第百九十四話 六角家の最後
不破の関を越えて佐和山城に一日滞在。
そして佐和山城を出てしばらくすると六角勢が姿を表した。
物見の報告に寄れば六角勢は一万あまり。
思ったよりも数が少ない。
やはり六角はもうだめだ。
去年の佐和山城での戦いで負けた影響が大きいのだろう。
六角は中央を厚くしてる。
魚鱗の陣の構えのようだ。
対する武田は鋒矢の陣の構え。
これってどうなの?
「数の少ない六角は中央本陣を固めて前に押し出す以外手が有りません。こちらは数が多くまた士気も高いので小細工抜き、先鋒だけで終わらせるつもりです。最初の衝突で決着が着きます」
半兵衛の解説を聞いていると武田の突破力が六角の防御を突き崩すことで終わるようだ。
そして我が木下隊はどうしてるかと言われれば。
武田本陣後方に陣を張っている。
戦場が見易いように少しだけ周囲よりも高い場所に陣取っている。
晴信からはただ見ていろとしか言われていない。
自信たっぷりの晴信さん。
そんな事を言われて邪魔するのもなんなので後方で高見の現物をする事にした。
ちなみに俺達の前には信繁の隊が居る。
信繁がこっちを睨んでいるように感じる。
居心地悪い。
「いよいよですね。後方で見ているだけでも緊張します」
「勝頼様。見るのも戦の内です。しっかりと見て戦を感じるのです」
「分かりました。昌景」
勝姫と昌景さんに山縣赤備えは俺達と一緒だ。
本当なら先鋒を任されてもおかしくないのにな。
さぞ無念だろう。
「ち、秋山が前に居るぞ」
「あの牛やろう。とっと負けてしまえ」
「家の大将に色目使って飯富様にのされた癖に先鋒とは生意気な!」
口が悪いな。
それに秋山と言ったか?
それって『秋山 信友』の事か?
武田四天王に次ぐ有名人じゃないか。
でも確かめよう。
「秋山って誰?」
「秋山殿は父上の信の厚い武将です。その姿から孟牛と言われています。それに、その……」
「女に手が早いことで有名です。私も口説かれた事が有りますよ。兄上が返り討ちにしましたが」
おお、そうなんだ。
昌景さんを口説くとは命知らずな。
でも昌景さん的にはどうなんだ?
「牛は嫌いです。だって見境がない奴なんですよ。夫婦なんて冗談じゃない」
はは、大した嫌われようだ。
山縣隊の皆さんも嫌っているので相当酷いだろう。
あ、もしかして俺もそう思われてるのかな。
「え、藤吉殿は違いますよ。藤吉殿は甲斐性の有る人ですから。出来たら私も囲って欲しいかなと…… 何を言わせるんですか!」
もう!と言って俺の背中をバンバン叩く。
痛い、痛い。
もっと手加減してくれ!
「大将。こっちの先鋒が動き出した。始まるぞ」
長康がそう言うと皆の顔が真剣になった。
たとえ後方に居ても戦が始まれば空気が変わる。
そう、ここは戦場なのだ。
武田の先鋒千ぐらいが六角勢に襲いかかる。
衝突する両軍。
すると六角の先鋒は真っ二つに別れてしまった。
「なんだ。あんなの見たことないぞ」
「私も初めて見ましたな。あんな見事な突撃は」
利久と三佐衛門が感嘆の声を上げる。
見れば一と守重は口が開いたままだ。
佐大夫は顎に手を当てて思案顔。
「これが武田か。まともにぶつかると危険だな」
「はい。あの突破力は脅威です。でも、やりようはあります」
お、半兵衛は早速対策を考えたようだな。
しかし、あれはちょっとおかしいぞ。
俺達が話している間に武田先鋒は既に二段目を突破していた。
六角勢は五段に軍を分けていた。
その一つ一つの軍は二千あまりに見える。
横陣に展開しているが決して薄くはない。
なのに意図も容易く突破していく武田軍。
一体中はどうなっているのか?
「ああ、なるほどね。六角も中々やるじゃいのさ」
「ですね。破れた陣が後方に回ってまた陣を作ってますね」
小六と犬千代は六角も後方を見ていたようだ。
そこには突破された部隊が後方に回って横陣を作っている。
なるほど、あえて陣を突破させているのか。
あ、でもこれって時間稼ぎだよな。
となると援軍が来るのか?
「いえ、どうやら違うようです。見てください。後方に回った部隊の動きが変です」
半兵衛が指摘するようにその部隊は陣容を整えると更に後ろに下がった。
「なんだありゃ。戦う気が有るのか?」
利久の言う事はもっともだ。
あれでは戦線離脱に見える。
どうなってるんだ?
「ありゃもう戦う気がないんじゃないのか。ほら、また下がったぞ」
弥助さんが指差した部隊は確かにまた下がった。
「一当てしたから六角との義理は果たした。そんな感じかな。あ、あそこはもう逃げたしてるよ」
小一の言っている事が正解のようだ。
本陣だと思われる四段目に武田先鋒が襲いかかると六角勢は崩れだしていた。
これはもう最初から決まっていたな。
出来レースじゃないか。
「終わりましたね。あっけないものですね」
「勝頼様。あれは本当の戦では有りません。これは戦う前から勝敗は着いていたのです」
昌景さんの言う通りだ。
こんなの戦じゃない。
六角は戦う前に負けていたのだ。
武田の調略で六角の重臣は寝返りを約束していた。
前もって知っていたが、なるほどこうなるのか。
敗走する六角。
武田は陣を整えるとゆっくりと進軍する。
追撃はなしか。
しばらくすると信繁隊から伝令がやって来た。
「木下隊は典厩様の軍に合流されたし、以上です」
伝令はそう言うと去っていった。
「長康。各所に指示を頼む。利久、三佐衛門はそれぞれ部隊を率いてくれ」
「「「承知」」」
こういう時は利久は素直に聞くんだよな。
いつも素直に俺の言う事を聞いてくれたら良いのに。
「典厩殿と合流する。急ぐぞ!」
「「「はは」」」
信繁との合流は何の問題もなかった。
俺達が動くまで信繁が待っていてくれたからだ。
信繁隊合流してそのまま行軍。
六角の居城観音寺城に向かった。
観音寺城に着くと既に城門は開かれていた。
俺達木下隊が呆気に取られていると信繁隊は何事も無いように城門をくぐっていく。
城の内部に入ると信繁がやって来て護衛を連れて付いてくるようにと言われた。
俺は近習三人と利久、長康、小六、小一、犬千代、それに二十人ほどの護衛を連れて城内に入った。
観音寺城は清洲、井ノ口よりも大きい城だ。
城内ももちろん広い。
信繁隊の者に案内されながら城の大広間に着いた。
そこには上座にどっかと座る晴信と左右に並ぶ武田家臣達。そして中央には頭を下げている者達。
おそらくあれが六角家臣達だろう。
六角義賢と義治親子はどこだろうか?
一番前で頭を下げているのがそうかな?
と思っていたが違った。
「御見聞を。こちらが義賢殿の首に、隣が義治殿です」
「そうか。それは本物か?偽物ならばお前達全員の首をはねねばならん。どうなのだ?」
「は、間違いなく本物にて」
「民部」
「は、進藤、蒲生、平井、後藤の降伏を認める。追って沙汰が有るまで別室で控えるように」
「「「は、はは」」」
馬場民部に声を掛けられた六角家臣達は逃げるように下がっていった。
「来たか、藤吉。これが六角当主の首だ。お前は見たことがあるか?」
俺が呆然と立っていると晴信が声をかけた。
「いえ、ありません」
反射的に答えた。
何も考えてなかった。
「そうか。これで六角攻めは終わりだ。しばらくここに留まる。兵を休ませろ」
「は、はい」
「皆、ご苦労。下がって休め。次郎。民部。後を頼むぞ。我は休む」
「「はは」」
そう言うと晴信は立ち上がり奥に消えていった。
残った武田家臣達もぞろぞろ下がっていった。
俺は小一に命じて木下隊の指揮を任せる事にした。
「兄者はどうするの?」
「俺はちょっと残る」
小一達が部屋を出ると俺は腰を下ろした。
半兵衛達近習が俺より少し離れて座る。
俺は目の前の首を見る。
そして静かに両手を合わせて目を瞑った。
俺は名門六角の最後を見届けた。
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