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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第八章 家老になりて候う
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第百九十話 武田 大膳大夫 晴信

「尾張守護 織田 尾張守 奇妙丸です」


「うん、うん。我が武田 大膳大夫 晴信だ。よう参った。婿殿」


「婿、は、はい。御義父様」


「ははは、そう堅くならずに。これからは義父と呼んでくれ」


「はい!義父殿」


 駄目だなこれは。

 すっかり舞い上がってしまっている。

 せっかく上座に上がって対面させてるのにこれではな。

 武田家臣達のほくそ笑む顔を見れば、役者が違うのが分かる。

 まぁ、どだい無理な会談なんだよ。

 六歳の子供と百戦錬磨の大人ではどうしようもない。


 それに奇妙丸様は父信長を物心つく前に亡くしている。

 きっと晴信を父信長の代わりにと思ってるのかも知れない。

 さっきから義父殿、義父殿と連呼してるからな。


 頼むぞ。何事もなく終わってくれ。


「義父殿。菊姫はいつ頃尾張に来られるのですか?」


 お、嫁の話か?

 でも来れるのか?

 来る前に武田は滅びると思うぞ?


「菊は来年には尾張に参ると思う。その時はよろしく頼む。婿殿」


「はい。分かりました義父殿」


 来年か?

 うーん、その頃は多分戦の真っ最中でやっぱり無理だろう。

 ごめんな奇妙丸様。

 期待に胸を膨らませてるだろうけど現実は甘くないのよ。

 当主の婚姻は予定通りには行かないんだよ。


 てか、俺の婚姻は二年くらい流れたからね!


「では義父殿の京での活躍を楽しみにしております」


「うむ。婿殿が一緒でないのは残念だが」


「今度は京でお会いしたいと思います」


「ははは、そうだな。では今度は菊と二人一緒に京に会いに来てくれ。ははは」


「はい。義父殿」


 ちょっと何約束してんの!

 京に行くって駄目よ。

 そんな口約束したら駄目!


 こら、奇妙丸様。

 こっち見ろ!

 笑ってるんじゃねえ!

 ああ、もうー!


 俺の心の声を無視して奇妙丸様と晴信の会談は終わった。

 口約束が守られるかどうかは分からないが再会を約した事に変わりはない。

 織田家と武田家。

 表面上は同盟を維持すると見えただろう。



 前もって質問内容や受け答えを練習したけど、全然駄目だった。


 会談が終わって奇妙丸様と一緒に別室に移ろうとした時、晴信と目が合った。


『良い会談だった。ありがとう』


『いえいえ。子供騙して嬉しいかよ?』


『ははは、子守りも大変だな。では宴でな』


『ははは、そうですね。宴を楽しみにしてますよ』


 くそ!ドヤ顔で返された。

 見てろよ。

 宴では俺が相手だ!



 宴は盛大に行われた。


 武田家臣達の田楽を見せられればこっちもやらずには要られない。

 利久と長康が中心に猿楽を披露する。

 本当に利久は多芸だな。

 それに長康も出来るのか?


 俺は日舞を習ってるが、下手すぎて師から人前では踊るなと言われた。


 だから今回は大人しく座っている。

 良いなあ。

 俺もあんな風に舞って見たいよ。

 利久と長康の舞いは武田家臣達にも好評だった。


 宴の途中で奇妙丸様は退室させた。


 ボロが出ないように早めに退散。

 晴信も特には引き留めなかった。

 晴信の奇妙丸様を見る顔は穏やかで俺のイメージにある晴信とは違っていた。


 武田晴信。

 あんたの狙いはなんだ?


 宴が最高潮に盛り上がり皆が我も我もと踊り出す。

 笛を鳴らし小鼓を打ち。

 独特なリズムに合わせて踊り合う。

 そこには織田も武田もない。


 皆が一体になって踊っていた。


 そして俺と晴信はその姿を黙って見ていた。



「それで、どうしてあんな事を?」


「ふ、試したのよ。織田の当主とその臣下はどの程度なのかとな」


「そうですか。それは手の込んだイタズラですな」


「ははは、イタズラか。そうだな。あれはイタズラであるな。ははは」


 俺と晴信は月が見える部屋で飲んでいる。

 供はいない。

 二人きりだ。

 無用心過ぎるがそれは晴信にも言えたこと。

 それに誘ったのは晴信だ。

 他の奴らは既に潰れている。


「上洛を果たした後は?」


「ふ、上洛が失敗する事を考えないのか?」


「思ってもないことを」


「そうだな。上洛は出来る。問題はその後だな」


 俺と晴信の共通の敵は信虎だ。

 上洛を果たした後に信虎がどうするのか。

 俺は知らない。

 知っているのは極一部の人のみ。


 晴信は杯に入った酒をぐいっと飲み込む。


「ぷはー。上洛後。俺は隠居。太郎が当主だ」


「それは決定事項で?」


「そうだ。その後俺は仏門に入る。ご丁寧に法名も既に決まっている。ははは、これが武田の当主の実態よ」


 マジかよ!


「仏門に入って数年後に病死、ですか」


「おお、その通りよ。父はわしが嫌いでな。すぐにでも殺したいらしい。だがまだ我慢していると言ったところだ。次郎が色々と謀ってくれたお陰だ」


 それはなんとも。


「出来た弟ですな。次郎信繁殿は」


「そうだな。出来すぎだ。あれが当主であればもっと器用に立ち回れただろうよ」


 晴信が杯を俺に向ける。

 注げってか?

 俺の酌は高いぞ。


「勝負は上洛後。将軍謁見の時」


 晴信はそういうと酒を飲む。


「そこで、斬ると」


「いや、父の蛮行をこの目で見る」


 それって将軍殺害現場に居合わせる事になるんじゃないの?


「それは不味いのでは?」


「そうか。だが、その場に我やお主が居なければ良いのだ。事が終えた後であれば問題ない」


 ちょっと、この人何言ってんの?

 ひょっとして狙ってるの?


「それは、その、まさか?」


「父は将軍を殺すだろう。そして我が父を成敗する。その後代わりの将軍を用意する。天下は三好が西を。そして東は我が治める。天下は一人が治めるには広すぎる。そうではないかな。木下殿?」


 ああ、やっぱりこいつは信玄だ。

 俺に語っているのは本音が半分、冗談が半分だと思いたい。


「酔っているのですか?冗談ですよね?」


 冗談だと言えよ!


「ふ、我は酒では酔えん。木下殿。我の右腕になれ」


 晴信が俺の肩に手を置く。

 そして俺を抱き寄せる。


 ちょっ、油断した。


「知っているぞ。陣代に手を出した愚か者。子は男。騒動の種よ。そしてお主は織田を食らうつもり。ならば我が後押ししてやろう。奇妙は我とお主で操れば良い。何、簡単な事だ。何も迷う必要はあるまい。共に歩もうではないか。天下太平の道を」


 こ、こいつ。


「ふふふ、不満なら勝をくれてやってもよい。そうすればお主は我の婿。家族よ。家族は大事にせねばな。ふふ、ふははは」


 こいつ、そうなのか?

 こいつが俺の家族を狙ったのか!


「お前」


「ふふふ、逃げられんぞ。我に力を貸せ。そうすれば何の心配もない。我はお主を買っておるのだ。誰よりも、な。ははは」


「あんたは、狂ってる」


「そうだ。我も父も狂っている。そうせねば甲斐を治めるなど出来んのだ。お主もすぐに分かる。国を治めるという事を。支配する者の孤独を。木下、いや、藤吉。逃げるなよ。すでに事は動いておるのだ。我もお主も既に引き返せんのだ」


 俺は間違えた。


 信虎ばかりを見て晴信という人間を見ていなかった。

 晴信は信虎以上に危険な男かも知れない。

 こいつがその気になれば俺の家族を殺せると言っている。


 だがな。


 あんたも間違えてる。


 俺の家族に手を出した奴に例外は、ない!


 あんたは俺の敵だよ。



 永禄四年 六月某日


 木下 藤吉 武田 大膳大夫 晴信と会談す。


 右筆 増田 仁右衛門 書す



これで八章終了です。


九章は武田と一緒に上洛です。


誤字、脱字、感想等有りましたらお願いいたします。


応援よろしくお願いします。



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