第二百十四話 松永弾正、先を見据えて候う
京の都に修理大夫様がやって来られた。
幾分元気が無いように思われる。
無理もない。
本来自分達が護るべき相手はもう居ないのだから……
我らが護るべき相手…… 足利将軍義輝はもう居ない。
我ら三好家と将軍家は本来なら争う事等無かったのだ。
なのに上様は我らを蔑ろにしていた。
ご自身で政を為さるつもりでいたのは分かる。
しかし、そんな事が出来る筈も無い事は上様も分かっていた筈なのに……
今回の上様の死は当然の結果である。
我ら幕臣が何度となく御注進申し上げたにもかかわらず、上様は我らの意見をお取り上げ為さる事は無かった。
我らは武田の危険性を何度も何度も申し上げたのにだ。
武田左京大夫。
上様は彼の者の意見を受け入れるように成られて変わられた。
彼の者はいつの間にか上様の前に現れ、重用されるように成った。
そう、彼の者はするりと現れた。
武田家を追放された哀れな隠居。
それが当初我らが思っていた左京大夫の印象で有った。
しかし、それは違った。
彼の者の言を上様はよく用いられた。
それは将軍家の益と成ったからだ。
しかしそれは我らには不可解に思えた。
左京大夫の言は、まるで結果が分かっていたのでは無いのかと思わずには要られない物だったからだ。
我らに見えない物が左京大夫には見えるのかも知れないと、一時は思った。
思ったのだが、有ることで私は彼の者が信用出来なかった。
それは有り得ない事だからだ。
有り得ないのだ。
奴が私の素性を知る事等有り得ないのだ!
我が殿、修理大夫様と一部の者しか知らない筈の私の素性を、左京大夫は知っていた。
今の私の素性は修理大夫様が作られた物だ。
そして私の本当の素性を知るのも修理大夫様と、本当に信有る者しか知らない事。
なのに彼の者は知っていた。
有る酒宴での事で有った。
彼の者は珍しく羽目を外していた。
何時もは静かに飲んでいるのにその日はよほど目出度い事でも有ったのか、酒量が何時もよりも多かったようだ。
その時に私に話し掛けてきたのだ。
酒が入りすぎていた事も有って上手く話せていなかったが、彼の者は確かに私の素性を言い当てた。
それを聞いた時の私の驚きを、彼の者は感じ取っていただろうか?
何とか誤魔化したが、それ以来私は彼の者が油断出来ない人物だと思った。
殿にも進言して、左京大夫に油断為さらぬように申し上げた。
我が殿修理大夫様は素晴らしい御方だ。
私のように氏素性の分からぬ者を重用し、引き立てて下された。
私はその御恩を決して忘れない。
修理大夫様の為ならば、私は如何様にも働こう。
殿が殺せと命じれば躊躇う事なく殺す。
それが私の身内であろうと躊躇う事は無い。
私は殿が喜んで頂けるのなら何でもする。
そして、例え殿に恨まれようとも危険な者は排除する!
今回の事は、三好に取って、殿に取って決して不利には成らない。
上様は京周辺では誰からも支持されていなかった。
それは代々の足利家が行ってきた事の結果と言える。
そしてそれら民の不満を我らが治める。
いつもの事と言える。
京で騒動が起きる度に足利家は評判を落とす。
いい加減自分達が必要とされていない事を理解すべきなのだ!
なのに京から離れるほど、将軍、将軍と持て囃す。
朝廷も足利家には何の期待もされていないのに。
権威とは一体何なのかと問いたい。
はぁ、早急に次の将軍を用意する必要は無い。
ある程度、事の推移を見守る必要が有るだろう。
その後、次の将軍を選べばよいのだ。
殿もそう思っていらっしゃるだろう。
しかし、殿の落胆は大きい。
何故なら殿は上様に少なからず期待なされていたからだ。
だが、結果はこれだ。
またしても足利家は評判を落とした。
足利家はもはや将軍としての責務を担う事は出来ない。
足利家に代わる存在が必要なのだ。
しかしそれは我が三好家では決してない。
我が殿ならば将軍に成ったとしても、決して歴代の将軍達に見劣りはしないだろう。
いや、歴代の将軍よりも素晴らしい将軍になるに違いない。
だが、殿はそんな事は求めてはいない。
では、誰が将軍にふさわしいのか?
ふ、それを私が考える必要は無いな。
私は殿の為に働くだけ。
焼けてしまった都の再建に今は取り組まねばならない。
京の都を空には出来ん。
木下殿には申し訳ないが、我ら三好は動けぬ。
だが、彼の御仁なら何ら心配はいらないだろう。
木下殿、いや、藤吉殿は悪運の強い御方だ。
きっと今回の事も御自分の糧と為さるだろう。
そして藤吉殿が東を抑えてくれたなら、我らに取って必ずや益となろう。
しかし、左京大夫が残るようなら……
頼みますぞ藤吉殿。
武田を、左京大夫を討ち取って下され。
そうすれば後は我らが朝廷を動かし、御身の潔白を証明致しましょう。
それが我らの藤吉殿に対する誠意。
そして再び、この京にて再開出来る日を楽しみにしておりますぞ。
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