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第二百二十二話 大鳥居の戦い

 永禄五年 一月 伊勢長島 大鳥居武田本陣前


 伊勢長島にて織田と武田の雌雄を決する戦いは終わりを迎えようとしていた。


「げへへ。近くで見ても綺麗な姫さんじゃないか。これは楽しみだぜ」


 織田市を守っていた馬廻は軒並み秋山虎繁に打ち倒されていた。

 そして市を守るのは池田勝三郎恒興と数人のみ。

 他の馬廻は秋山隊を抑えるので精一杯であった。


 迫る虎繁に市は毅然とした態度を取る。


「下がれ。下朗!」


「良いねえ、良いねえ。その声。それにその気の強さ。ますますそそるぜ」


「姫様。御下がり下され。ここはこの勝三郎にお任せを!」


 市の前に勝三郎とその配下数人が前に出る。

 何れも腕に覚えの有る者達ばかり。


「掛かれい!」


「「「おう!」」」


 勝三郎の号令の下、虎繁に襲い掛かる配下の者達。

 しかし虎繁は慌てる素振りも見せずにこれを迎え撃つ。


「む、無念」


 向かってきた最後の一人を倒した虎繁は市にジリジリと近寄る。


「さぁ、お楽しみだな。野郎共、掛かれい!」


「「「おう!」」」


 虎繁の周りの兵が市に襲い掛かる。

 それを勝三郎が斬り伏せるが多勢に無勢。

 市から離される勝三郎。


 そして、虎繁が市に迫る!


「武田の慰み者になど、なってたまるか!」


 市が刀を抜いて虎繁を斬り点ける。

 しかし虎繁はこれを避ける事もせずに籠手で受け止める。

 虎繁の籠手は分厚い物で市の刀を弾いていた。


「く、離せ!」


「ぐへへへ。捕まえたぜ。姫さんよう」


 体制を崩した市は虎繁に片腕を捕まれた。

 そして市を抱き寄せる虎繁。

 下卑た笑みを浮かべ市の髪に顔を埋める虎繁。


「くはー。いい匂いだぜ。これは堪らん!」


「は、離せ。離せ!」


 市は体を捩って離れようとするが、虎繁の力の前では無力であった。


「この、姫様から離れろ!」


 勝三郎は武田兵に囲まれ市に近づけない。


「このまま押し倒すのも良いが、まあ後にしてやるぜ。おい、勝鬨を上げろ。姫さんを捕らえた事を知らせるんだ。それでこの戦は終わりだ!」


「はっ」


 虎繁が周りの兵に勝鬨を上げさせようとした、その時。


 ドッゴーンと轟音が木霊する。


 そしてその音が鳴り止むと市を捕まえていた虎繁が倒れた。

 虎繁の後頭部の一部が吹っ飛んでいた。

 虎繁に掴まれていた市は前方に倒れそうになるが踏ん張る。

 そして起き上がり音のした方向を見た。


 その場所に市の見慣れた男が立っていた。


 その手には煙を吐いている種子島が握りられている。

 その男は市を見て笑顔を見せた。

 そして市に声を掛ける。


「この木下藤吉が姫様を御守り致しまする!」


「と、藤吉!」


 木下藤吉が現れたのだ。



 木下藤吉の周りには黒ずくめの兵がいた。

 その兵に守られながら藤吉は市に近づく。


「と、藤吉。本当に、藤吉?」


「遅くなりました。姫様。ご無事で何よりです」


「この、馬鹿者。心配させよって。この馬鹿者。馬鹿者。う、うう」


 市は藤吉にもたれ掛かるとその胸で涙した。


「……姫様」


 藤吉は市を優しく抱き締めた。


「と、藤吉。ここはまだ危ない。急いで兵を退くぞ!」


 勝三郎が藤吉と市に近寄る。

 勝三郎が相手にしていた武田兵は黒ずくめの兵達に倒されていた。


「大丈夫だよ。勝三郎。この戦はもう終わりだ」


「お、終わりって。何を言っている。周りは敵だらけ…… うん? 武田兵が居ない。何故だ?」


 勝三郎が周りを見渡すと今までいた武田兵の姿が見えなくなっていた。


「遅くなって済まなかった。色々と手間取ってしまった。本当にすまん」


 市を抱き締めながら藤吉は勝三郎に謝る。


「何がどうなっているんだ藤吉?」


「ああ、それはな……」


 刻は少し遡る。


 虎繁が市を取り囲んでいたその時、後方から武田家の増援がやって来た。

 しかしそれは武田の増援ではなかったのだ。

 その増援を率いていたのは武田典厩信繁であったからだ!


「武田家の者は刀を納めよ。この武田典厩の命である。刀を納めよ!命を破る者はこの典厩が相手である。刀を納めよ!」


「「「刀を納めよ!命を破る者は武田家の敵である。刀を納めよ!」」」


 信繁の周りの兵が一斉に声を出す。

 この声を聞いた保科正俊が真っ先に反応した。


「典厩殿だと!?なぜここに居るのだ!」


 正俊の姿を見た信繁の兵がこれを信繁に伝えた。

 信繁は急ぎ正俊の下に向かい彼に話しかける。


「保科殿。刀を納めよ。我らの敵は織田でも木下でもない。我らの敵は我が父。信虎なのだ!」


「典厩殿。それはどういう事だ?」


 信繁は正俊に事の経緯を伝える。

 それを聞いた正俊の肩は震えていた。


「それは、誠か? 晴信様は木下に殺されたのではないのか!」


「誠だ。兄を殺したのは父だ。木下藤吉ではない。お主は騙されたのだ」


「ぬおおー!! 許せん。このわしを謀るとは!許せるものかー!」


 保科正俊は晴信派の人間であった。

 この討伐に参加したのは晴信の仇を討つためであった。

 それが晴信の仇は自分に命令していた信虎だとは知らなかったのだ。


「皆聞けい!我らの敵は信虎ぞ!これより保科隊は信虎を討つ!わしに続けい!」


 保科隊は佐久間隊を崩し織田本隊に横槍をしかけていたが信繁の説得を受けて、その進路を変更する。

 向かう先は大鳥居武田本陣。

 戦の風向きが変わった瞬間であった。


「申し上げます。保科隊が本陣に後退しております」


 原虎胤の下に伝令がやって来てそう伝える。


「保科は何をしておる。もう少しで織田に止めをさせるものを!」


 そしてさらに伝令がやって来る。


「申し上げます。前方より山縣隊が向かって来ております。こちらに、向かって……」


 その伝令は全てを伝える前に倒れた。

 見れば伝令の背中が斬られている。


「山縣だと!あの小娘が、生きておったのか!」


 虎胤が吠えるとその前方に織田兵の間から赤く黒ずんだ鎧を着た者達がやって来る。

 その者達の先頭には一際小さい者が居た。

 その小さい者は自分の体よりも遥かに長い槍をブンブンと振り回しながら原隊に向かって行く。


「見つけたぞ鬼美濃!この昌景の槍の錆びにしてくれる!死ね!この爺!」


 槍を振り回していたのは山縣昌景であった。

 よほど虎胤の事が嫌いなのか、口汚く罵っていた。

 そしてその昌景の後ろでは目が血走っている山縣隊がいる。

 彼らは雄叫びを上げて原隊に襲い掛かった。


「昌景め!あの小娘があー!」


 山縣隊の突撃を受けて原隊は瓦解した。


 そして残った秋山隊は木下藤吉が率いていた黒ずくめの兵と織田信広の兵に蹴散らされた。


「進め、進めえい!今こそ押し返せい!」


 信広の号令により織田兵が秋山隊に押し寄せる。


「秋山虎繁は死んだ!撃ち取られたぞ!逃げろ、逃げろ!」


 黒ずくめの兵達は秋山隊に虎繁が撃ち取られた事を伝える。

 それを聞いた秋山隊は動揺した。

 虎繁が死んでしまった為に兵を纏める者が居ない秋山隊は織田兵に蹂躙された。

 先ほどまでの勢いは最早秋山隊には無かった。


「上手く行きましたな。頭領」


「全く、冷や冷やさせる。あれほど前に出るなと伝えたのに……」


 そして黒ずくめの兵達は頭領と呼ばれた者の周りに集まっていた。

 頭領と呼ばれた者は頭巾を被っており、口元を布で隠している。

 その口元はぶつぶつと何か言いながらも微かに笑っていた。

 そしてその目は抱き合っている藤吉と市を見つめていた。


「私もああして貰えるのかな?」


「何か言いましたか。頭領?」


「何でもない。行くぞ!まだ仕事が残っている!」


 黒ずくめの兵達はその場を後にした。


 そして藤吉と市は……


「もう、何処にも行くな。いいな。藤吉」


「えっと、それは、その……」


「いいな。命令だ!もう私を置いて行かないでくれ!」


「……はい。分かりました」


「うん。うん」


 二人の周りを円になって囲っていた織田兵は皆笑顔であった。

 そして二人の側に居た勝三郎は苦笑していた。


 大鳥居武田本陣前の戦いは終息した。


 織田家の辛勝であった。


ようやく登場!そしてまた増えた。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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