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第二百十八話 織田市その想い

 許さぬ武田左京大夫信虎。


 我が敵、全ての元凶め!!


 藤吉が亡くなったとの報を受けて部屋に籠っていた。

 私が慕う人達はなぜ居なくなるのかと自問していた。


 父信秀の突然の死。


 あまりにも早い父の死を私は受け入れられずにいた。

 父の葬儀に参列して私は父の死を受け入れられた。

 その時はただただ寂しさだけが心に残った。

 強く優しかった父。

 私を甘やかしてくれた父。

 時に厳しかった父。


 その父が私の前から居なくなった。


 そして織田家の家督を継いだ三郎兄上。


 三郎兄上は周りからうつけだと言われていた。

 女物を着て城下を我が物顔で歩き、喧嘩が有れば直ぐに首を突っ込む。

 誰の言葉も聞かず父の命すら無視する。

 でも、本当の兄上は周りの出来事を観察し民が何を求めているのかを見聞きし、知らない事が有れば自ら体験する人だった。

 それに身内には本当に甘い人で、私や勘十郎兄上ら兄妹に優しかった。

 世の民が言うようなうつけでは決してなかった。

 そんな三郎兄上を私は好きだった。

 血が繋がっていなかったら、私は兄上に嫁ぎたかったほどだ。


 そんな三郎兄上も居なくなった。


 犯人が誰なのかは直ぐに分かった。

 我が母上だ。

 母上は三郎兄上が好きではなかった。

 それは幼かった私でも分かるほどの毛嫌いを見せていた。

 元服を済ませた三郎兄上は久しぶりに母上とお会いした。

 その後の兄上の落胆ぶりは見ていて悲しかった。

 兄上は母上を慕っていたのになぜ母上は兄上を殺してしまったのか?


 兄上は誰も恨んではならぬと私に言った。

 そして織田家を頼むと。


 大好きな父と兄を亡くし、甥の奇妙が元服するまで、私は陣代として織田家を率いる事になった。


 兄上が亡くなって真っ先に私の元から離れたのが勘十郎兄上であった。


 勘十郎兄上は物静かで優しい人だった。

 何をやらせてもそつなくこなす兄上を母上は可愛がった。

 私達妹弟に母上は勘十郎兄上を見習えと言った。

 勘十郎兄上も私達妹弟に優しかった。

 それに三郎兄上ともそれほど仲は悪くなかった。

 それでも勘十郎兄上は織田家の為と言って三郎兄上と争った。

 しかし勘十郎兄上は敗れ三郎兄上と和解した。

 これでまた兄妹仲良く暮らせると私は思っていたのだ。


 だがそんな私の思いはむなしく散った。


 三郎兄上が亡くなり勘十郎兄上は私達の下から去った。

 あの時は母上が憎くてしょうがなかった。

 なぜ兄妹で歪み合わねばならいのか分からなかった。

 それほど勘十郎兄上に跡目を継がせたいのかと母上に問いたかった。


 そんな時に私は狙われた。


 三郎兄上が残した策で山口親子との戦での出来事だった。

 初めての戦に心が昂っていた。

 気づけば本陣から離れすぎていた。

 おそらく護衛の中に林の手の者が紛れていたのかも知れない。


 私を守っていた護衛は居なくなり寸でのところで救われた。


『木下 藤吉』


 そう名乗った男はおよそ戦場で会うような姿をしていなかった。

 それに要領を得ない会話。

 私の事を知ると途端に卑屈な態度を取った。

 先ほどまでは態度のデカイ男だと思ったが、その変わり身の速さに可笑しくなった。

 あれほど笑ったのはいつ以来だろうか?


 勝三郎が藤吉の身元を調べたが何も分からなかった。


 だが私は藤吉が悪い男だとは思わなかった。


 あの時藤吉は何も持たずに私を助けてくれた。

 刀や槍を持った男に素手で立ち向かったのだ。

 その蛮勇は誉められたものではないが嬉しかった。

 側に置いてみたくなった。


 その時は自分の気持ちに気付かなかった。


 それから時が流れて岩倉織田家を打倒し、京にも上った。

 京では藤吉に絡んだ龍千代との勝負で自分の気持ちにはっきりと気付いた。

 誰にも渡したくなかった。

 それが偽りない自分の心だった。


 その後尾張に戻り勘十郎兄上に囚われた。


 勘十郎兄上が亡くなる前の晩。

 兄上は私に謝ると織田家を頼むと言われた。

 三郎兄上と同じ言葉だった。

 私は勘十郎兄上ともっと話がしたかったが、その翌日に兄上は亡くなった。


 なぜ私を残して皆居なくなるのだ。


 これが戦乱の世の習いと言われればそれまでだが、あまりにも理不尽ではないか?

 残された者はどうしたらよいのだ!


 そんな私の心に残ったのが藤吉だった。


 勘十郎兄上に囚われた後、藤吉にはもう会えないと思っていた。

 今川の戦では思いきって夜這いを仕掛けた事もある。

 その後は何かと忙しい日々に忙殺されたが、それでも藤吉が側に居る生活は嬉しかった。


 嬉しかったのだ。


 しかし、藤吉の側にはいつの間にか私の知らぬおなごがいた。


 犬千代と寧々には私が命じて側に居させた。

 あの二人は良い。

 だが、小六と長得はどうして藤吉の側に居るのだ?

 小六は藤吉が美濃に行った後に現れ、長得は今川の当主で在りながら藤吉の側に居たいと言った。


 私がどれ程我慢しているのかと言ってやりたかった。

 いや、犬千代や寧々には話したな。

 それに叔父上や姉上達にも話した。


 しかし長得は藤吉と結ばれる為の協力をしてくれた。

 織田家の陣代である私は直接藤吉を助ける事は出来ない。

 長得は私に出来ない事をしてくれた。


 だがその後も女が現れた!


 武田四郎勝頼が女だとは思わなかった。

 それに山縣昌景の藤吉を見る目。

 あれは藤吉に懸想しているのが直ぐに分かった。

 それに四郎、勝も藤吉を狙っているように見えた。


 我慢している自分が馬鹿らしくなった。


 叔父上達の協力の下、やっと藤吉と結ばれた。

 私は藤吉に嫌われていると思っていたから本当に嬉しかった。

 そして狙い通りに子を宿した。

 石松はとても可愛い子だ。

 好きな男の子だと思えばなお可愛い。


 後は藤吉が官位を得れば晴れて夫婦に成れると浮かれていた。


 武田の事など私は歯牙にもかけていなかった。


 その武田が藤吉を殺した。


 心が壊れるかと思った。


 もうどうしたら良いのか分からなかった。

 そんな時に長得から文を貰った。

 その文には事の元凶が書かれてた。


 文を読み。

 そしてその文を力任せに破り捨てた。


 許すまじ信虎!


 父を、三郎兄上を、勘十郎兄上を!


 尚且つ我が夫藤吉を!!



 今、私の目の前に、その憎き信虎の軍勢がいる。


 これまでの我が心の痛み。

 その想いをぶつけてくれる!


「姫様。万事整いましてございます」


「勝三郎、私は。いや、皆聞けい! 武田は我が敵である!! 父の、兄上達の仇である。これは弔い合戦である。全て殺せい!生きて返すな!武田を殲滅せよ!」


「「「おおう!」」」


 我が心のままに。


 全てをぶつけてくれる!


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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