第二百二十九話 内紛の芽にて候
結局、斎藤兄弟を受け入れる事にした。
兄玄蕃を郡上八幡に、弟新五郎は加治田に入れる様に画策する。
郡上八幡城の城主『遠藤 盛数』は美濃動乱の際に亡くなっており、その後を継いだ『遠藤 慶隆』はまだ幼く、その後見人を長井道利がしていた。
そこで慶隆の後見人を道利に代わって玄蕃にやって貰う事にし、そして加治田城の元城主『佐藤 忠能』は武田に殺されており、その後釜に道利が入っていたが、そこに無理矢理新五郎を入れる事にした。
要は長井道利の美濃での影響力を弱め、俺の支配領域を広げるのが目的だ。
玄蕃、新五郎の兄弟を有効的に活用し、また道利の不満を貯めさせ謀反を起こさせる。
俺の美濃支配の為には長井道利は邪魔でしかない。
稲葉や氏家は美濃の有力豪族だが俺には協力的だし、人となりも知っている信頼の置ける者達だ。
しかし、長井は違う。
彼は信虎の誘いを受けて、斎藤家を裏切っている。
信用等出来よう筈がない。
俺はその事を道利に告げる為、城に呼び出した。
道利は見た目は小太りの爺さんで、商人だと言われたら『ああ、そうだな』と思えるような人物だ。
とても戦上手の人物には見えない見た目をしている。
悪どい商人がお似合いなんじゃないかな?
挨拶もそこそこに直ぐに本題に入る。
「すまんな。忙しい時期に呼び出して」
全然そんな事思ってないけどな。
「火急の用との事ですが、何用でしょうか?」
不満顔を見せる事なく俺に答える道利。
愛想笑いをするでもなく、こちらを品定めする感じでもない。
『どうして呼ばれたのか分からない』と言った感じかな?
俺の話を聞いて、どう言う反応をするか楽しみだ。
それで今後の対応が取りやすくなる。
「実はな…」
道利は俺の話を聞いて…
「それは… 願ってもない良き事にございますな!」
あ、あれ?
激怒する事はないとは思っていたし、少しばかり不満を述べたりして俺の機嫌を伺うのかと思っていたが、そうではなかった。
まさか、真逆な反応をするとは思っても見なかった。
それから話はトントン拍子で進み、道利は率先して動いた。
遠藤家には自ら向かい話を付けて、慶隆を連れて俺に挨拶をさせてから玄蕃を紹介し、郡上八幡を明け渡した。
更に新五郎を加治田に案内し、周辺の村々の責任者達に支配者が代わるのを喧伝して周囲の治安が安定するのに一役買ったりもした。
道利の協力的な態度が本物なのか、嘘なのか分からない。
一応二人の安全の為に玄蕃と新五郎には護衛として、影ながら百地の者達を付けて置く事にした。
小姓とか侍女達に扮してだ。
監視(玄蕃達に近づく者達)と俺への連絡役だ。
本当なら為俊に頼む所ではあるのだが、為俊には緊急かつ重要な仕事を任せているので、新参ではあるが百地に頼る事にした。
百地は半従属半独立ではあるので、この仕事は命令ではなく、要請と言う形を取った。
そうしたら三太夫は直ぐに動いてくれた。
俺は三太夫に個人的に嫌われているから断ってくるかもと身構えていたが、そうではなかったので良かったと思う反面、実は嫌われていないのではと思った。
二人は離れる前に俺に挨拶をして役目に出むいたのだが…
『御役目必ず』
『刺し違える覚悟にて』
とか、悲壮感バリバリで『違う!そうじゃない!』と言ったのだが、こちらの言葉が二人に届いたのかどうか?
ジジイの奴、二人にいらん事ばかり吹き込んだじゃないだろうか?
あの人は本当に……
こうして、二人がそれぞれ城に入り周辺を治め初めた。
まずは上々の首尾と言っても言いのではないだろうか?
後は道利がどう動くのかだが……
しかし、それにしても道利がこうもあっさりとこちらの要求を受け入れるとは思っても見なかった。
もしかして俺って結構恐れられて要るのだろうか?
俺的には晴信の遺言書で無理矢理大名になった若造としか思ってなかったのだが、周りからはそうは思われてなかったりして?
俺は胡座をかき石松丸を膝に乗せてあやしながら、そう考えていた。
そんな俺の肩に頭を預け体を寄せる市姫と、対面には鶴松を抱き抱えている長姫が居て、その長姫の隣で鶴松を見て微笑んでいる勝姫が一つの部屋に揃っていた。
久しぶりの家族団欒と言うやつだ。
小六と犬千代は実家に帰っているし、寧々は朝日の付き添いで外に、昌景さんは『上泉 豊』と稽古している。
ここに居るのは正室と側室のナンバーワンとナンバーツーなのだ。
基本この三人の仲は穏やかである。
俺の知らない所でバチバチやり合っているという訳でもない。
しかし、派閥が出来ていない訳でもない。
人間三人居れば派閥が出来るとか、出来ないとか?
表向きは正室である長姫と、側室ナンバーワンの市姫の二人が争っていると言われている。
それは後継者争いが原因だ。
石松と鶴松の二人
石松は市姫の子供で、鶴松は長姫の子供だ。
二人共、初産で男の子を産んでくれた。
そして俄大名である木下家はこの慶事を喜び、また危ぶんだ。
『木下家の跡取りは二人のうちのどちらが?』
『織田と今川、近江守はどちらを後見に?』
『いやいや、どちらも違うかもしれん。武田の姫様が居られるのだから』
と、周りが勝手に盛り上がっている。
俺の後継者、跡取りは誰なのか?
織田市は俺の主君であったのだから、石松丸が選ばれても可笑しくない。
また、今川長得は正室であり足利に継ぐ名門武家であるのだから鶴松が選ばれて当然だし。
武田勝は、甲斐源氏と諏訪大社の血を引いているし、更に言えば俺を大名してくれた人の娘だ。
この三人の内、誰の子供が選ばれるか?
既に木下家は内紛の種を抱え込んでいる訳である。
しかし、内情は違う。
周りの盛り上がりとは違って、本人達は全くそんな事は気にしてない。
「ふふ、石松丸。藤吉と言いなさい。ほら、藤吉と」
「とと、き、ち。ときち。ときち」
「いや、そこは父とか。おとうとかじゃないの?」
俺は嫌だよ。子供に呼び捨てにされるのなんて。
「全く、市さんは。鶴松は真似しては駄目ですからね。良いですか?」
「だぁ、だぁ。とうと、とう?」
「いや、鶴松はまだ話せないでしょ」
鶴松話せなかったよな?
「石松丸と鶴松は御二方に似て、大変可愛いらしくていらっしゃいますね。ほらほら鶴松。私は勝ですよ~」
「あぅ、あぅ」
勝姫が鶴松の手を取るが鶴松は嫌がって長姫の胸に顔を埋めてしまう。
「いや、勝は甥っ子を見る姪御さんになってるよ」
まぁ、可愛いとは思うよ。勝姫がね。
こんな感じで争いとは無縁だ。
『後継者争い?何それ美味しいの?』って感じだ。
皆先走りし過ぎなんだよ。
「とう、きち。とうき、ち。とうきち。ときち」
「ほら、藤吉!石松丸が名前を!」
「いや、だからそこは父上とかにしてくれない」
「むぅ、いやなのか。藤吉は私達が嫌いのか?」
市姫が涙目の上に上目遣いで俺を見る。
「え?」
なんでそうなるんだよ?
俺は一般常識的に考えてですね。
そこは違うと言いたい訳ですよ。
父親を呼び捨てって事はないでしょ。
え、違うの?俺が間違ってるの?
「なんですか。そこで藤吉の憐憫の情に訴えるのですか?おほほほ。これだから成り上がりの者は」
やめて、煽らないで!
「なん、ですって!聞き捨てならいわねー!」
市姫はすっくと立ち上がると足音を立てる事なく、長姫の前に。
だからやめて~
「あら、聞こえませんでしたの?んん、これだから成り上がり者と申したんですのよ。おーほほほ」
長姫は勝姫に鶴松を預けると市姫を睨み変えした後に、高笑いした。
だからナチュラルに煽るなよ~!
「まぁまぁ、怖い怖い。お二人はこのままで、さぁ藤吉さまあちらに参りましょうか」
市姫と長姫が睨み合っていると、勝姫が俺の手を取ろうしてくる。
図太くなったな勝姫は。
「「待ちなさい!」」
そこは息ピッタリだよね。
こうして我が家は束の間の平穏な日々を送るのだった?
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