第二百二十六話 大名に成りて候
武田信虎を倒した藤吉は美濃南近江北伊勢を与えられて大名と成った。
これから天下統一に向けて動き出す。
動き出すよな?
永禄五年 五月 美濃井ノ口
「う~ん、良い景色だ!」
俺は両手を広げて眼下に広がる町並みを見下ろしていた。
ふぅ、漸く一息着いたな。
晴信の遺言通りに美濃南近江、そして北伊勢を与えられた俺は、『市姫』『勝姫』『長姫』との三連続婚儀をやり遂げた。
三ヶ月にも及ぶどんちゃん騒ぎに領内は沸きに沸いた。
そして、家の蔵は火の車である。
だってしょうがないだろう?
市姫は俺の主筋の家だし、勝姫は武田源氏と諏訪大社の血筋で、長姫に至っては名門今川の姫だ。
三人に掛けた衣装代は三家の持ち出しだが、それ以外は木下家が持たなければならない。
『増田仁右衛門長盛』と『浅野弥兵衛長政』の二人は方々駆け回って銭を集めた。
そしてその銭はあっという間に無くなった。
蔵に収めた銭が次の日には無くなっているのだ。
あんな消費の仕方は初めて見た。
まぁ、三人の白無垢姿は美しかったし、とても喜んでくれたから良いけどさ。
でも、その後がね~
『では、美濃商権はこの堀田が受け持つと言う事で』
『いやいや待て待て!この加藤も銭を出したのだ。当然わしも』
『あいやしばらく!しばらく!藤吉殿。まさかこの納屋を外す等と言いますまいなぁ~』
『ははは、何を言ってるのです。藤吉殿は我が弟子。弟子は師匠を立てるものにて。藤吉殿、我が魚屋にも……』
何だろうねこの禿鷹どもは?
『堀田 道空』『加藤 順盛』『今井 宗久』『千 宗易』ら商人どもは俺の婚儀に銭を出してくれた。
当然、無償と言う訳ではない。
祝儀と言う名の賄賂である。
見返りは俺の領内商権、つまり『領内商圏の独占権』だ。
それを目当てに彼らは銭を積んでくれた。
それだけに邪険に出来ない。
それにこいつらにはこれからも借金しなくてはならないから頭が痛い。
四人が『あーでもない』『こーでもない』と言っていたが、長姫の一言で場は治まった。
『まぁまぁ皆様。これから木下家とは長い付き合いに成りましょうに。そんなに慌てる事は御座いませんわ。でも、そうですわね~ 私、とても欲しかった品が御座いますの。あれを頂けたら夫の藤吉に口添えしても宜しくてよ。おーほっほっほ』
その言葉を聞いた四人の目付きと言ったらね。
『ごほん。どのような品で有ろうとこの堀田が用立て致しましょう』
『この加藤。熱田商人の名に掛けて御持参致しますぞ!』
『ははは。堺の商人に揃えられん物など有りわしませんわ。この納屋にお任せを』
『納屋はん。わてを忘れて貰っては困りますやろ。魚屋が用意しますよって』
俺から長姫に乗り換えるの早!
この後この四人は俺の嫁達から散々絞り取られる事になるだろうよ。
家の嫁は容赦ないからな。
まぁ商人連中は良いとしよう。
問題だったのは嫁の関係者達だった。
まず、織田家の面々は号泣しっぱなしで、それはもう引きました。
『あの市が、市が~~!! 兄上!三郎!見ているか!あの市が~~』
信光様、壊れましたね。
『姫様~~ほんっとうーにおめでとう御座りまする。この爺は、この爺は、もう死んでも悔いは御座りませぬ!』
わー!馬鹿馬鹿。平手のじじい~祝言の席で切腹しようとするなー!
『うぐ、ひぐ、よがっだ。よがっだよ。ざぶろう。おではやぐぞぐをまもったがらな~~!!』
勝三郎も壊れた。
『なんでい、なんでい。皆して泣いてんじゃねえよ。こんな、こ、んな、晴れのううぅぅ』
お前も感動してんじゃんよ利久よ~~
そして、武田家の面々。
『この通り、この通りで御座る。義兄上と呼ばせて欲しい!』
え、いや、俺が弟じゃないの義信さん?
『まぁ、その、なんだ。い、妹を頼む』
あの鬼美濃が俺に頭を下げている。
武田家の鬼の元締めみたいな『飯富虎昌』がだよ!
『その、わ、わたしは形だけで良いからな』
いや、そう言う訳にはいかんでしょ昌景さん?
その他の面々は酒を死ぬほど飲んでました。
飲み過ぎなんだよ!てめえらー!
そして締めの今川家は……
『ほう、ふーん。ははあ、まぁ良かろう』
『ほほほ、我がそなたの母の母じゃ。うん、うん。可愛いの~』
寿桂尼様からはめっちゃ採点されましたよ。
そんで鶴松にデレデレでした。
なんだろうこの人。凄く怖い。母様と似たような雰囲気を持ってる。
それから寿桂尼様は家の母様と仲良く飲んでました。
『お前が長の夫になる奴か~まぁ大変だと思うけど頑張れよ!』
軽!軽いよ氏真!
『あ、そうだ!お前蹴鞠出来る?俺の秀蹴を魅せてやるよ!』
……本当に軽いなこの人。
その後、氏真は寿桂尼と長姫と雪斎、三人にツッコミ入れられて退場した。
総じて今川家の面々は明るかったな。
本当に怒涛の三ヶ月だった。
そうそう、婚儀の前に朝廷から使者がやって来て俺と『武田義信』に官位をくれた。
俺は従五位上『近江守』を義信は従五位下『信濃守』だ。
これで俺は官位で織田奇妙丸、武田義信の上に成った訳だ。
因みに何で俺が『近江守』で義信が『信濃守』かと言うと。
まぁ、俺が近江を治める大義名分が欲しかったのと、南信濃を治める正統性を武田家に与えたかったからだ。
それに武田家が北信濃を放棄しても戦の火種は残っているので、また武田家が北信濃を攻める大義名分が有った方が良いと判断したからと、格好良く言えたら良いのだが、これを考えたのは混ぜるな危険の三人なんだよね。
それと奇妙丸の官位は据え置きになった。
まだまだ幼い奇妙丸に何度も官位を与えるのはどうかと言う事を言われたが、それは建前で俺と義信の官位で勘弁してくれとの事だ。
朝廷で俺らを牽制出来る勢力が動いているのか?
そんで今川氏真は既に従四位下『上総介』を与えられている。
四家の中では最上位で、それは態度に出ていた。
『いや、俺はさ。上総介だから。うん、分かってる?上総介だよ。上総介』
しつけーよ! 何度も言うなよ!
でも良かったよ。
氏真が最後に来てさ。
これが義信や奇妙丸が残っていたら、本人達は分からないけどその配下の皆さんはぶちギレてただろうからさ。
現に今も……
「全く兄上と来たら!今の今川がどういう立ち位置か理解出来ないなんて、情けない!」
長姫がぶちギレてます。
「落ち目の今川なんて当てにならないわよね~ あ、織田家は違うわよ。織田家は!ふ、ふははは」
市姫煽らない煽らない。
「あれが今川上総介氏真公なんですね。噂通りでちょっと安心しました。楽な相手、あ、いえ。気が置けないお方ですよね?」
本音、本音は隠そうな勝姫。
まぁ、なんだかんだ有りましたが、俺は大名としての第一歩を踏み出した訳だ。
ふ、ふふふ、ふはははー!
やった!やっとあの地獄の仕事場から抜け出したわ!
嬉しすぎる!
ブラック職場よさようなら!
こんにちはホワイト職場!
大名に成ったからにわな~
ブラックなんて絶対に成らないわ!
ふはははー!
なんて笑っている時期が俺には有った訳で………
「殿!この書に目を通してくだされ!」
「殿!仕官を求める者が待っておりまする。急ぎ支度を!」
「殿!商人らが面会を求めて……」
「殿!」「殿!」「殿!」
「だー!うるさいわ~!」
くそ!ちょっとゆっくりしようと外を眺めていたのに、こいつらと来たら!
そう、俺は逃げていたのだ。
ちょっと前までの婚儀の事を思い出しながら、今と言う現実から目を背けていた。
現実って厳しいよね?
三ヶ月もの間、全くと言っていいほど領内を放って置いたツケが今の状態なのだ。
くそ!おかしいなぁ~?
大名ってもっと楽な仕事だと思っていたのに、書類仕事なんて配下に任せて重要な決済だけしてれば良かったんじゃないのかよ?
織田家ではそうして来たのに、おかしいだろうが~~!?
それに婚儀の間は隠居じじいに領内の事を任せていた筈なのに何でこんなに仕事が有るんだよ!
何をしていたんだ?あのじじい!
「うん?何もしとらんぞ」
「はぁ~?」
「いや、わしは助言はするがそれ以外は何もせんと話したではないか?忘れたのか?いや、いかんなぁ~ そんな事ではいかんぞ~
く、くく」
こ、このじじい~ 謀りやがったな!
「謀ったな!じじい!」
「ほれ、手を動かせ。大名とは皆の責を一人で請け負う者よ。その事を肝に命じ、励むが良かろう。ぷ、くく」
「じじい!」
「殿!」「殿!」「殿!」
くそ~覚えてろよ~!
※※※※※※※
ふふふ、あれを見ているとわしの若い頃を思い出すわい。
それに……
「そもそも、人が足らんのだから無理あるまい」
「ご隠居様。お手伝いしてはどうですか?」
うん?勝姫か。
「なんじゃ。勝殿が手伝ってやれば良かろう?」
「いえ、私は、その……」
ふむ。出来んか。
武田では武芸や兵法は教えても政務は教えなんだか。
「まぁ藤吉も私の苦労を知る良い機会だわ。私もあれは苦手で………」
はぁ~市姫も駄目か。
三郎も苦手とは聞いておったが、妹もそうか。
「はいはいお二方。苦手であっても夫を支えるのが妻の役目でしてよ。それと勝さん」
「は、はい?」
「分からなければ聞けば良いのです。藤吉が優しく教えてくれるかもしれませんわよ?」
「は、はい!頑張ります!」
なんとな? 側室とはいえ、勝姫は武田源氏の血筋じゃ。
それに手を貸すとは…… これが正室の余裕かの~
「何ですか?」
「良いのか?」
「今は一刻も早く領内を纏めるのが肝要ですのよ。それに諏訪の世嗣ぎが出来るのは藤吉の利に成りますもの」
ほほほ、流石は今川の跡目を継ぎし者じゃな。
よう、分かっておるわ。
さて、わしも手伝うとするかの~
何、あれでもまだ少ないほうじゃ。
わしが若かりし頃はあれの何倍もの量を裁いたものよ。
お久しぶりに御座ります。
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