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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第九章 武田家上洛にて候う
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第二百五話 巨星消える

 昌景さんの案内で晴信の下に急ぐ。


 途中、勝姫が清水寺に帰ってきてからの状況を説明してくれた。


 清水寺に着いた一行はすぐに晴信を治療した。

 治療したのは甲斐から来ていた『永田 徳本』

 晴信の体に撃ち込まれた鉛玉は残っていたがすぐに取り除かれた。

 それほど深い傷では無かったが、こちらに着くまでに晴信は血を流しすぎていた。

 そして、晴信は高熱を出して意識は朦朧としている。

 それからうわ言を呟いているそうだ。


『すまなかった』と。


 誰に対して謝っているのか定かではないが、晴信を診ている徳本は晴信が長くは持たないと言っているそうだ。


『永田 徳本』はこの時代では既に有名な医者だ。


 史実では信虎、晴信の時には侍医を努めている。

 武田が滅んだ後は民衆を十六文で診ていたとか。

 後は、百歳以上生きていたと言われている。

 こっちは多分嘘だろう。

 何せ戦国時代の寿命は長くても四十代ぐらいだ。中には七十まで生きている人もいるがそんなに多くは居ない。……居なかったよな?

 百歳なんてそんな長生きが出来るとは思えない。


 そしてこっちの永田徳本は史実通り信虎、晴信の侍医をしていた。

 今回の遠征には京で会いたい人が居るから付いて来たと言っている。

 その会いたい人って『曲直瀬 道三』ではないだろうか?


 京に居る道三は医者でとても有名な人だ。

 徳本と道三は共に『医聖』と言われた立派な人達でこの戦国の世ではとても重要な人物だ。

 出来ればお近づきになって尾張に招きたいと思っていたところだ。

 去年、京に来たとき道三は内裏で天皇陛下を診ていたので会えなかった。

 今回は何とか会えないかと思っていたが、先に徳本と出会えた。


 そして、目の前の徳本先生は顎髭が立派なご老人で、平手のじい様よりも歳を取っているように見える。

 あれでまだ五十前だと言うから驚きだ。


「明日が峠だと思われる。話をするなら早くしなさい」


 厳しい顔つきで晴信との面会を勧める徳本先生。


 明日が峠って、滅茶苦茶危ないじゃないか!


 少し広めの部屋で晴信は寝ていた。

 側には信繁が付いている。

 信繁は少し顔色が悪いように見えた。

 精神的に疲労しているのが分かる。

 きっと自分を責めているのだろう。


 信繁は俺達が入ってきた事に気づくと顔を上げた。


「大膳様は?」


「意識が戻らない。外は?」


「まだこっちには来てません。でも時間の問題です。ここでは戦えません。すぐに移動した方が良いでしょう」


「兄上は動かせん。それに私も……」


 言いたいことは分かるがここに残っては包囲されて終わりだ。

 晴信を何処かに預けて俺達は撤退すべきだ。


「うう、次郎。そこに居るか。次郎?」


 おっと晴信が気づいたようだ。


「兄上。私はここです。兄上!」


「父上!」


 信繁が晴信の手を取り、勝姫が晴信の下に向かう。

 俺は少し離れて様子を伺う。


「勝か。すまなかった。次郎。すまなかった。太郎。本当にすまん」


 太郎とは太郎義信の事だろうか?

 だが義信はここには居ない。

 もしかして俺を義信だと勘違いしているのか?


「兄上。謝るのは私の方です。私は、私は…」


「父上。私は父上に感謝しています。謝られる事などありません。父上」


「次郎。自分を責めるな。我が悪いのだ。我がもっと皆を、いや。ごほ、ごほ」


「兄上!」「父上!」


 晴信は咳き込んで血を吐いた。

 これはいよいよ駄目かも知れない。

 こんなところで死ぬのかよ。

 あんたはもっと、もっと……


「太郎。我の事を嫌っていても構わぬ。だが、武田の当主は己の思いを表に出しては為らぬ。常に泰然自若。ごほ、ごほ。ふぅ。皆の意を汲み。そして民の声を聞け。己を捨てよ。それが善き当主の在るべき姿よ。ごほ、ごほ」


 これは遺言か?

 俺は何と答えれば言い。


「藤吉。兄上の手を取ってくれ。もう目が見えぬようだ。それに耳も……」


「お願いします。藤吉殿。父上の手を」


 俺は信繁と勝姫に背を押され、晴信の手を取る。


「太郎。武田を、勝を頼む。お主は認めぬだろうが勝は、そなたの妹だ。兄妹、仲良く、な。次郎。後を頼むぞ。父上を止めるのは我が武田の責務。すまん。太郎。我が、甘かった。お主の言う、通りで、あった。ごほ、ごほ」


「もう、しゃべるな。無理するな。やめろ。頼むから大人しくしてくれ!」


 自然と声が出ていた。


「ふ、親らしい事も出来ず、すまん。勝。勝」


 晴信が空いた手を上げる。


「父上。私はここです。ここに居ます」


 勝姫が晴信の手を取る。


「太郎。勝。武田を、甲斐を、頼む。ふふ、三条には好きにせよと言って、くれ。少し疲れた。少し、やすむ」


「兄上!」「父上!」


「逝くな!まだ逝くなよ!!」


 おい、やめろ。

 お前は俺の目標なんだよ!

 まだまだ教えて欲しい事が沢山有るんだよ!


 だから、まだ逝くな!


「ふふ、甲斐の山が、見える。川のせせらぎがき、こえる。のう、甲斐は、甲斐は、うつくしい、な……」


「ち、ち、父上。父上。いや、いや、いやー!!」


「……兄上。私は、うう。うあー!」


 嘘だろう。

 早すぎる。

 嘘に決まってる。


「起きろ。起きろよ。まだだ。まだこれからだろう。これから天下を!あんたと俺で天下を取るんだろう!起きろよ。起き、ろ。なんでだよー!なんでなんだよー!」



 武田 大膳大夫 晴信


 享年四十一


 京 清水寺にて死去


 右筆 増田 仁右衛門 書す



お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


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[一言] 晴信さん…‼️……信虎…外道死すべし‼️
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