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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第九章 武田家上洛にて候う
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第二百六話 将軍殺し

 武田晴信は死んだ。


 あの甲斐の虎がここ京で死んだのだ。

 俺が知っている歴史でなら晴信は京に着く前に死んでいる。

 だがこっちでは京で死んでいるのだ。

 しかも父親に撃たれて……


 本人の無念は如何ばかりか?


 そして残された者の悲しみは?



 俺達は感傷に浸る事なく清水寺を後にした。


 ここで残って戦う等論外だ。

 向こうは武田家主力一万以上。

 こっちは木下家三千と山縣隊五百に信繁の供回り五百で合計四千。

 荷駄隊を含めると六千には成るが荷駄隊は戦闘に加える事は出来ない。


 だから先に逃がすことになった。

 晴信の遺体と共に。


「じゃあ、先に行ってるぞ」


「頼みます。弥助さん」


「そこは呼び捨てだろう?殿様」


「軽口叩いてないで、早く行きなよ弥助兄さん」


「分かってるよ。二人ともちゃんと帰ってこいよ!」


「分かってる。不破の関から先では稲葉殿が待ってる筈だから合流してくれ」


「ああ、任せろ!行くぞ皆!」


「「「おお!!」」」


 弥助さん率いる荷駄隊を俺と小一は見送った。

 この後は悪夢の撤退戦だ。

 それを思うと胃が痛い。


「本当に良いのか藤吉?」


 弥助さんの荷駄隊と一緒に信繁と勝姫も先に撤退する。

 この二人は晴信の遺体を運ぶのが主な役目だ。

 それと荷駄隊の護衛も兼ねて。


「荷駄隊だけでは不破の関は通れません。それに典厩殿達だけで近江を抜ける事も出来ないでしょうから」


「そうだな。分かった。美濃で勘助達と待っている。死ぬなよ藤吉」


「国では可愛い子供が待ってますから。こんなところでは死ねませんよ」


「子供か。確かに幼い子供を残しては心配で死ねんな」


「はい」


「藤吉殿。私も残って」


「駄目です。勝姫は典厩殿と一緒に先に美濃に戻ってください。それに大膳様を甲斐に……」


「でも、でも……」


「大丈夫です勝姫様。この昌景も残ります。絶対に追い付きますから、御安心を」


「昌景……」


「勝。二人を困らせるな。我らは我らの出来る事をするのだ。兄上ならばそうする」


「……はい。分かりました叔父上」


「では藤吉。美濃で待つぞ」


「藤吉殿。御武運を……」


 信繁と勝姫も去っていった。

 俺と昌景さんはそれを見送った。


「昌景さんも一緒で良かったんですよ。無理に残らなくても」


「ふん。無理などしていない。それに私の部下は全然戦い足りていないのだ。余計な心配はするな!」


「左様ですか。でも、大変ですよ。撤退戦は」


「お前達だけ残して帰れるか!この昌景を見損なうな!す、好いた男の為なら、その、なんだ……」


「何か言いました?」


「何でもない!ほら、行くぞ!」


「はい、はい」


 正直、山縣隊が残ってくれるのは嬉しい。

 彼らはこの撤退戦では貴重な戦力だ。

 要所、要所で働いて貰おう。


「小六。準備は?」


「出来てるよ。瀬田まで退いてそこで迎え撃つんだよねえ」


「そうだ。出来るな半兵衛?」


「瀬田までなら楽に退けると思います。それにあそこなら迎え撃つのにうってつけです」


 半兵衛の御墨付きだ。

 決戦は瀬田!

 でも、まともに戦うつもりはない。

 時間を稼ぐんだ。

 そうすれば……


「あに、いや殿。何時でも行けます!」


「分かった。行くぞ!」


「「「おおう!!」」」



 木下隊三千と山縣隊五百は一路瀬田を目指した。


 その道中、気に成っていたのが異様なまでに高い士気だ。

 本来なら負け戦のような感じで、しかも都落ちのようなこの撤退。

 士気が低下していてもおかしくないのに微塵もそんな感じがしない。

 この撤退で唯一の救いが士気の高さだ。

 山縣隊の士気が高いのは分かる。

 彼らは晴信の弔い合戦だからだ。

 でも俺達は違う。

 なんでこんなに士気が高いんだ?


「旦那様。大丈夫ですか?さっきからお顔の色が優れませんが」


「ああ犬千代。大丈夫だ。心配ない。ところで質問なんだが」


「何でしょう?」


「なんで家の奴ら。あんなに元気なんだ?」


「それは……」


「鬱憤が溜まってたんだ。それを吐き出せるから元気なのさ」


「利久。お前なんでここに居る?荷駄隊の護衛は?」


 利久は負傷したので荷駄隊の護衛と称して戦線から離した。

 なのに今、俺の目の前に居る。


「ふ、危なかっしい弟が怪我をしないように見守るのは兄貴の務めだ。ははは」


「お前な~」


「兄を責めないで下さい。どうしても聞かなかったのです。それに私達が一緒なら大丈夫ですよ。曽根城ではそうでしたよね?」


「そうだぞ藤吉。こんな面白い戦に俺が居ないなんておかしいだろうが?」


 こいつ、無茶しなければって無理か。

 心配するだけ損だな。

 なら放って置こう。

 それが一番だ。


 そして兵の間で溜まっていた鬱憤は何か?


 それは近江での乱取りが原因だ。

 家の連中の多くは長島で募兵した者が大半だ。

 彼らは元一向宗で難民だった。

 彼らは戦で帰る場所を無くした者達。

 だから武田の乱取りを見てそれを止められない自分達が許せなかったのだ。

 自分達と同じ境遇を作り出した武田の兵達が憎かったのだ。

 そして今、武田は俺達の敵だ。

 だから今の家の連中は気炎を上げている。


 決して武田の連中を許すことはないだろう。


「大将。殿の森殿から伝令だ!」


 馬廻衆を束ねる長康がやって来た。


「何か有ったか?」


 今、殿をしているのは森可成だ。

 彼がどうしてもと言うので任せた。

 他に適任者も居なかったので彼が言い出してくれて良かった。

 命令してやらせるよりは本人が望んでやってくれた方がやる気が違うからな。


「京に残っていた者達からの報告です」


 伝令でやって来たのは三雲を通じて雇い入れた甲賀の忍び達だった。

 確か名は『山中 為俊』だったかな?

 三雲定持の直々の推挙で召し抱えた腕利きの忍びだ。

 もっとも今は士分だがな。

 本人も武士に成れて喜んでいる。

 為俊の息子も優秀だ。

 先が楽しみだよ。


「何があった?」


「は、将軍が殺されました」


「な!?この時にか?」


 将軍義輝が死んだ。

 殺りやがったか信虎。

 この騒動のどさくさを利用したのか?


「それから京では、その……」


 まだ何か有るのか?


「おい、京でなんだ!」


 利久が問い詰める。


「は、京では将軍を殺したのは、殿。木下 藤吉となっておりまする」


「バカな!!」


 長康が怒鳴っているが俊房の報告は間違いないだろう。



 俺は将軍殺しの下手人に仕立て上げられた。



お読み頂きありがとうございます


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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