第百八十七話 年貢を納めて候う
遅くなりました。
武田家の上洛に合わせる為に急ピッチで部隊編成をしなければならなくなった。
出立は田植えを終えた後。
それに合わせてのスケジュール調整。
但し問題が一つ。
それは奇妙丸様の参陣だ。
奇妙丸様は御歳六歳。
まだまだ子供で京までの長旅に耐えられる訳がない!
いくら本人が望んでもこれを許すことは出来ない。
その為の妥協点として井ノ口城での謁見まで奇妙丸様が兵を率いる。
その後は代理の将が上洛に付いて行く事で納得して貰った。
その為に書いた文が有る。
『今度の上洛に家の子供当主を連れていくなんて正気なの? バカなの? 上洛途中で何か有ったらあんた責任取れんの? そんな事になったら同盟破棄どころの話じゃないよ。戦よ、戦!そこまでバカじゃないと思うけど。こっちは兵を出すけど家の当主は最後まで同行しないよ。あんたに会わせたら帰らせるよ。それくらいで良いでしょ。それが飲めないんならこの話は無かった事に。兵はもちろん出さないから。上洛したかったらそっちで勝手にやってね』(現代語訳)
という感じの文を書いて勘助に渡した。
勘助はこの文の内容を見て頬がひくひくと動いていた。
言いたい事が有るだろうが、こっちだって嫌々兵を出すんだ。
このくらいの無礼は許されるだろう。
許さないんなら一戦殺るまでだ!
即座に上杉、今川それに北条にも情報流して包囲網を敷く。
後は持久戦に持ち込めば向こうは本拠地を奪われてジ・エンド。
既に詰んでるだよ、武田は!
ただ、上杉今川がちゃんと動いてくれたらの話なんだけどね?
とまぁ、心配していたけど向こうの承諾が取れたので上杉今川には情報を流して次いでに今川経由で北条にも伝えた。
彼らが勝手に動いても俺は知らない。
いやーおかしいなぁー。
上杉と今川が武田に攻め込んだって?
それに北条も動いたのか?
それは大変ですね。
すぐに兵を退きましょう。
と言う寸法だ。
我ながら汚いと思うが、これも戦国の定め。
戦国一の嫌われ者の辿る末路は儚い。
俺も武田のように嫌われないようにしよう。
後は戦場で死なないように動く。
戦は対六角がメインだろう。
そこで三好には霜台経由で情報を流している。
六角を倒しても三好が待ち構えている。
武田が三好と戦っている最中に後ろから撃つか?
それとも織田家全軍で三好陣内に逃げ込むか?
とにかく今回の上洛は臨機応変な対応が求められる。
情報を小まめに更新じゃない、収得して事に当たる。
それには蜂須賀党と服部党、それに津島熱田の商人に堺の千宗易、今井彦右衛門の協力が不可欠だ!
今回は情報戦だ。
とにかく最新の情報を一早く得るのが大事だ。
特に上杉今川の情報が最優先。
今川は友貞から北条は今川から上杉も今川から。
あれ、今川が最重要な情報現になるな?
でも今川には不安定要素がある。
現在の今川家当主は『今川 彦五郎 氏真』
先代の今川治部大輔義元こと今川長得の後に当主に着いたのだが、これがまたとんだ軟弱者。
祖母の寿桂尼と黒衣の宰相太原雪斎の補佐を受けて政務をしているが、とにかく荒事を避けている。
本当なら今頃は三河に進攻して松平と一向宗の両方を叩いて三河を得ている筈なのに、未だに動きがない。
そんな今川を友貞に探りに行かせると……
彦五郎氏真は先頃朝廷から官位を受領していた。
『従四位下 上総介』に任じられた氏真は有頂天。
連日宴が行われていた。
大丈夫なのか、今川は?
でも氏真はこの三年、内政に力を入れている。
配下の国人衆を繋ぎ止める為に領土の安堵状を発布。
国内の市場を高めるために楽市を行う等、内政はそつなくこなしている。
でも内政だけじゃこの戦国の世は渡って行けない。
いくら優秀な内政家でも戦が出来なければ何にもならない。
それに報告では雪斎の健康が思わしくないようだ。
雪斎が倒れたら今川はどうなるだろうか?
史実通りに衰退するんじゃなかろうか?
雪斎にはもう少しだけ頑張って欲しい。
せめて三河をどうにかしてくれたら何とかなる。
その為なら松平との同盟破棄も視野に入れている。
頼むよ本当に!
そんなこんなで準備をしていた俺に長姫がやって来て告げる。
「うふ、出来ちゃった」
う、うそー!
「まぁ、失礼ね。喜んでくれないの?」
実は俺、長姫とはそういう仲に成ってました。
京に滞在している時に龍千代とそのゴニョゴニョした時に一緒に、ね。
その後も事あるごとにやってました。
だから出来ても不思議じゃないけど、よりにもよってこんな時に出来なくても!
長姫には俺が上洛している間、実家の今川に戻って松平討伐か、甲斐に進攻して貰う予定だったのだ。
しかし子供が出来てしまった今では移動させるのは危険だ。
これでは今川に行かせられない。
いや、問題はそれどころではない!
長姫の妊娠が発覚した事で小六と犬千代の婚儀が急遽行われる事になった。
元々婚儀は春先に行われる予定だった。
俺の官位受領が終わってからの予定だったが上洛準備に追われて朝廷の使者を迎える事が出来なかったのだ。
その為にまたも婚儀が延びる事になりそうだったが、長姫の妊娠が小六と犬千代の我慢の限界を突破してしまった!
ちなみに小六と犬千代とも既にそういう仲に成ってる。
婚儀が延びて長姫に先を越された二人は連日俺の寝所にやって来た。
最初は婚儀まで待って貰おうと思ったが二人の熱意に身の危険を感じた俺は二人を受け入れた。
あ、寧々とはまだだよ。
婚儀を行うのは嫌じゃない。
でもこんな時にと思わなくもない。
しかしこれは結婚フラグをへし折るチャンスでもある。
『俺、この戦が終わったら結婚するんだ』のフラグは鉄板だ!
このフラグをへし折れば俺の生存確率も上がるだろう。
いや、そんな事は二人に対して失礼だ。
俺は小六と犬千代を散々待たせたのだ。
それに俺も二人と結婚したいと思っていた。
だからこれで良いのだ!
「良くないわよ! あんたもっと早く言いなさいよね! 親族連中を集めるの私なんだからね!」
「そうだぞ藤吉。嫁を取るって大変なんだぞ」
とも姉に叱られ、弥助さんの実感の篭った言葉に恐怖しながら準備した。
元々婚儀の準備はしていたが上洛準備と合わさった事で木下家は右往左往の大騒ぎ。
「やったー!これで小六姉と犬姉は朝日の本当のお姉さんになるんだね。あ、でも長姉はどうなるの?」
「わたくしは藤吉の正室ですから、わたくしの婚儀はもっともっと豪華に行いますわ。それにわたくしは会ったその時から朝日のお姉さんですわよ」
「そうなんだ! わーい」
無邪気に喜ぶ朝日とあくまでも正室と言い張る長姫。
いや、まあ、そうなるんだけどね。
家格の問題で俺の正室は長姫なんだよ。
市姫は守護代の家臣の娘。
今は守護だけど名門源氏の血を引く今川家とは家格が違う。
蜂須賀、前田、浅野は論外だ。
それに今川は足利の次の将軍候補。
足利の血筋が絶えたら次は今川が将軍に成れる資格がある。
だから、長姫を嫁に貰うと家格の問題で正室でなければならない。
それは一先ず置いておこう。
婚儀は小六、犬千代の順に行われた。
二人の白無垢姿を俺は生涯忘れないだろう。
それにこの婚儀を祝ってくれた連中に最大の感謝を。
そしてドタバタした中での婚儀に文句も言わずに俺の下に来てくれた二人。
本当にありがとう。
「不束者ですが、末永く良しなに」
「一生を共にな。小六」
「私はこれより藤吉様、いえ、旦那様の妻となります。宜しくお願い致します」
「これからは本当の家族だ。宜しく頼む。犬千代」
小六との婚儀では長康が号泣。
「良かった。良かった姉さん。姉さんが行き遅れた時はどうなるかと思ったけど本当に良かった!」
長康は後で小六にしこたま殴れた。
「がははは。これで俺と藤吉は本当の兄弟だな!いやーめでたい。めでたい!」
忘れていたこいつと兄弟か。
まぁ、利久ならいいか。
「良かったね。兄者」
「ありがとう小一。次はお前だな!」
「えっ、おいらはまだいいよ」
「何言ってる。後ろを見てみろ」
「ひぃ!」
小一の後ろに犬姫が居た。
小一の婚儀はまだ先だけどプレッシャーに負けるなよ!
「藤吉。分かってるだろうからくどくど言わないけど。でもね。これだけは言わせておくれ。嫁は大事にするんだよ。何があってもだ。いいね」
「ああ、分かってるよおっ母。何があっても俺は二人を幸せにする。して見せる!」
「本当かねぇ。あたしゃ心配だよ」
永禄四年 四月某日
木下 藤吉 蜂須賀小六、前田犬千代両名と婚姻す。
右筆 増田 仁右衛門 書す
遂に年貢を納めました。
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