第二百二十七話 人手不足にて候
人が居ない。
明らかに人材が不足している。
そりゃそうだろう。
俺が治めるのは美濃一国と南近江に北伊勢、それと伊賀が有る。
ちょっと前までの俺は一城の主でしかなかったのだ。
それが広範囲の土地を与えられて、上手く統治が出来る訳がない。
とりあえず、今のところ主に俺が治めている所は……
『美濃 井ノ口』 俺(藤吉)
『南近江 観音寺』 小一 前野長康
『東美濃 鳥峰』 森可成
『尾張 長島』 鈴木 佐大夫
『北伊勢 亀山』滝川 一益
『伊賀 伊賀上野』 百地 三太夫
となっている。
南近江は小一、長康コンビに任せている。
と言うか、他に任せられる人間が居なかった。
なぜなら、南近江の元六角家臣団は全くと言っていいほど信用出来ないからだ。
今のところは大人しく従っているが、三好や朝倉がちょっかいを掛けてきたら、どう転ぶか分かった物ではない。
その為、南近江と美濃を結ぶ要衝『佐和山』には稲葉良通の庶子『稲葉 勘右衛門 重通』を配した。
稲葉良通はあの籠城戦以後は俺によくしてくれている。
その息子で庶子の稲葉重通も俺に好意的であった。
その為、重通を大抜擢したのだ。
しかし当初は近習との声も有ったが、美濃と近江を繋ぐ佐和山を任せる事で、稲葉家を俺が重視し、且つ、信頼していると言う事を内外に知らしめる事にした。
その効果は抜群であり、良通は深々と頭を下げて俺に臣従する事を誓ってくれた。
ただ、本心を言えば稲葉家の美濃での影響力があまりにも大きいので、彼らを取り込めば他の連中もそれに倣うだろうとの読みも有った。
それに国境を任せる事で稲葉親子が死に物狂いで働いてくれるだろうとの打算も有ったり無かったり。
そうすると黙っていなかったのが、氏家家だ。
氏家直元は嫡男の氏家直政を是非近習にと送って来てくれた。
こうなると後は芋づる式に他の豪族連中も我も我もと人を送ってくるようになった。
正に目論見通り!
しかし、人が増えてもそれが信用出来る人間とは限らない。
しばらくは様子を見つつ、使って行くしかないだろう。
それと織田家から俺の傘下に正式に加わった『森可成』と『滝川一益』の存在が大きい。
森可成は織田家から与力として俺の下に来ていたが、信光様に言上して俺の配下に成ってくれるように頼んだ。
可成は人手不足の俺の下なら出世出来るだろうと踏んで、二つ返事で加わってくれた。
そんな可成に俺は爆弾を投げた。
「じゃあ、鳥峰を任せるからよろしく」
「は?」
可成は鳥峰城を与えると伝えるとその場で固まったかと思うと気絶して倒れてしまった。
本人は城を与えられるとは思って見なかったようで『これは夢ではなかろうか?』と言って柱に頭を打ち付けていた。
それほど驚く事だろうかと思ったが、今までの不運ぶりからすればああして確かめるのも無理はないだろう。
滝川一益は先の長島の戦いでの勲功も有ったが、大した加増も無かったのでさっさと織田家に見切りつけて、勝三郎(池田恒興)を介して自分を売り込んで来やがった。
「お役に立って見せます。この通りにて」
まぁ、一益は野心家だが頼れる男だ。
こっちがちゃんと見返りを与えれば裏切る事はないだろう。
例え裏切ったとしても、その時は勝三郎に責任を取らせるけどな!
「桑名はそのままで、亀山をやろう。どうかな?」
「はぁ~、え!? ほ、本当で御座るか?」
俺が頷くと一益は額を床に打ち付けた。
「この一益!一生付いて行きまする!」
本当かよ?
とりあえず北伊勢の問題は一益に任せる。
史実でも北伊勢を治めていたし、北畠攻略も一益が主導していたので、北畠の事も丸投げだ。
何か有っても、伊賀百地と甲賀山中が見張っているので問題ないだろう。
……たぶん。
俺の元本拠地『長島』は丸々『鈴木佐大夫』に任せた。
あそこは色々と人と物が集まる場所で、重要な拠点だ。
それに硝石も作っているので佐大夫以外に任せる人が居ない。
本人は嬉々として長島で鉄砲造りに励めると喜んでいたし、雑賀衆も呼び寄せる事が出来るとも言っていた。
長島は今後、鉄砲の産地として名を残すかも知れないな?
それと伊賀なんだが、俺が瀬田で武田に負けた後に『山中為俊』の案内で甲賀から伊賀に落ち延び『百地丹波守』に匿って貰っていた事があった。
この時、伊賀では藤林と百地が争っていて、俺は百地の側に付いて伊賀内乱を治めた。
この内乱は『武田信虎』が起こしたもので、藤林を使って俺を捕らえようとしていたのだ。
そして、その内乱の最中に『百地丹波守』が負傷し、その娘の『三太夫』が後を継いで伊賀全体を治める事になった。
伊賀は米があんまり取れず、狭い土地だ。
しかし、伊賀は『大和』『南近江』『伊勢』を繋ぐ細い道があり、これからの戦いでは押さえて置かないといけない場所だ。
幸いな事に三太夫は内乱の時手伝った縁で俺を認めてくれていて、俺の傘下に加わる事を快く了承してくれた。
「こ、この、たびは……… よろしく、おね……」
「ええと『この度は我が願いを叶えて頂き、ありがとうございまする。この三太夫、藤吉様の恩為にお仕え致しまする。どうぞ、よろしくお頼もうしまする』と言っているようです」
「ああ、半兵衛。ありがとう。それと三太夫もありがとう」
三太夫の言っている願いとは伊賀での百地家の領地安堵と独立(従属)を認めると言う事だ
伊賀と言う土地は治めるに難く、また収益も少ない。
そのような土地は地元の人間に任せるに限る。
外から代官を送っても、統治に苦労するだけだ。
それに派遣する代官も居ないしな。
「いえ、そ、その……」
「『そのような言葉。勿体のうございます』との事です」
「ああ、そう」
なぜか三太夫は俺の前ではこのようにか細い声で答えている。
会った当初は「貴様のような奴に何が出来るかー!」とかなり喧嘩腰だったんだけどな~
それに頭を上げないんだよね~
頭を上げるように言っても、頑なに上げないんだよ。
退席する時も頭を下げたまま、『スタタタタ』って感じで座ったまま退席するんだ。
俺、本当は三太夫に嫌われてるのかな~
ただ、父親の百地丹波守以下、伊賀衆は俺に好意的だから大丈夫だと思うけど、どうなんだろう?
為俊が心配ご無用と言っているので大丈夫か。
ふぅ、要所、要所は押さえた。
これで何とか形は出来たな。
後は使える人材を集めて仕事を割り振らないとな。
まだまだホワイト職場にはほど遠い。
いっそのこと織田、武田、今川から人を寄越してもらうか!
「駄目よ。家(今川)は桶狭間で死んだ者達の後釜を埋めるのに苦労してますのよ。人を送れる余裕なんてないわよ」
「家(織田)もだ。先の長島での人死にが多いし、森と滝川で我慢してくれ」
「私(武田)の所も無理です。祖父と父を失い。更に先の戦で主だった者達の処罰で騒ぎが出てますから。そこに人を出して欲しいとはとても言えないのです」
『本当につっかえない嫁の実家だな!』と大きな声で言いたいが言えないな。
とほほ……
「あ、あの。家(杉下)の叔父や兄上は大丈夫だと思います!」
寧々の実家と言うと、家次と家定か~ まぁ居ないよりはましか?
「家(前田)は弟を呼びましょう。兄とは違って真面目で良い子です」
犬千代の弟って『佐脇 良之』かよ。
たしか、利家より気性が激しい奴じゃなかったか?
犬千代の前では猫被ってんじゃないの。
「家(蜂須賀)は家の事は又十郎(小六の弟)に任せてるからねぇ~ ああ、(稲田)左馬亮が居たね。あいつを連れてくるよ」
左馬亮って誰だっけ?
嫁ズの紹介でそれなりに人は増えた。
但し、一癖も二癖もある面々だ。
それと召し抱えた浪人の中から気になる奴らが居た。
「宮田喜八と申す。殿の敵は我が槍にて貫かん」
若いのに年寄り臭い口調だな。
うん? 宮田喜八って『羽柴四天王』の『宮田光次』か!
半兵衛がその死を惜しみ、秀吉も悼んだあの宮田光次か。
「神子田 半右衛門で御座ります。私は軍学にいささか自信が有ります。兵を与えられれば必ずや武功を上げましょうぞ」
大した自信家だな。
それにしても珍しい名だな?
そう言えば神子田ってたしか…… う~ん、あ!
神子田正治か!!
あの口の悪い神子田正治かよ!
え~どうしよう~
となると残りの二人『戸田 勝隆』と『尾藤 知宣』は要るのか?
探してみると勝隆は居たが知宣は居なかった。
なんでだろう?
まぁ、この三人は史実では戦上手で知られているので、とりあえず足軽組頭として召し抱える事にした。
そのうち知宣も現れるかも知れないな。
その時は『羽柴四天王』の名乗らせる時が来るのかな?
いや、今なら『木下四天王』か。
そんな仕官を求めてきた浪人の群れを一通り捌き終えたある日。
ふらっと俺の実務部屋に隠居じじいがやって来た。
「おお、真面目にやっておるな。結構、結構」
イラっと来た。
ちょっとした殺意が湧いてくる。
誰のせいで忙しいと思っているんだ!(主に自分が悪い)
「何のようですか?くそじじい(ご隠居)」
「こりゃ、本音が漏れとるぞ」
おっといけない。
「で、忙しいんだよ。さっさと要件を言えよ」
「もはや取り繕わんのだな。まぁ良いわい。人手不足のお主に朗報じゃ。やっと連絡が取れたので連れてきたぞ。これ、入れ」
おい、俺の許可を取れよ!
ご隠居が手を打つと二人の男が姿を表す。
見れば俺と変わらない年齢だ。
それに二人はどことなく似ているように見える。
兄弟だろうか?
そして二人の男がご隠居の後ろに座ると俺に対して深々と頭を下げた。
「では挨拶せよ」
「「はは」」
「斎藤 玄蕃に御座ります」「同じく斎藤 新五郎にて」
へ? 斎藤?
「わしの息子達じゃ」
は~~~~!?
人が一気に増えたで御座る。
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