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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第九章 武田家上洛にて候う
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第百九十七話 忍びとの縁にて候う

 結局、三雲定持の降伏は受け入れられた。


 しかし、晴信は定持とは一度しか会わず忠義は働きで示せとだけ声を掛けた。

 以後の取り次ぎは俺に一任され、定持は実質俺の与力扱いになった。

 これを喜んで良いのやらどうなのやら?


 三雲定持は甲賀五十三家の中で最も力の有る家だ。

 彼が声を掛ければ甲賀中から兵(忍び)がやって来る。

 その力は決して侮れない。

 だが定持は甲賀の全てを支配下に置いている訳ではない。

 それに忍びは忍者と呼ばれるスーパーマンではない。

 火遁の術や壁抜け等の術が使える訳でもない。

 普通の人達なのだ。


 まぁ、ちょっとだけ他の人よりも身体能力が高くは有るが忍びの特性は情報収集力の高さに有る。


 情報を征する者は戦を征する。

 俺も蜂須賀党や服部党、津島熱田の商人を使って情報収集をしている。

 だが、甲賀や伊賀の忍びの情報収集は蜂須賀党とは違った情報の集め方をしている。


 比べて見ると面白いことが分かる。


 蜂須賀党や服部党は市勢の噂を集め、商人は物の売り買いを通じてのその土地を治めている人物や城に、さらに人間関係の情報を集めている。

 甲賀は直接城に潜り込み、雇われたりして内部から情報を集めている。

 つまり、蜂須賀党らは外部から、甲賀は内部から情報を集めているのだ。


 どちらが危険なのかは言うまでもない。


 そしてどちらの情報の価値が高いのかも……


 だが、どちらも一長一短ではある。


 蜂須賀党らは危険が少なく信憑性に欠ける情報も有るがたくさんの情報を集めている。

 甲賀は内部からの情報なので信憑性が高いが危険なので身の安全は保証出来ない。

 それに身バレしたらその者は最悪殺され誰が寄越したかも分かり、さらに警戒が高くなって再度潜入するのがより危険になる。


 しかし甲賀の忍びは口が固いので見つかって捕らえられても滅多なことでは口は割らない。


 今回定持は武田の情報を集めたがそのことごとくを排除された為に正解な情報を集めることが出来なかったようだ。

 それは当然晴信も知っている筈だ。

 だから晴信は三雲家に価値が無いと判断したのかも知れない。

 そして危険が少ないと分かって俺に預けたのかも知れない。


 なら、こっちはその三雲を利用してやろう。


 俺は定持を使って甲賀の忍びを雇い入れることにした。

 蜂須賀党と同様に外部から情報を集めるように依頼する。

 危険を少なくして多くの情報を集める。


 また、腕の立つ者は士分に取り立てた。


 忍びの立場は弱くだいたいが使い捨てだ。

 だが、彼らの技能は高い。

 使い捨てるなんてそんな命の使い方は許せない。


 俺が忍びを士分に取り立てると聞いた時の半兵衛や小六達の表情は驚きに満ちていた。


 でも三雲家とか他の甲賀五十三家は士分だから驚くことではないと思っていた。

 だが定持からは五十三家以外の者は下賎な者として扱われると聞いた。

 だから厳しい鍛練を課して使い捨てとして扱えるのだと。


 この辺が俺には理解出来ない。


 生まれで全てが決まるなんてそんな理不尽を容認出来ない。

 他の人より優れた技能を持つ者を認めないのはおかしい。


 それなら俺はなんなんだ?


 俺はたまたま市姫に拾われて書が書けるという理由で勝三郎から引き上げられた。

 俺は忍びの彼らよりもただ運が良かっただけだ。

 なら俺は弱い立場の者達の暮らしを引き上げる為に何かをしなくては行けないのではないのか?


 今の俺は長島城主で織田家の実質筆頭家老だ。


 今の俺なら弱い立場の彼らを引き上げられる。

 そしてその第一歩が忍びの地位向上だ!


 俺が忍びを士分に取り立てているのが知られると、甲賀五十三家からも俺の下にやって来て仕官する者も現れだした。

 しかしこうなると伊賀の忍びも雇いたくなるな?

 聞けば甲賀と伊賀はそれほど仲が悪いわけではないとのこと、なら士分に取り立てた者を使って伊賀の忍びに接触させよう。

 上手くすれば伊賀の有名人が仕官してくれるかもしれない。


 あの『百地 丹波』とも接触出来るかも……


 こっちに来て蜂須賀党が居るから忍びを雇うという考えがなかったが思わぬところで縁が出来た。

 ならこの縁を最大限活用させて貰おう!



 晴信は観音寺城に留まること一月が経った。


 その一月の間に俺は精力的に動いた。


 晴信に言われた三雲定持の調略に始まり、その定持を使って甲賀の忍びを士分に取り立て、さらに伊賀にも人をやって広く人を雇い入れた。

 そんな中、武田の兵達は観音寺城周辺でやっぱり乱取りを行いやがった!


 晴信は兵達の乱取りを黙認した。


 蒲生、後藤らの国人衆はそれを黙って見ているだけだった。

 内心は悔しい思いをしているのに違いない。

 しかし彼らは武田に従属したばかりで晴信に兵達を止めるようにと進言出来ずにいた。


 だが俺は違う!


 俺は武田兵達の乱取りを止めさせるように晴信に進言した。

 しかし晴信は動こうとはしなかった。

 そして言うに事欠いていつもの事だからすぐに収まると言ったのだ。


 俺はそれを聞いて怒りで身が震えた。


 そこで俺は武田の兵達の乱取りを止めさせる為に兵を率いて彼らの下に赴いた。


「止めろ、お前達。それ以上の乱暴狼藉は許さん!」


「あん、誰だ。あんたは?」


 見れば辺りは地獄絵図のようになっていた。

 子供は泣き叫び、大人の男は抵抗して殺され、女達は乱暴を受けている。

 老人達は何も出来ずにただ呆然としている。


 こんな事が許されるものか!


「俺は織田家家老 木下 藤吉だ! 今すぐ止めろ!」


「は、織田の奴らか。俺達は武田大膳様の兵だ。織田の命令なんて聞くわけないだろう」


「「そうだ、そうだ」」「「織田は帰れ、帰れ!」」


「それとも何か。俺達が止めたらあんたらが代わりに乱取りをやるのか。そうなのか? ぎゃははは」


「おもしれえ。自分達の取り分が減るから俺達に止めろと言ってるのか。なんて卑怯なやつらだ。がははは」


 乱暴を止めない武田の兵達は俺を笑い者にした。

 しかも俺達が武田の乱取りを横取りすると侮辱した。


 俺は無言で刀を抜いた。


「お、殺ろうってのか? 俺らは仲間じゃないのか? ええ、そうだろう。そうだ。一緒に殺ろうじゃないか。どうだ? わははは」


 くそ、こいつら!


「大将。殺るのか? 良いぜ俺らは大将に付いていくって決めてるかならな。なぁ、野郎共!」


「「おお!」」


「俺らは大将についてくぜ。あんな奴らと一緒にされてたまるか!」


 長康の言葉に木下隊の兵が応える。

 木下隊の多くは元一向宗だ。

 彼らは少し前までは目の前の虐げられている人達だった。

 だから俺が乱取りを止めにいくと聞いて我も我もと付いて来てくれたのだ。


 俺は自分の胸が熱くなるのを感じていた。


「駄目です。落ち着いてください。今この人達に手を出したら武田と戦になります。藤吉様。落ち着いてください!」


 半兵衛がそう言って俺の前に立ち小さな体で両手を広げて立っている。


「そこをどけ! 半兵衛」


「駄目です!」


「ははは。何の芝居だこりゃ。おーい、おまえらこっち来いよ。おもしれえもんが見れるぞ!」


 そして俺達の前に武田の兵達が集まる。


 俺と半兵衛のやり取りを見てさらに笑う武田の兵達。

 彼らからは普段の優しさは感じない。

 彼らにあるのは狂喜だ。

 暴力が彼らを肯定している。


 その姿は醜悪そのものだ。


 俺の中に有る理性が止めろと囁く。

 だが今はそんな理性を抑え込む時だ。

 そして俺がその一歩を踏み出そうとした時、馬の嘶きが聞こえた。


 そして俺達と武田の兵達の間に誰かが割り込んだ。


「聞けい! 我は武田典厩である。御屋形様よりの命を伝える。武田兵は即刻所定の場所に戻り別命有るまで待機せよ!繰り返す。別命有るまで待機せよ!この命に従わん者は反逆と見なし親族皆殺しと致す!即刻退けえい!」


「「別命有るまで待機せよ!」」


「「従わん者は反逆と見なし親族皆殺しと致す!」」


「「即刻退けえい!」」


 典厩信繁の命を彼の部下達が伝えて回っている。

 それを聞いた武田兵は我先にと何処かへ行ってしまった。


 呆気に取られていた俺だが周りの惨状を見て我に帰る。


 は、そうだ!


「半兵衛。長康。傷ついた者達に治療を!急げ!」


「はい!」「おお!」


 木下隊が傷ついた者達の下に向かう。


「兄者。彼らに物資を分けるよ。良いよね?」


「ああ、もちろんだ」


 小一と弥助さんが率先して荷を運んでいる。

 小六や犬千代、それに勝姫や昌景さんの姿も見える。

 一や守重は俺の側に居て護衛に徹している。

 一も守重も駆け出したいのを我慢しているようだ。

 そして、佐大夫が何人か連れてやって来て一と守重に声を掛けた。


「おい、一、守重。護衛は俺がやるからお前らも行ってこい」


「え、でも」「俺達は、その」


「良いから行ってこい!」


 佐大夫、それ俺のセリフ。

 そして、一と守重は走って行った。


「大膳様は放っておけと言ってませんでしたか?」


 俺は信繁に問いかけた。

 俺と晴信が話をしていた時、信繁もあの場にいたのだ。

 そして信繁は勝姫をチラッと見て俺に答えた。


「可愛い姪の願いに応えただけだ。ただそれだけだ。お前達を見て動いた訳ではない」


「可愛い、ね。大膳様から後で何か言われるかも知れませんよ」


「ふん、その時はお前も一緒に謝れ。良いな!」


 そう言って信繁は去っていった。


 素直じゃないな信繁は。


「行くぞ佐大夫。俺達も手伝うんだ!」


「いよっしゃ、そうこなくちゃな!」


 そして俺は皆の下に駆け出した。


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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