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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第九章 武田家上洛にて候う
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第百九十八話 信虎に会いし候う

 永禄四年 八月某日


 晴信は軍勢を整えると瀬田に兵を送った。

 瀬田の国人衆は戦う事なく城を明け渡したが、兵を率いていた馬場民部はこれを斬った。


 降伏するのが遅すぎると言う理由だった。


 瀬田からは降伏の使者が何度かやって来ていた。

 しかし、晴信は理由をつけてこれと会わなかった。

 それなのに降伏が遅いとは笑わせる。


 初めから降伏を認める気などなかったのだ。


 そして数日後には武田本隊が瀬田を通った。


 武田家は上洛を果たした。


 本来なら京の手前で三好が陣を張っている筈だったが三好は兵を京には置いていなかった。

 何の抵抗を受けることもなく京に着いた武田軍は本陣を清水寺に置いた。


 今回の上洛の大義名分は将軍義輝の要請を受けての事である。

 将軍義輝曰く『三好修理大夫を討て』とある。

 しかし、三好長慶は京での争いを避けた。

 三好は兵を芥川城に集めて武田の動向を伺っている。


 この一連の動き、実は武田と三好で既に話が着いていた。


 晴信は観音寺城に入ると京に居る長慶の下に使者を何度も出して文のやり取りをしていたのだ。

 何も知らないのは将軍義輝である。

 義輝は武田が京に入ると使者を出して来た。



 その義輝の使者は『無人斎 道有』改め『武田 左京大夫 信虎』であった。



「遅かったのう。太郎」


「は、少し手間取りました。申し訳ございません」


 上座に座っているのは信虎で下座には晴信と信繁、そして何故か俺が居る。

 信繁が俺も同席しろと言ったのだ。

 なんで俺がと思ったが信虎を直接見るのは悪くないと思った。


 信虎が来る前に晴信と信繁と俺は下座に座っていた。

 信虎が入ってくると何も言わずに上座にどっかと座り挨拶をする事なくすぐに話は始まった。

 ちなみに信虎は俺を見ていない。

 ただじっと晴信を睨み付けている。


 その目は濁って見えた。


「ふん、観音寺に入ってから一月。何をしていたのだ」


「は、南近江の国人衆に降伏するように使者を送っておりました。それと兵が乱取りを行っていたのでその統制に時間がかかり」


「相変わらず使えんのう。お主は」


「申し訳ございません。父上」


 あの晴信が信虎に何度も頭を下げている?

 俺に対してはいつも余裕の表情であったあの晴信が、信虎に対しては平身低頭に接している。

 信虎を相当恐れているようだ。


 しかし、それは俺にも分かる。


 信虎が部屋に入ってきた時、部屋の温度が数度下がったのではないのかと思うほど寒気がしたのだ。

 そして信虎が上座に座ると部屋の空気が重くなったと感じた。

 信虎は、晴信とはまた違った雰囲気を纏っていた。


「次郎」


「は、三好は兵を集めておりますが争うつもりはないようです」


「そうか。では手筈通りにな」


「は、お任せを」


 信虎が信繁に話しかける態度は晴信とは違っていた。

 それだけで晴信が信虎に嫌われているのが分かる。

 どんだけ嫌いなんだよ。

 血を分けた肉親で嫡男なのに?


「そこの者」


 う、信虎に呼ばれた。


「は」


「名は」


「木下 藤吉にございます」


 正直に答えた。


「お前が治部のお気に入りか。そうか」


 治部のお気に入り?


「父上。かの者は我に臣従致した者です」


「本当か? 次郎」


「は、間違いございません。事が終わった後、かの者が治部を除くことになっております」


 は?


「そうか。では、そう致せ。我は休む」


「「はは」」


 え、終わり?


 晴信と信繁が頭を下げたので俺も慌てて頭を下げる。

 そして信虎は部屋を出ていった。

 信虎が部屋を出ると部屋の温度が上がったように感じた。


 なんだあの男は?


 今まで会ったどの人物よりも異質だ。

 正直気味が悪い。

 関わり会いたくない人物だ。


 でも、そうも言っていられない。


 今なら油断して殺せるんじゃないのか?


「止めておけ」


 晴信が俺を見ている。

 う、顔に出ていたか?


「藤吉の気持ちは分かるが迂闊に動くな。我らが疑われる。父上は我らにも容赦はしない」


 嘘だー。

 信繁にはなんか甘かったじゃないか。


「それより、本当に長姫はあれに狙われていたのか? それに俺が長姫を排除するみたいな事言ったよな?」


 今さら敬語を使うつもりもない。

 観音寺城では乱取りの件で散々言い争ったからな。

 お陰で晴信との距離は大分縮まったように感じた。


「勘助から聞いていただろう。事実だ。それにお前が治部を匿っているのをあれは知っている。どうもお前には興味が無いみたいだがな」


 良かった。

 俺はあれの興味の対象外のようだ。


「兄上、それよりもこれからです。父上の言うように動きますか?」


「今は将軍も父上も浮かれている。事を成すのは容易だ」


「そうですね。珍しく父上の機嫌が良かったですからな」


 おーい、二人で話すなよ。

 俺も入れてくれと言いたいけどあんまり関わりたくない。

 けど知ってないと俺も対処のしようがない。


「ここでそんな事話して大丈夫なのか?」


「心配ない。父上のお付きの者達はここにはいない。父上は明日には将軍の下に帰る。その後に詳しく話す。次郎、後は頼む。俺も休むことにする」


「は、分かりました。行くぞ藤吉」


「え、あ、はい」


 信繁は立ち上がるとさっさと部屋を出ていった。

 そして俺は慌てて信繁の後を付いていく。

 ふと、振り返って晴信を見れば彼は俯いていた。


「今日はもう休め。それからここには近づくな。要らぬ騒動を起こすなよ」


「それはこっちが言うことだ。兵達がまた乱取りしたりするんじゃないのか?」


「それはない。京で騒ぎを起こす者は問答無用で斬ると伝えている。それに既に何人か斬っているからな」


 思ったより対処が早かったようだ。

 それに既に人死にが出てるのか?

 容赦ないな武田は。


「それならなんで観音寺でそれをやらないんだ」


「さっき兄上が言っていただろう。そういう事だ」


 さっき?

 あ、そういえば遅れた理由を聞かれた時に。


「先の先を考えろ。そんな事では兄上の片腕など出来んぞ」


 別に俺は晴信の片腕になるつもりなんてないよ。


「では、明日また来い」


「……分かりました」


 信繁と別れると俺は木下隊の居るところに戻った。



 木下隊に宛がわれた屋敷の部屋に入ると俺は大の字になって寝転がった。


 ふぅ、あれが信虎か。


 あれはヤバい。

 さっきも思ったがあんな男見たことない。

 それに目もヤバい。

 あれに見つめられると金縛りにあいそうだ。

 龍千代とはまた違った目だ。


 あれが俺の敵か?


「殿、お休みのところ申し訳ございません。客人が見えられました」


「誰だ?」


 俺は寝転がったまま尋ねた。

 起き上がるのが億劫だ。


「はい、霜台様です」


「すぐに通せ」


「は、分かりました」


 さてと俺は俺で動きますか。


 しばらくすると戸が開いて頭巾を被った者が入ってきた。


「しばらくぶりですな。藤吉殿」


 戸が閉められると頭巾を取って顔を見せる霜台。


「お久しぶりです。霜台殿。どうぞ」


 俺は霜台に座るように促す。


「まさか、こんな再会になるとは思いもせず。文を頂いた時は驚きましたぞ」


「それはすみませんでした。こちらも色々とありましてね。早速ですが要件を伝えてもよろしいかな?」


「性急ですな。ですが、確かにゆっくりとはしておられませんからな。して要件とは?」


「実は……」


 俺は霜台にある謀を話した。


「それはまた大胆な。我が主に話してもよろしいかな?」


「もちろんです。我らの身の安全を修理大夫様にお願いしたく」


「分かりました。私が必ずお伝えします」


「ありがとうございます」


 さてと、後は晴信と信虎次第だ。


 いつまでも俺がお前達の掌で動いていると思うなよ!


 これからは俺のターンだ!


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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