第二百二十八話 道三の息子達
このじじい、なんて奴らを連れてきたんだ!
斎藤玄蕃に斎藤新五郎と言えば斎藤道三の実子で『斎藤 利堯』『斎藤 利治』じゃないか。
特に『斎藤新五郎利治』は信長の信用の厚い男で、信忠の側近に選ばれた男だ。
それだけじゃない。
美濃平定から本能寺までの長い間、前線で戦い続けた戦上手で知られている。
斎藤道三が残した最も優秀な末子が『斎藤新五郎利治』なのだ!
そんな奴らが俺の目の前に居る。
義龍の時のように、美濃を割りたいのかこのじじい!
「あ、あんた。美濃を割りたいのか!」
あ、声に出てた。
「そんな訳が在るまい。何を勘違いしておる?」
じじいは『何も分かっていないな』と言う顔で俺を見ている
「あんたの息子達を担ぎ上げる連中が居るかも知れないじゃないか!」
じじい自身は既に死んでいる事に成っているので、表だって出る事は出来ないが、しかし、この二人は違う。
この二人は既に元服を済ましていて、旧斎藤家臣団に顔が知られているのだ。
そんな二人が美濃に現れたりしたら旧斎藤家臣団の誰かが、この二人を美濃の正統な統治者として担ぎ上げても不思議ではないだろう。
いや、そうなるに決まっている!
そうなれば美濃は再び内乱に突入だ!
婚儀を済ませ要所に人を配し、さぁこれからと言うところに導火線に火の点いた爆弾を持ってくる奴がいるか!
「そんなに興奮するな。まぁ話を聞け」
「興奮するな?話を聞け?冗談じゃない!」
興奮するなと言う方がおかしいだろうが!
「うん、まぁ、その、なぁ……」
困った顔で俺を見るじじいは珍しいがそれで怒りが治まる訳がない。
「その、よろしいでしょうか?」
そんな俺たちのやり取りを見ていた二人の内の一人、新五郎が発言を求めてきた。
「ふぅ、はぁ、何だ」
多少息を整えて答えたが、言葉がぶっきらぼうになってしまった。
しかし、俺は反省しない。
「父道三からは貴方の事は文にてよく存じております。その、人となりや行いに関してもです。そんな貴方の下でなら我ら兄弟心を一つにして働けると思うたのです。それに我らは再び美濃の当主になろう等とは思っても」
「思ってもいないと言いたいのか?」
「は、はい。左様です」
そんな事は分かってんだよ!
でも、周りはそう思わないのだ!
子供でも分かりそうな事を俺が分からないとでも思ったのか?
馬鹿にしやがって!
「ご懸念はごもっとも。ですが我らも覚悟を決めてここに来たのです。それをご承知」
「出来るかー!」
「平に、平にご容赦を」
玄蕃は新五郎に比べたら落ち着いて見えるが、人の怒りに薪をくべる奴がいるか!
この親子は本当に似ている。
だが、怒ってばかりも居られない。
来てしまった者を追い返せば角が立つ。
俺の評判も悪くなる。
いや、将軍殺しの犯人されてたから評判はよくないな。
ここに来るまでに既に誰かに見られた可能性がある。
ここには旧斎藤家臣団の子息達が出入りしているのだ。
そんな連中にこの二人は既に見られていると考えて良いだろう。
困ったもんだ。
本当に困った。
「藤吉。その、な」
そんな顔をするなよじじい。
「分かった。話を聞こう」
くそ、結局は俺が折れるしかないじゃないか!
現在の美濃の状況は中美濃と西美濃を俺が押さえている。
残りは北美濃と東美濃。
その内の東美濃は『遠山家』が支配し武田と俺に従属しているが、信用等全くしていない。
西美濃を纏めている稲葉と氏家と違って遠山はあっちふらふらこっちふらふらしている。
それが悪いとは思わない。
豪族連中は力の強い連中に尻尾を振らないと生きて行けないからだ。
特に武田、斎藤に挟まれてはどうしようもないだろう。
そんな遠山家だが今のところは大人しくしている。
だが、内心はどう思っているだろうか?
そして問題なのは北美濃の『長井家』だ。
北美濃の『長井 道利』は義龍が反乱を起こした時は史実とは違いそれに呼応しなかったが、その後の武田侵攻の際には真っ先に降伏して武田家に臣従している。
そして道利は武田晴信から中美濃の本領を安堵され、更に北美濃を与えられた。
つまり道利は『安藤 守就』と同様に武田に内通していたのだ。
結果としては守就は晴信に切り捨てられたが、道利は生き残った。
だが、本来なら道利を殺害する予定が晴信は守就を危険視して殺害した。
半兵衛の存在が守就を死に追いやってしまったとも言える。
その後、道利は晴信から危険視される事もなく、何事も無かったように北美濃を治めている。
表向きには道利は武田の力にひれ伏したとされているが、裏では斎藤家を裏切り、強かに生き残った。
長井道利は一筋縄では行かない十分に注意する人物だ。
それを教えてくれたのは武田の片目親父だ。
甲斐に戻る前に置き土産だと言って話してくれた。
俺がその爆弾をどう処理するのか楽しみだ、と言わんばかりの笑顔で甲斐に帰って行ったのは本当にムカつく。
そう言う訳で俺にとっては長井道利は信用の置けない人物で、何とかして排除しないと行けない。
今は大人しいが、俺を頼りなしと判断したらどうなるやら?
このように美濃だけでも問題は多く、それに加えて南近江、北伊勢にも問題はある。
だから今は問題が起きないように、内政に力を入れてコツコツとやって行こうとした矢先なのにこのじじいは……
「まずは玄蕃と新五郎を長井に預ける」
「いや、それはまずいだろう?」
このじじいは俺の考えを全く理解していないのか?
「言いたい事は分かるが、まぁ最後まで聞け」
「はぁ、続けて」
とりあえずは最後まで聞こう。
どうせろくな考えじゃないと思うけどな?
「玄蕃と新五郎を得た隼人(道利)は、期を見て謀反を起こすじゃろう。そこを」
「玄蕃と新五郎で抑えると?」
俺がそう言うとじじいは一瞬ぽかんとしたが直ぐに笑顔を見せた。
その笑顔が何とも嫌らしい。
「ほう。分かって来たのう」
いや、分かるわ!
じじいの美濃取りの話を聞かされた後なら、察するのは訳ない。
だが、じじいの目論見通りに進むかな?
下手をしたら二人の息子を失う羽目になるかも知れない。
そう考えていたら玄蕃、新五郎と目が合った。
二人は真剣な表情で俺を見ると頷いた。
二人の覚悟は既に決まっているのか。
でもそんな事はさせられない。
これ以上じじいの身内を減らすのは俺が我慢出来ない。
因みに長井道利はじじいとは血の繋がりはないらしい。
長井姓はじじいの前の姓だが、関係が有るのはじじいではなくて、じじいの父親と関係が有るのだが、詳しい事は知らないし教えてくれない。
それにしても…… そんな簡単に謀反を起こすだろうか?
今の俺は武田、今川、織田の三家と同盟関係にある。
そんな俺に対して謀反を起こせばどうなるか分からない筈はないだろう。
いや、分からないんだろうな。
俺に対して兵を上げても、三家が援軍を素直に出すとは考えないのかも知れない。
武田に対しては遠山家を盾にすれば良いし、今川はもしかしたら日和見するかも、何せ当主が氏真だからな?
直接兵を出すとしたら織田家だが、織田が兵を出す前に動けば良いだけの事とか他かを括るだろう。
そして、謀反を起こすのが道利だけとは限らない。
そうなれば…… 駄目だな。絶対に駄目だ!
「そんな危ない橋は渡せられない」
「お主はまだそのような」
「甘いのは分かってる!でも、それが俺なんだ!いい加減分かれ!」
俺が声を荒げるとじじいは困った奴だと言う顔をした。
だってしょうがないだろう?
俺は安全第一で行きたいんだ。
それなのにこのじじいは道利が謀反を起こすとそれを切っ掛けに連鎖的に謀反を起こさせて、それを一気に片付けるつもりだ。
そんな上手い事行くわけないじゃないか!
はぁ、このじじいと言い、武田の片目親父と言い、どうしてこう俺を試すような真似をするのかね。
「とりあえずこの二人は」
と言ったら、スパーンと障子が開かれた。
そこには障子を開ききって仁王立ちする長姫の姿が。
「話は聞きましたわ。それで行きましょう!」
どうしてこうなるかなぁ~
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