第二十三話 双六勝負にて候う
双六。
俺が知っている双六は、絵双六と呼ばれる物だ。
賽子をふって出た目の数だけ進みゴールを目指す。
しかし、利久達がやっている双六は盤双六と呼ばれる物だ。
明確なルールを俺は知らない。
と言うか、おそらく現代の日本人の多くは盤双六を知らないはずだ。
歴史が好きでも賭け事の歴史はよく知らない。
知らない事は恥ずかしがらずに聞くことだ。
勝三郎に聞いてみると盤双六の事を詳しく教えてくれた。
簡単に言うと陣取り合戦だ。
敵より早く自分の陣地に石を全て置けば勝ち。
本双六とも言うそうだ。
ローカルルール等の地方によって細かいルールが有るが、とにかく敵より早く上がること。
こんな感じで。
「よし、これで三つだ」
石は全部で十五個。
利久は既に三つの石が上がっている。
対して女の方は一つも上がっていない。
「ふーん。言うだけあって上がるのが早いね。ぼうや」
余裕の表情だ。
「では、もう一つ。おっとこれは」
「進めないねえ」
二つ以上の石が置かれている陣地には石が置けない。
利久の石が進めない。
「じゃあ、私の番だよ。あは、ついてるねえ」
女の石が利久の石が一つしかない陣地で止まる。
すると、利久の石が中央の陣地に置かれる。
利久の石が弾かれたのだ。
「くそ、次だ。次」
利久が賽子をふる。
またしても先に進めない。
「あら、ダメだったねえ。私の番ね」
また利久の石が弾かれる。
結局、利久は全ての石を弾かれて負けた。
ついでに連敗中だ。
「おい利久」
「なんだ藤吉」
「お前、もしかして?」
「いやー、難しいな双六は。さっぱり勝てん。囲碁なら得意なんだが」
やっぱりこいつ、初心者か!
「お前。分かってんのか! いくら負けてるか分かってんのか!」
「大丈夫、大丈夫だ。だいぶ分かって来たからな」
ダメだこいつ。
全然分かってない。
「兄上代わってください。私がやります」
「うーん、あと一回。あと一回だけ頼む」
…………ダメ男のパターンだ。
そのあと一回でどれだけ負けるんだ。
「代わりなさい。犬千代、頼む」
「はい。お任せを」
「次は勝てるのに」
犬千代が嬉しそうに席につく。
利久はブー垂れていた。
「お前は横で見てろ」
「仕方ねえな。頼むぞ犬千代」
「兄上と一緒にしないでください。行きますよ」
気合いを入れる犬千代。
頼むぞ、ほんと。
ちなみに途中交代は有りだ。
「ふう。私も少し休もうかね。お前がやりな」
「へい、姐さん」
姐さんか。
確かに雰囲気が有る。
周りの男達が姐さんと呼ばれた女の肩を揉んだりしている。
女はキセルを持ち出して脇息にもたれ掛かった。
そしてキセルをくわえて煙を吹かす。
しなを作ったそのポーズはセクシーだ。
この時代に来て良かった、と思うかよ。
無言で俺を睨む犬千代。
早く始めなさい、早く、ね。
「これで終わりです」
「ぐ、ちきしょう」
よし良くやった犬千代。
まだ利久の負け分を取り返しきれてないが、とにかく嫌な流れを断った。
「はぁ、しっかりしな。まったく。次はお前だよ」
「へい、姐さん」
どうやら女はまだ休憩か?
代わりに肩を揉んでいた男が出る。
「おい藤吉。他の」「ここにいろ利久」
暇になるとそわそわする利久。
他所に行って負けられても困る。
「おい、犬千代。次は俺に」「座って居て。兄上」
利久を見ないで答える犬千代。
いじけた利久は床に寝転んでしまった。
邪魔しないなら良いか。
「いくぞ。おら」
「勝手にどうぞ」
威嚇のつもりだろうがまったく動じない犬千代。
さすが犬千代。
結果、犬千代の連勝。
「よし。やったぞ犬千代」
「はい」
本当に良くやった犬千代。
負け分を取り返しプラスに転じた。
勝った金額は五百貫。
少しだけ見えて来たぞゴールが。
「はぁ、しょうがないねえ役立たずが」
冷たい視線で部下?を見る女。
キセルを逆さまに持ってコーンと打ち付けると灰が木鉢に落ちる。
なんかカッコいいな、おい。
俺もやってみたいぞ。
「嬢ちゃん。賭け金を上げないかい」
現在の賭け金は一回につき証文一枚。
つまり一口百貫だ。
『一口十貫じゃあつまらないな』と利久が賭け金を上げたのだ。
自信満々に言う利久に俺はよほど自信が有るのだろうと思ったのだが、結果はご存じの通り。
賭け金を上げた張本人の利久は既に寝ている。
文句の一つも言いたいが今は賭け事優先だ。
これが終わった後に犬千代と一緒にきついお仕置きをしてやろう。
「一口五百貫だ。どうだい、受けるかい?」
犬千代と顔を見合わせる。
一口五百貫。
後三回勝てば良いだけ。
しかし、逆に五回負けたら………
「ちょっと待て。そっちは賭け金が有るのか?」
「ふふ。持ってきな」
女は顎で部下に指図すると部下達は奥の部屋から箱を持ってきた。
「全部で三千貫。これで文句ないだろ」
三千貫あれば任務達成だ。
しかしこの金を見せたという事は、こちらの有り金全てを頂くという事か?
俺は犬千代に視線を向ける。
犬千代は強い視線を向けて頷く。
「よし分かった。一口五百貫だ」
「いいねえ。久々の大勝負だね。でも掛ける金が多いからねえ。立会人がいるね。おい、誰か呼んできな」
確かにこれだけの大勝負だ。
立会人は必要だろう。
だったら。
「こっちで証文を書こう。どうだ」
「いいよ。お願いしようか」
女の部下達が墨と硯を持って来る。
スラスラと証文を書く。
「名前を聞いても良いかい」
「もちろんさ。あんたの名前は」
証文には名前を書かないと意味がない。
『素性を詮索するな』と言われたがしょうがない。
「俺は『木下 藤吉』。 そっちは?」
「私は『蜂須賀 小六』だよ」
『蜂須賀 小六』!?
このバインバインなナイスバディなお姉さんが、蜂須賀小六!!
マジか!?
「なんだい。そんな驚いた顔して。まさか、知らなかったって言うじゃないだろうね?」
「し、知らない」
正直に答えた。
知らないものは知らないですよ、はい。
頭真っ白になった。
「なんだよ。てっきり。はぁ~まったく………」
小六姐さんが何か言ってるが耳に入らない。
イデっ。
犬千代につねられた。
見とれたんじゃないよ、本当だよ。
「姐さん。ちょっと」
「なんだい。こっちは」「すんません。こっちです」
「すまないねえ。ちょっと席を外すよ。お前はここに居な」
部下の一人を残して小六姐さんは部屋を出て行った。
「犬千代は蜂須賀小六を知っているか?」
「詳しくは知りません。川並衆と呼ばれる集団の一つに蜂須賀と言う名前が有ったと思いますけど」
犬千代すげえな。
「犬千代すげえな」
あ、また声に出ていた。
たまに頭に思ったことを口走ってしまうんだよな。
現代でもこれで痛い目に有ったからな、早く直さないと。
ふと犬千代を見ると顔を真っ赤にしていた。
可愛いね、犬千代は。
それにしても川並衆の蜂須賀小六か?
しかし女だとは思わなかった。
てっきり山賊の頭のような出で立ちで筋肉ムキムキのマッチョで顔に傷のある不潔な男だと思っていた。
それがあんな美人で色気ムンムンな人だとは?
だがここで彼女と面識を得たのは大きい。
それにこの後の展開が……………
と考え事をしていたら小六姐さんが戻って来た。
「すまないねえ。時間をかけた。立会人はこの男だよ」
見ると刀を下げた一人の侍が居た。
背の高さは百六十を越えるだろうか?
年は三十前か?
線は細いが痩せすぎてはいないようだ。
柔和な感じのイケメンだ。
「『明智 十兵衛』だ。よろしく」
ご丁寧に頭を軽く下げる十兵衛。
マジか!?
今度は『明智 十兵衛 光秀』かよ!
そりゃあ、ここは美濃だから居てもおかしくないけどさ。
でもここは賭場だよ。
何で居るんだよ?
大勝負を前に俺はパニック寸前であった。
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