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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第九章 武田家上洛にて候う
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第二百話 武田 左京大夫 信虎

祝二百回。

 天正二年 三月某日 信濃高遠城


 口惜しい。


 あれほどの準備を進め、後少しというところで兵を帰すとは。

 例え太郎が死しても兵を動かすべきで有ったのに、孫六め!

 何のための影武者か!


 やはり太郎ではなく、次郎に任せるべきであった。

 そうすれば……


 しかし、何を言ってももう遅い。


 先頃会った太郎の四男四郎。

 あれは駄目だ。

 戦に強くとも家臣の言に振り回されておるようではな。

 いずれ大きな失敗をするであろう。


 これから武田はどうなるか?


 織田には勝てまい。

 織田弾正、あれは強い。

 戦が強いのではない。

 負けても負けても最後の勝ちを必ず拾う粘りがある。

 そして見切りの速さよ。

 金ヶ崎で見せたあの潔さ。

 あれは誰にも真似は出来まい。


 しかし、太郎にもあれほどの潔さが有れば上杉とはもっと早く和解出来た筈。

 そうすればもっと早く駿河を、そして上洛が出来たろうに。

 川中島に、目の前の物に執着してあの様よ。

 四郎も同じ失敗をするであろう。

 目の前の事にしか目が行かず、後の後を予測出来ねばな。



 武田の旗を京に立てる。


 我が武田の悲願。

 もはや叶うまい。

 我らを利用した将軍義昭は京を去った。

 本願寺もいずれ織田に敗れよう。

 公家どもは役に立たん。


 ……口惜しい。


 今一度、今一度の機会が有れば!


 このままでは死ねん!


 今一度……




 永禄四年 八月某日 武衛屋敷


 気づけばあれから六十年が経つか?


 まさか二度目の生を受けるとはな。


 しかし、二度目と言っても何もかもが同じでは無かった。

 甲斐を統一する迄はほぼ同じではあったが、二度目で有るからそれほど苦労はすまいと思ったがこれが上手くゆかん。

 余計なことをしてあわや死にそうな目にもあった。

 何度も失敗を重ねては苦悶し、一度目よりも苦労したわい。

 しかし、家臣達にはわしを信奉する者も居るようになった。

 斬ったと見せ掛けて他国に出した者達も上手く動いてくれたのう。

 義元に信秀、そしてあの信長を殺せたのは大きい。

 十年も早く上洛が出来るとはな。

 思わぬ失敗も有ったが、今となってはどうでもいい事よ。


 あれから六十年。


 我が悲願は叶った。


 武田の旗が京に立ったのだ!


 ここから後は武田の天下よ。

 誰も邪魔は出来まい。

 信長という我が武田家の最大の敵はもうおらん。


 信長の妹など何の事はない。

 いずれ家を滅ぼす女よ。

 一度目と同じようにな。


 しかし、唯一の懸念はあの義元の娘よ。


 あれは野放しには出来ん。

 あれほどの才気を敵には回せん。

 太郎の息子の嫁にと義元に願ったが承知せなんだ。

 あれが叶えば何も問題は無かった。


 あの才気は惜しいが、排除せねばな。


 そして、木下藤吉。


 あれを囲って出世しよった男。

 今まで思いだせなんだが、ようやく思い出せたわい。


『羽柴 藤吉郎 秀吉』


 名前は知っておったが、ここで出てくるとはな。

 信長の下で出世した男。

 農の出で大名になった男。

 決して侮れん。

 太郎と次郎は手駒にしたと言ったがどうするか?


 次郎は藤吉にあれの始末を着けさせると言ったが、止めさせるか。

 あれはどうやら藤吉に信を置いておる。

 ならば藤吉を使ってあれを使うのも手か?


 いや、止めておくか。


 やはり当初の予定通り始末する。

 それに合わせて織田も潰す。

 信長の居ない織田家など容易に滅ぼせよう。


 ではそろそろ義輝には退場願おうか。


 そして孫の太郎義信を将軍に着かせる。

 段階を踏まねばならんが京を抑えた今、容易き事よ。


 ふふふ、ようやくよ。

 ようやくここまで来た。

 後少し、後少しよ。


 後はたわけた太郎をお仕置きせねばな。


 太郎では天下は治まらん。

 あの甘さが抜けぬ愚か者にどうして天下が掴めようか?

 わしが気づかぬと本気で思っておるのか?


 本当にどうしようもない愚か者よ。



「父上、これまでです。抵抗など為さらずに」


 太郎は大広間に兵を入れてわしを囲んだ。


 つくづく馬鹿な息子よ。


 問答などこの期に及んでは不要であろうが、なぜ躊躇せず殺さん!

 この愚か者が!


「太郎、これがお前の望みか? 上様は何処だ?」


「上様は別室に居られます。父上にはお会いになりませぬ」


「そうか。残念じゃ」


「……父上」


 馬鹿な息子よ。

 残念なのはお主よ!


 わしは右手を上げた。


「な、何!」


「不思議か。太郎よ。何も不思議ではない。お主の考えなどお見通しよ」


 わしを囲んでいた兵が今度は太郎を囲んだのだ。

 太郎の驚く顔はこれで何度めかのう。


「まさか? 次郎?」


「ははは、今さらよな太郎。ではな」


 わしは懐から単筒を取り出す。

 一度目で作られた物。

 ここではまだ作られてはいない物だ。

 火縄に火を点けて、太郎に狙いを付ける。


「ち、父上」


「さらばだ。太郎」


 わしは引き金を引いた。




 ※※※※※※


 部屋に入って見れば晴信は倒れていた。


 銃声は一発だけ。


 信虎の手には単筒が有る。

 この世界ではまだない筈の単筒を信虎は持っていた。

 ぞわりと背中に悪寒が走る。


 やはりそうなのか?


「父上。兄上は殺さぬ約束ですぞ!」


「次郎。たわけた事を抜かすな。わしに弓引く者をどうして生かしておける。それとも次郎。お主もわしに楯突くか?」


「父上」


 な、信繁は信虎に付いていたのか?


「う、うう」


 晴信の声が聞こえた。

 まだ生きてる!


 この場は晴信を助けて去るしかない!


 俺は護衛で付いてきた利久と長康に目で合図する。


「まだ生きておるか。太郎」


「兄上。大丈夫ですか?」


 あ、くそ。

 信繁が先に晴信を助け起こしてしまった。

 これじゃあ晴信を連れて脱出出来ない!


「次郎、そこをどけ」


「父上、もう止めてください。私は」


「次郎。わしに失望させるな。今後はお主が武田を率いるのだぞ」


 ここは信繁に晴信を連れて行って貰うしかないか?


「典厩殿。大膳殿を連れて早く! ここは我らが!」


「藤吉。すまん。皆手を貸せ。早く!」


「次郎! おのれは!」


 信繁の声に反応した武田の護衛達は晴信を抱えて部屋を出ていく。


「利久、長康!」


「おう、任せろ!」「大将は下がってな!」


 利久と長康が信虎の周りの兵に斬りかかる。

 虚を付かれた兵は利久と長康の動きに対処しきれず斬られていく。


 よし、何かとかなるかも?


「おのれ。羽柴! 信長のようにわしの邪魔をするか!」


「へ? 羽柴?」


 羽柴? 俺は木下だよ。


 は、しまった。


 信虎が俺に向けて単筒を構えていた。


「死ねい!」


 単筒から音が鳴る。


 そこで俺の目の前は真っ暗になった。


 いや、誰かが俺の目の前に覆い被さったのだ。


「あ、兄貴ー!」


「と、利久!」


 俺に覆い被さったのは利久だった。


「大丈夫か。藤吉。おまえは、にぶい、から、な」


 おい、嘘だろ!


「利久、利久、利久ー!」


皆さんの応援でここまで来れました。


本当にありがとうございます!


まだまだ藤吉の物語は続きます。


これからも応援よろしくお願いします。

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