第二百一話 武衛屋敷の戦い
遅くなりました。
利久が撃たれた。
いや、俺を庇って撃たれてしまった。
「大将。兄貴は?」
は、そうだった。
今はとにかく逃げないと!
くそ、こいつ無駄に大きいから重い。
「に、逃げるぞ。長康。長居は無用だ!」
「了解だ。大将」
俺は意識を失った利久を担ぐと逃げ出そうとした。
「逃げるか、羽柴! ええい、追え追えい!」
信虎の声が聞こえたが俺は振り返る事なく広間を後にした。
俺の後ろでは長康が殿になって追っ手を防いでいる。
「おい、起きろ。利久。いつまで寝てるんだ。お前重いから早く逃げれないだろう。起きろよ。利久」
俺は利久に声をかけ続けたが返事は無かった。
くそ、こんなの認めないぞ!
お前が死ぬなんて認めないからな!
早く起きろ利久!
逃げる途中で広間に入らなかった護衛達と合流して利久を運んで貰う。
「急げ。追っ手が来てる。急いで逃げるんだ!」
「大将。利久の兄貴は、その、もう」
「こいつが撃たれたくらいで死ぬもんか!いいから走れ。陣に向かって走れ!」
「「おお!」」
とにかく今は逃げる。
陣に駆け込めば何とかなる!
「よし、屋敷をで、た、ぞ」
な、なんじゃこりゃ!
屋敷を出るとそこでは武田の兵達が戦っていた。
ああ、言い方が悪かった。
武田兵が同士討ちをしていた!
「織田じゃ!木下隊の者がここに居るぞ!討ち取れい!」
「くそ、どうなってるんだ!」
俺は刀を抜くと斬りかかって来た奴らを逆に斬り付ける。
は、舐めんなよ。
俺だって潜ってきた修羅場は多いんだ。
そんじょそこらの奴らに殺られるもんか!
「殿ー! 藤吉様ー!」
お、この声は半兵衛か?
「こっちだ。半兵衛!」
半兵衛の声に応えると見慣れた集団がやって来る。
半兵衛を先頭にした木下隊だ!
「殿。ご無事で」
見れば半兵衛は返り血を浴びたのか顔や鎧が赤くなっていた。
「半兵衛。他の者は?」
「こちらです。急ぎ移動しましょう」
「分かった。長康、行くぞ!」
「おう!」
長康は向かってきた武田兵を斬り付けると俺達に合流した。
やっぱりこいつは頼りになる。
「あ、あの、前田様は?」
「あ、ああ、こいつはちょっと寝てるんだ。こんなに騒いでるのに起きないんだよ。まったく困った奴だ」
「藤吉様。前田様は、その」
「行くぞ半兵衛!」
「は、はい!」
半兵衛が何か言いたそうだったが言わせなかった。
そんなフラグ立てるんじゃない!
こいつはここで死なない。
死ぬ訳がない!
武田兵に囲まれそうになったが俺と長康と半兵衛が先頭に立って斬り捨てる。
「大将。後ろにいろよ?」
「そうです。ここは私達にお任せを」
「俺に構うな!自分の身は自分で守れる。今は目の前の奴らに集中しろ!」
「わ、分かった」「はい!」
しかし、長康はともかく半兵衛は大したもんだ。
自分よりも大きい武田兵をバッタバッタと斬っている。
そして刀が駄目になると倒した敵から刀を奪って斬りかかる。
半兵衛が達人だと言うことを再認識した。
それに長康も刀が駄目になると殴ったり蹴ったりして臨機応変に対応している。
こいつは慣れてるからな。
心配ない。
そう言う俺は刀が駄目になっても冷静に対処した。
倒れた奴の刀を抜いて目の前の奴を斬り捨てる。
槍を持つ奴は槍先を斬るとそれを掴んで押し返す。
体格が違うんだよ!
俺よりも一回りも二回りも小さい奴らなんかに力で負けるもんか!
そしてようやく本陣に近づくと赤くて小さい何かが大きな槍を振るって群がる武田兵を蹴散らしていた。
「昌景さん!」
「おお、藤吉殿。ご無事か!」
赤くて小さいのは昌景さんだった。
兜に入りきらないポニーテールが見えたから直ぐに分かった。
小さいから子どもだと思ったことは言わないでおこう。
後で怒られる。
「勝頼様は中か?」
「ここは山縣隊が受け持った。早く中に」
昌景さんは俺に陣幕の中に入れと言った。
俺はそれに素直に従った。
問答をしている暇はない。
「ごめん。木下藤吉入るぞ!」
一声かけて中に入るとそこには晴信と信繁、勝姫が居た。
「藤吉殿。父上が、父上が」
勝姫は俺が入ってくると泣きながら俺に抱きついた。
俺は勝姫の頭を撫でながら信繁達を見る。
晴信は目を閉じていて寝かされている。
話が出来る状態ではないようだ。
「藤吉。外は?」
「乱戦になってる。何があったんだ?」
「我らが外に出ると既に乱戦になっていた。私が止めるように声をかけても誰も言うことを聞かない。それに私達を見ると斬りかかって来た。昌景や勝が来なかったら危なかった」
「外の武田兵全部が敵か?初めからそうだったのか?」
「いや、違う。私が知っているのは兄上を捕らえた後に屋敷に火を点ける。その後は清水寺に戻る予定だった。こんな事は予定にない」
信繁は多少混乱しているようだ。
いつもは晴信と同じように偉そうに俺に説教してたのに今は弱々しく見える。
「あの、戦ってるのは多分、本陣以外の兵です。叔父上や藤吉殿が屋敷に入ってから襲ってきました。昌景が応戦しなかったら、私も……」
勝姫の言うことが正しければ信虎はここで勝姫や木下隊の皆を殺す予定だったのか?
それとも一部の兵が暴走してこの乱戦になったのか?
「ごめん。昌景です。入ります」
そして、昌景さんが入ってきた。
昌景さんは自分の身長よりも高くて太い槍を持って中に入ってきた。
あれは俺でも振り回すのに苦労する槍だ。
あれを振り回す昌景さんはやっぱり異常だよな。
「昌景さん。外は?」
「少し落ち着いた。どうやら誤解が有ったようだ」
「誤解?」
「あいつらは私達を襲ったんじゃない。初めは口論から始まって、それが段々と激しくなって一部の兵が暴発したんだ。それから木下隊が裏切ったと騒ぎ出してこの様だ。今は誤解を解くために山縣隊が説得してる。直に治まるはずだ」
ああ、説得(殴る)してるのか?
それに少し静かになったな?
「御屋形様は?」
「父上は、まだ目を覚まさない。どうしたらいい。昌景?」
「直ぐに移動すべきです。ここは危ないです。一時は沈静化しましたが、また何か有ったら……」
昌景さんが言い終わる前に周りが騒がしくなった。
「大将。親玉が出て来てこっちに向かってる。それに周りの兵もここを取り囲み始めてる。早く逃げたほうが良いぞ」
外に居た長康が中に入って忠告してくれた。
「半兵衛。木下隊の兵は?」
「佐大夫殿が後方で控えてます。数は三百ほどです。ここには蜂須賀党を中心に百です」
「うちは三百が外に居る。本陣は五百だ」
昌景さんが答える。
屋敷を囲っていたのが三千。
三分の一が味方か?
なら、何とかなるな。
「典厩殿は大膳殿と勝姫を連れて清水寺に。昌景さんはその護衛に」
「藤吉殿はどうするのです?」
勝姫が上目遣いで俺を見る。
決まっている。
「俺は信虎に一発食らわせてやらないと気がすまない」
「ははは、そうこなくちゃな。大将は」
「佐大夫殿達を呼んできます」
半兵衛は直ぐに行動に移った。
俺を止めるのかと思ったがそうしなかった。
半兵衛も内心は怒っているのかもな。
「藤吉。私も一緒に行く。父上を説得したい」
信繁がよろよろと立ってこっちに来る。
頼りないな。
こんなんじゃ説得なんて出来る訳ない。
「多分無理ですよ。話を聞くとは思えません。それよりも今は安全を確保するのが先です。問答は後でお願いします。昌景さん」
「分かった。任せろ」
昌景さんは外に居る親衛隊を呼びに行った。
「典厩殿。早く行ってください。時間が惜しい」
「……分かった。勝行くぞ」
「でも、叔父上」
「さぁ、早く行って」
俺は勝姫を信繁に押し付けると長康と共に陣幕の外に出る。
しばらくして佐大夫達がやって来る。
「おいおい。大丈夫なのか?」
セリフとは裏腹に佐大夫は不適に笑っている。
「顔が笑ってるぞ。佐大夫」
「そりゃあ、久しぶりの戦だからな。それに殿も笑ってるぞ?」
そうなのか?
俺は笑ってるのか?
「用意は良いか?」
「準備万端よ。なあお前ら!」
「「「おお!」」」
頼もしいねえ。
「大将。来たぞ」
おっと向こうも来たか。
「羽柴。逃げずに残ったか?」
信虎は兵達の前に出てきた。
「俺は羽柴じゃない。木下藤吉だ!間違えるな!」
そうだ。今ここに居るのは羽柴秀吉じゃない。
木下 藤吉だ!
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