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第二百十二話 木下家、長島に籠城致し候う

三人称?で書いてみました。

 将軍義輝の死から既に一月が過ぎていた。


 この時、武田は京から兵を退いていた。

 そして向かう先は尾張長島。

 織田家の家老木下藤吉の討伐の為である。


 兵を率いるのは前武田家当主『武田 左京大夫 信虎』総勢二万の大軍であった。

 木下討伐は故足利義輝と武田大膳の仇討ちを大義名分にしていた。

 途中織田家領内を通る武田家を織田家は黙認した。


 織田家は木下藤吉を見捨てたのだ。


 木下を庇えばそれは将軍殺しを織田家が主導していたと取られる。

 そうなれば武田家を相手に戦になる。

 しかし、既に瀬田において木下勢と戦ってる武田家。

 瀬田での戦いは将軍義輝と武田晴信の仇討ちであると宣伝された。

 あくまでもこれは仇討ちであり『将軍殺しと武田当主の騙し討ちをした天下の大悪人木下藤吉を成敗する戦である』と周囲に知らしめている。

 その為織田家とは関係の無い戦であるとされていた。

 そして武田家は織田家に使者を立てて、領内通過の許可を求めた。

 織田家の内部では無駄に武田家と争うよりは、木下家を差し出してしまったほうが良いとされ、武田家の通過を許したのだ。


 そして武田勢は何の障害もなく長島にやって来て、長島城を囲んでいた。

 しかし実際は長良川を隔てての包囲である。

 長島の戦いは長期戦となった。


「ふむ、これは中々の眺めだのう~」


 長島城の櫓から外を眺めていた老人は、顎髭を触りながら不適な笑みを浮かべていた。


「ご隠居様。此方でしたか? 軍議が始まりまする。急ぎお戻りを」


 まだ子供と見られる者が老人に話しかける。

 若干緊張しているのか、声は上ずっていた。


「そうか、そうか。もうそんな時刻か。分かった。これから参ると伝えよ。八郎」


「は、分かりました。失礼致しまする」


 八郎と呼ばれた少年は直ぐに去っていった。


「さて、どれほど持ちこたえられるかのう~。ほっほっほ」


 老人はゆっくりと、しかし確りとした足取りで城まで歩いて行った。


 城の大広間にたどり着いた老人は上座に向かっていた。


 上座中央には五十、ごほんごほん、妙齢のご婦人が既に座っていた。

 ご婦人の隣には三十、いえ、年若い女性が、その隣には十代の女性が座っている。

 下座の家臣第一の席にはぼこぼこに殴られた痕の残る男性が座っている。


 とても痛そうだ。


 老人は顔をしかめてその者を見る。

 明日には、いやこれからの問答次第では老人がああなるのだ。

 そう思うと老人の背中に嫌な汗が流れているのではないだろうか。


 老人は下座中央に座ると頭を下げた。


「遅くなってあいすみませぬ。敵の様子を見ておったでのう、ほっほっほ」


 謝っている態度とは到底思えない老人だ。


「ふぅ。弥兵衛。始めておくれ」


「は、はい。この長島の周りに有る五つの輪中には、それぞれ兵を配置しております。その為……」


 弥兵衛と呼ばれた者が長島の状況を説明している。

 老人はそれを聞いて時折頷いている。


「……と言うのが今の長島の現状です」


「そうかい。そうかい。で、勝てそうなのかい?」


 ご婦人は老人に問い掛ける。

 どうやらご婦人は説明された内容を余り理解していないようだ。

 それとも理解していないふりをしているのかも知れない。


「そうですなぁ~。うん! 分かりませぬ」


「分からないって、何よ!そんな気概でどうするのよ!勝つのよ!絶対に勝つの!!」


 ご婦人の隣に座っていた女性が激昂して立ち上がり老人に怒声を浴びせる。


「お姉ちゃん。落ち着いて、ね。ほら座って、座って」


 若い女性が立ち上がった女性の袖を掴み、座らせる。

 若いのに落ち着いている。

 将来大物になる、かも知れない。


「勝敗とは、時の運と申す。勝つ時も有れば、敗ける時も有る。今はまだ、勝敗を問える刻ではござらん」


「じゃあ、何時になったら分かるのよ?」


「それはこの戦が終われば分かりましょうな。ほっほっほ」


「ふ、ふ、ふざけないでよー!」


 老人の言葉に怒り心頭な女性。

 たいそう怒りっぽいです。

 きっとカルシウムが足りないのでしょう。


「はぁ、冗談はそれくらいにしておくれ。私達は戦の事は分からんから、あんた達に任せるよ。でもね」


 ご婦人は下座を見回す。

 その目は下座に座る一人一人の顔を見ている。


「でもね。敗けるなんて許さないよ。何が何でも勝つんだよ。そして簡単に死んだら許さないよ!どんなに傷ついても生きて明日の御天道様を見るんだよ!いいね!」


「「「おお!!」」」


 そしてご婦人の号令で皆が立ち上がる。


「えい!」


「「「えい!」」」


「えい!」


「「「えい!」」」


「おー!」


「「「おー!」」」


 長島城の大広間に勝鬨が木霊した。


 大広間から去っていく者達の顔は皆上気している。

 ご婦人から発破を掛けられて誰もが殺る気になったのだ。


 そして広間には老人と数人が残っていた。


「舟を持たん武田など、恐れる事はない。それよりも藤吉の行方はまだ分からんのか?」


 老人は先ほどと違って焦っているように見える。


「だめだめ。全然分からないっすよ。とりあえず堺方面には居ないみたいっす」


 若い浅黒肌の男はお手上げのポーズを取っている。

 軽いなぁ~こいつ。


「ふん、頼りにならんのう九鬼は。左京進はどうか?」


「瀬田から目加田、伊賀、大和の三方に散ったと言う話ですが、まだ分かりませんな。でも、殿なら大丈夫でしょう。死にませんよ。絶対に」


「そんな事は分かりきっておるわ!」


 老人が立ち上がり怒鳴る。

 この老人も怒りやすいようだ。


「ふぅ、既に策は打った。後は我らが守り。そして…」


「そして、その時を待つっすね!」


 ごつんと音がすると、若い男が左京進と呼ばれた男に拳骨を頭に食らった。


「~~」


 悶絶して床をゴロゴロ転がる若い男。

 それを見ていた者達は皆ため息を吐いた。



 永禄四年 十一月某日


 武田信虎 長島を包囲す


 木下なか 長島にて籠城 これを迎え撃つ


 右筆 増田 仁右衛門 書す


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


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