第百八十八話 子供が産まれし候う
ドタバタと婚儀を終えた俺は新婚生活を満喫する事もなく、軍の編成を行っていた。
今回の遠征軍の中核は我が木下家、与力として前田家と森家が付いてくる。
数は五千。
あまり多いと警戒されるし、少ないと危ない。
このくらいがちょうど良い。
与力に関しては内蔵助がブーブー言っていたが、『お前は織田家の切り札だ』とおだてたら大人しくなった。
まだまだ目立ちたい御年頃で困る。
それに今回の遠征では俺の命令に素直に従ってくれる者でないと困る。
連れていけと騒ぐ内蔵助はこの時点でアウトだ。
前田家を率いるのは利久だ。
前田家当主の利春殿は隠居して家督を安勝に譲った。
その為安勝が前田家を率いる予定が急遽変更、佐脇家に養子に行った良之に率いらせる事も出来ないので利久に白羽の矢が立ったのだ。
森家はもちろん『攻めの三左』こと『森 三左衛門 可成』が率いる。
森家は兵が少ないので木下家で都合を着けた。
ここでも恩を売って森家に貸しを作る。
まぁ、上洛軍に入れてる時点で恩も貸しもないけどね。
『この三左衛門。木下様のお役に立って見せまする』
と涙流して喜んでくれた。
そして我が木下家の陣容は……
大将 俺、木下藤吉
副将 蜂須賀小六 木下小一
馬廻衆 前野長康
近習 前田犬千代 竹中半兵衛 鈴木一 土橋守重
鉄砲隊 鈴木佐大夫
荷駄隊 木下弥助
という陣容だ。
小六はともかく犬千代には残って欲しかったがどうしても付いてくると言うので近習に加えた。
それと今回は小一と弥助さんが参戦。
二人は墨俣築城や長島の調略など裏方仕事が続いたが今回は一緒に行動する。
少し不安だが今回は木下家がメインだ。
頑張って貰うしかない!
それと初参戦組に鈴木佐大夫と一、土橋守重が居る。
この春にようやく鈴木家の朗党を長島に呼び寄せ、休む暇もなく戦に連れていくことにした。
内心悪いなと思いながらも、雑賀衆鈴木家の力はどうしても必要だと思ったからだ。
『よっしゃ、新型種子島が実戦で撃てるぜ!』
『うひょー!着いて早々戦とはついてるぜ!』
『人、撃てる。うふふ』
心配する必要なかったな。
そして肝心の佐大夫達は。
『へへへ。この新型種子島の御披露目が出来るたあー、嬉しいねえー』
『こっちの新型は俺専用だからな! お前は旧式で我慢しろよ』
『ずるいぞ、一。俺にも撃たせろよ!』
こっちも心配入らないな。
初めての鉄砲隊参戦。
ふふふ、武田の度肝を抜かしてやるぜ!
それに今回使う種子島は新型種子島と改良型種子島に目玉は『火打式改良型種子島』だ!
新型種子島は霜台の要請の品。
口径十匁の大型種子島でどんな鎧も貫通する。
弱点は重くて命中率が低い事。
しかし、弱点は長所で補える。
威力は従来の種子島を大幅に上回る出来だ!
改良型種子島は簡単なアイアンサイトを付けた物。
改良型種子島は数を揃えるのにそんなに時間は掛からなかった。
既存の種子島に少し細工するだけだからな。
サイトを付けることで命中率が飛躍的に向上。
これで長距離も狙い撃ちが出来る!
そして、今回間に合った一押し、ワンオフのスナイパー専用火打式改良型種子島だ!
火打式の利点は火縄を使わずに火薬を入れるだけで撃てる点。
火縄の光と匂いで風上に居ると種子島の存在がバレるので狙撃するには場所を選ぶ従来の種子島。
火打式は火縄を使わないので狙撃場所を選ばない。
それにアイアンサイトも付けて命中率向上。
それを扱う木下家一の鉄砲撃ち鈴木一!
最強コンビで狙い撃つぜ!
ふふふ、我ながら恐ろしい物を作ってしまった。
いや、作ったのは佐大夫達なんだが。
それとヘッドギア四号を開発。
三号の簡易量産型だ。
これでそばかすや耳鳴りに悩むことも無くなる。
雑賀衆には女性も多いので優先的に配った。
ヘッドギア四号は男も女も喜ぶ優れものだ。
そして新しい種子島は従来の種子島と一緒に使う。
アイアンサイトは真似しようと思ったら簡単に出来そうなので、木下家のそれも鈴木家だけ扱うように徹底させている。
普段は袋に包んで見せない。
武田に真似されたらシャレにならん!
でも、それは杞憂に終わるだろう。
何せ種子島は戦国一の金食い虫だ!
種子島自体は一丁三十貫から五十貫くらいする。
無理して百や二百用意出来るが種子島はそれ単体では運用出来ない。
玉と火薬という物凄く高い消耗品が必要なのだ。
その為に種子島は有るが玉と火薬が少量しかなくて使うに使えないと言う大名も居る。
それが武田だ。
武田も種子島は持っているが鉄砲隊のような集団で使用することは無く、個人に持たせて使用するようにしている。
もっともこれが普通なんだけどね。
これでは宝の持ち腐れである。
故に武田や他が大名の種子島は脅威でも何でもない。
いや、やっぱり脅威だよな?
今回の上洛で武田の戦法を直に見て研究。
来るべき日に備えて種子島を温存する。
そして、その時が来たら……
こうして着々と準備が進んでいった。
そして出立の日。
「それでは行ってきます。叔母上。それに『石松丸』」
「行ってらっしゃい。藤吉の言う事をよく聞くのよ!」
「分かってます。叔父上、宜しくお願いします」
「はぁ、奇妙丸様。そこは木下とか呼び捨てで良いのです。他の者が居る時は叔父上とは呼ばないようにお願いします」
「分かった。木下。これで良いのか?」
「はい。大変結構です」
そう俺は奇妙丸様の叔父に成ったのだ。
田植えシーズンに入ってすぐに市姫が産気づいて俺の子供が産まれたのだ。
予定よりも早い出産で慌てたが母子共に健康。
産後も体調は良好で一安心。
俺は長島に居て出産には立ち会えなかったが、知らせを聞いてすぐに清洲に向かった。
男の子と聞いて涙が溢れた。
市姫に会って一言、声をかけた。
「俺の子供を産んでくれて、ありがとう」
「まあ、ありがとうなんて。他に言う事はないの?」
「ああ、ご苦労様です」
「はぁ、違うでしょう。そこはよくやったとか。でかしたとか言うものよ」
「そうなのか?」
「そうよ。木下家の跡取りに成るんだから!」
俺の正室は長姫だよ。
この子は長庶子だよ。
そんな事言うと怒るだろうから言わないけど。
でも、よくやったとか、でかしたとか、なんか偉そうで嫌なんだよね。
子供を産んだ女性は偉くて尊いと俺は思っている。
だから、ありがとうと言ったんだけど。
どうもそれは良くないらしい。
でも俺は俺の子供を産んでくれて人にはありがとうと言いたい。
「なら、その、よくやった。市」
「うふふ。どういたしまして。それより名前は決めてるの?」
「ああ。この子は『石松丸』だ」
「『石松丸』ふふ。とても良い名前だわ」
「そうだろう。『石松丸』俺が父だぞ」
そう言って俺は石松丸の頬を指先でツンっと触る。
すると石松丸はわんわんと泣き出してしまった。
俺がおろおろとすると市が石松丸をあやす。
俺はそんな市と石松丸を見て幸せな気持ちになった。
この幸せを俺は守ってみせる!
「ほらほら退いた退いた。まあ可愛い。藤吉に似てなくて良かったわねー。石松丸」
「とも姉。朝日にも見せて見せて」
「もうあんた達。石松丸が驚いて泣いてるじゃないのさ。さぁ、石松丸。ばあばが相手しあげるよ。べろべろ、ばあー」
「まぁお義母様。石松丸が笑ってます」
「うふふ。私が一番赤ん坊の扱いに慣れてるからね。ほーら、ほーら」
俺の感動を返せよ!
「じゃあ、行ってくる。石松丸」
「あぶ」
「石松丸の事は心配要らないよ。私が見るんだから」
「朝日も朝日も」
「ばあばが居るから大丈夫だよね石松丸」
この小姑と姑が心配だよ。
「では、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
俺は市姫を抱き締めてから出立した。
目指すは美濃井ノ口。
武田晴信との二度目の会見が待っている。
永禄四年 六月某日
木下 藤吉に男児が産まれる
名は『石松丸』 母 織田 市
右筆 増田仁右衛門 書す
子供の名前は悩みましたが、秀吉最初の子と言われる石松丸に決めました。
後一話、二話で八章終了です。
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