第二百二十話 相対する両雄
織田市率いる馬廻約五千が武田本陣に向かって突撃すると、それを防ぐべく立ち塞がるのは鬼美濃と言われた原虎胤であった。
齢六十を越える老将は手に持つ槍を握り締め周りの兵に激を飛ばす。
「よいかー!我ら武田の精鋭達よ。向かってくるは三国一の弱兵、尾張者じゃ!奴らの突撃など何するものぞ!奴らを押し返し、完膚なきまでに叩き潰すのじゃ!」
「「「おおう!」」」
原虎胤に率いられた三千の兵が織田市に向かって行く。
そしてそれを見ていたもう一人の武田の将秋山虎繁も行動を起こす。
「鬼美濃ばかりに手柄を立てさせるな。我らも行くぞ!」
「「「おおう!」」」
秋山虎繁率いる三千の兵も織田市に向かって行く。
織田勢は左は原虎胤、右は秋山虎繁に挟まれる形になってしまった。
窮地に陥りそうになった織田勢であったが、それをただ見ている織田の将は居ない。
織田勢右翼を率いる佐久間盛重と左翼を率いていた織田信広は同時に動き出した。
「突出する武田勢の横腹に食い付けい!突撃ぃ!掛かれ、掛かれい!」
佐久間盛重率いる二千は原虎胤に横槍を入れる。
「敵はただの猪武者ぞ!恐れるなかれ。落ち着いて対処せよ!槍衾を咬ませい!」
織田信広率いる二千もまた突撃してくる秋山虎繁の全面に出るとその突撃を止めるべく槍衾を作る。
衝突する両軍。
無理矢理正面突破を図り中央に居る織田市。
その右側面に対して突撃する原虎胤。
さらにその横腹に突撃しようとする佐久間盛重。
織田市の正面に出ようとした秋山虎繁の部隊に対して、織田信広の部隊がこれを邪魔する形で秋山隊の正面に出てくる。
大鳥居武田本陣前にて織田勢主力と武田別動隊が激しくぶつかる。
攻防は一進一退を繰り返していた。
この均衡を崩すのは武田本陣より出てきた増援であった。
保科正俊率いる三千の増援は後詰めとして原、秋山の後方から左回りで前に出てくる。
そこには原隊に横槍を入れていた佐久間隊の脇腹を突く形になり、佐久間隊はこの攻撃により原隊に対する攻勢を断念。
佐久間隊は部隊の維持の為に保科隊を抑えなくてはならなくなった。
「進めえ、進めえい!」
「ええい。これからという刻に!」
保科隊の絶妙な攻撃に佐久間隊は部隊の維持も怪しくなった。
佐久間隊は二千、保科隊は三千。
数で上回る保科隊の攻撃の前に佐久間盛重は一時後退も考えるもその場に踏み止まる。
佐久間隊が後退すれば織田市率いる本隊が危険に晒される。
それはこの戦の負けに直結する。
故に佐久間盛重は退けなかった。
「退くな!踏み止まれ!死守せよ!」
佐久間盛重の激が飛ぶ。
しかし、その盛重の言葉も空しく部隊は切り崩されてしまう。
本陣を任された内藤昌豊の判断は絶妙であった。
さらに幸運な事にこの時織田勢の後方に武田の増援が来ていた事でこの勝負は武田の勝利に見えた。
……見えた筈であった。
「貴様、木下藤吉ではないな。誰だ!」
武田本陣より少し離れた場所で対峙する信虎と木下隊を率いる将。
その将は信虎に啖呵を切る!
「おおよ。俺は前田 蔵人 利久! 木下藤吉が家臣で兄貴よ!がははは」
「前田利久じゃと、知らん名じゃな。ええい木下藤吉はどこじゃ、どこにおる!」
吠える信虎に笑う利久。
「ははは。どこと言われて俺が素直に話すと思うか。がははは」
「ええい。答えぬならばお前達を葬るのみよ。掛かれい!」
信虎の号令に一斉に襲い掛かる武田騎馬隊。
徒兵が多く槍ではなく刀しか持っていない前田利久の部隊は、騎馬隊の前に蹂躙されると見えたがそうはならなかった。
前田兵は騎馬の群れの前に出るとその刀を振るう。
衝突する両軍。
そこには馬を斬り倒れる兵に止めを刺す前田兵の姿が見えた。
前田兵にも被害は出ているものの、武田兵の被害が遥かに多かった。
「ば、馬鹿な!」
信虎にしては珍しい狼狽えようであった。
そしてその姿を見て利久は笑う。
「ははは。俺達が何の用意もしてないと思ったのか?そら、お前さんの陣が大変な事になってるぞ」
「な、何!」
利久が持っていた朱槍を武田本陣に向けるとドッカーンと言う爆音が木霊し火の柱が幾つか見えた。
武田本陣が火に包まれたのだ。
「な、何がいったい…… ま、まさか!」
「ははは。お前さん自慢の筒が火薬と一緒に吹っ飛んだみたいだな。がははは」
「き、貴様ら~」
信虎のこめかみに血管が浮き出ていた。
そしてその目は真っ赤に燃えていた。
「さぁ、これからは俺達の番だぜ。信虎さんよう」
「ええい。数はこっちが多いのだ。包み込んで踏み潰せい!」
「「「はは!」」」
数に勝る武田兵は前田隊を包囲してその輪を縮める。
しかし先に襲い掛かったのは前田隊であった。
武田兵を斬りつける前田兵。
その前田兵の中に一際目立つ働きをする者がいた。
「おいおい。俺の分も残したくれよな。新介」
「それは出来ぬ相談ですな。利久殿」
利久の軽口に微笑する新介。
新介と言われた人物は次々に武田兵を斬り伏せる。
その姿、無人の野を行くが如し。
「新介じゃと。まさか貴様は……」
信虎は新介と言われた人物に思い当たりがあったようだ。
しかしやはり数の多い武田兵に囲まれた前田兵はその数を減らしていく。
いくら利久や新介が強くとも数の暴力の前には敵わない。
「ふふふ、ここまでじゃな。それに織田本隊も原の前には勝てん。貴様らもここで朽ちる。わしの勝ちよ!」
「はっ、勝った気になるのはまだ早いぜ」
「負け惜しみか。殺すには惜しいが致し方在るまい。殺れい!」
武田兵が一斉に利久達に襲い掛る。
絶体絶命のピンチに陥る利久。
しかしその時ヒュンヒュンと音がすると武田兵の前に多くの矢が降り注がれる。
「ぬう、新手か」
「遅いぜじいさん」
「これでも急いだんじゃぞ。礼くらい言わんか」
前田兵の後ろに無数の船がいた。
その船団の中央に有る関船にいた老将が信虎を見据える。
「ようやっと会えたのう。信虎」
「貴様か。斎藤山城守」
斎藤山城守道三と武田左京大夫信虎。
二人はこの時初めて相対した。
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