝廷は俺が将軍殺しではないと宣言してくれたが、それがどこまで浸透しているのやら?
義秋に睨まれて追討令なんて出されたら洒落にならん!
「京は落ち着きを取り戻し、新将軍が立った事で三好の権勢は些かも衰えてはいないと言ったところか?」
「は、そのようです」
混乱したままも良くないが、安定した統治のままと言うのも困りものだ。
しかし、こちらも動けないしな。
どうしたものか?
「長旅御苦労だった。ゆるりと休め」
「は、では」
サササッと為俊は席を外して下がった。
すげえ早い。
為俊が去ってから改めて文を見る。
それには三好の力がこれでもかと書かれている。
端的に纏めると、京に三万の兵を入れての治安維持に朝廷に金をばら撒いて新将軍の就任を認めさせた。
その手腕は見事としか言いようがない。
流石『日本の副王』と言われた三好長慶。
それを支える優秀な身内に家臣団。
現状今の三好は最盛期と見るべきだろう。
これと戦って勝てるのだろうか?
まぁ、取らぬ狸の皮算用と言うしな。
今は美濃の復興を目指しつつ、長井の暴発を待ちますか?
と思案してたらダンダン、ダンダンと足音が近づいて来た。
そしてお決まりのスパーンと戸が勢いよく開かられた。
見れば戸を開けたのは、半兵衛だった?
あの普段は冷静に振る舞いつつ、しかし何処か抜けたところの有る半兵衛にしては珍しい行動だ。
それに、若干息を切らしている様子。
これはあれか?
長井が謀反を起こしたか?
「ハァ、ハァハァ、ご、ご報告、申し上げ、ます」
「落ち着け半兵衛。そんなに慌てて報告しなくてもいい。まずは深呼吸だ。そら、吸って、吐いて〜」
「は、はい!」
半兵衛は素直に深呼吸して息を整える。
その間に俺は思案する。
はぁ、長井の謀反か。
まぁ刈り入れが終わったこの時期は戦争シーズンだもんな。
しょうがないかぁ~
いや、しょうがなくなんかない!
巫山戯やがって!
こっちの都合も考えろよ!
と言っても現実は変わらないか。
よし、現実を受け入れよう。
やってやるぞ長井め!
「報告申し上げます。謀反に御座います」
まぁ、そうだよな。
「うん。分かってるよ。長井だよな?」
「いえ、違います」
うん、分かってる。違うよな。え?
「は?違うの!?」
「はい。謀反を起こしたのは南近江。旧六角家臣団です!」
う、嘘だろう!!
何で六角家臣が謀反するんだよー!
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