第百八十六話 山本勘助との会談にて候う
勘助との話は続く。
勝姫と昌景さんの参戦は決定事項だ。
この二人結構頑固で滅多な事では退かない。
好きにさせるのが一番だ。
それと俺が長島城主に成ってから武田忍の襲撃はピタッと止まった。
その事を勘助に聞いてみた。
「道有殿(信虎の出家後の名前)は木下殿を狙ったのではない。治部殿を狙ったのだ」
「治部? 俺ではなく長姫を?」
「道有殿は執念深い。以前から長姫を危険視されておったようだ。桶狭間ではどさくさ紛れに命を絶つ筈であったと聞いている」
桶狭間で武田が動いていたとは聞いていたが、あの戦に勝てたのは武田のお蔭だったのか。
それならあの時襲っていたのは……
「俺はあの時長姫を助けた」
「左様。それで道有殿の計画に狂いが生じた。木下殿は巻き込まれたのだ」
なんてこったい!
俺はとばっちりを受けただけなのか?
「はぁ、知って良かったのか。悪かったのか」
「ははは。だが木下殿を見ておるのも事実。気を付けられよ」
勘助の鋭い視線が俺を射抜く。
う、ちょっと怖い。
信虎は俺も見てるのか?
いやだなー、俺って小者だよ。
そんな注目される人物じゃないよ。
はい、現実逃避してました。
それと気になっていた事を聞いた。
「武田の当主は大膳殿ですよね。なぜ追放して隠居した人に従うんですか?」
これがどうしても分からない。
「それは…… 道有殿の支配が今もって続いておるからです。傀儡なのは大膳様なのです」
は?
いやいやおかしいだろう?
信虎の支配が嫌で家臣と一緒に追放したんだろう?
「違うのです。道有殿は甲斐の統一が終わった後に自身で動くために当主の座を退いたのです。そして、甲斐では道有殿の事を悪く言う者は居りませぬ。今も道有殿を慕う家臣と民は多いのです」
は?
ますます分からん!
道三は信虎が狂ったって言っていたぞ!
「それは国外に流した情報です。それによって大膳様が甲斐を支配する正統性を持たせたのです。まぁ、道有殿が狂っているのは否定しませんが」
じゃあ、晴信に従っている家臣は全て信虎を支持してるのか?
でも信虎が追放した者もいた筈だ。
そいつらはどうなんだ?
「道有殿に従っていた者の多くは大膳様が当主になる以前の者達です。それから追放されていた者は道有殿の草(忍)です。大膳様が彼らを呼び戻したのではないのです。道有殿が自分に代わって大膳様を監視する為に呼び戻したのです」
もはや訳分からん。
理解出来ないのは俺だけではないようだ。
勝姫や昌景さんがさっきから黙っていると思ったら頭がショートしたのか。
目が泳いだり頭を抱えている。
「なぜそんな回りくどい事をするのです?」
「それは…… 道有殿にしか分からない事です」
はぁ、やっぱりそこに行き着くのか?
おそらくは身軽になる事で有力者達と気軽に会える利点が有るからだと思う。
当主という立場は人を使う事が当たり前。
でもそれだと各地の有力者や大名に直接会って、その人となりを知ることが出来ない。
隠居した立場ならそれほど警戒されずに直接会う事で自分の考えを伝えやすい。
ここで家を追放された事が効いてくるんだろうな?
武田家を追放された哀れな隠居。
あの頃の自分は間違っていたとか何とか言ってすり寄る姿が目に浮かぶ。
そして、家は息子に任せるが監視付きにして自分で動かせるようにしている。
これでは晴信が可哀想だよな?
「大膳殿はどうしたいのです?」
これは以前から文で聞いていた事だ。
再確認しておく必要がある。
武田を潰す準備はしてきたが、あくまで潰すのは信虎であって武田家全てではない。
「大膳様は甲斐が平和であれば十分だと言っておりまする。上洛して天下を欲するは身に余ると」
これは本当なのか?
どうも嘘っぽいんだよな?
あの信玄が上洛を望まないなんて信じられない。
それともこっちの信玄と俺の知ってる信玄は別物なのか?
まぁ俺の知ってる人物で史実通りの人間は少ないもんな。
だったら無欲な信玄が居てもおかしくないか?
いや、おかしいだろう!
駄目だ。
もう何も考えたくない。
「此度の上洛は道有殿が望み、家臣達も望んでいるのです。しかし大膳様を初め一族の者はそれに付いて行けないのです」
武田家も織田家と同じか。
周りの変化に付いて行けない。
晴信は甲斐の民が大事なら後はどうでもいいのか?
信虎はそれで満足出来ないのか?
それに振り回される俺達は何なんだ!
沸々と怒りが込み上げてきた。
武田は強敵だ。
武田を倒さないと織田家に平和はやってこない。
この上洛で信虎と晴信の両方を暗殺するか?
この二人が居なければ武田は纏まりを欠くだろう。
そうなれば勝姫を全面に押し出して武田家残党を吸収して美濃と諏訪を手に入れる。
甲斐は今川にくれてやってもいい。
「それと道有殿は大膳様を隠居させて太郎様に家督を継がせる考えです」
「それってつまり……」
「大膳様は用済みと言うことです」
ああ、なるほど。
だから勝姫を織田家に逃がしたのか。
晴信は信虎と全面対決するつもりだな?
「大膳殿に味方する者は?」
「私と飯富兵部、高坂弾正が主ですな。それに諏訪国人衆と木曾殿、遠山殿が御味方しております」
「真田は?」
「真田弾正は何れとも言えませぬ」
真田は日和身か?
情報を流したのはどっちにもいい顔をしたいからか?
さすがは真田と言ったところか?
それにしても晴信の味方が信濃に進出した後の人材で飯富だけがずっと晴信派、これに一門衆が付いてくると……
勝てるの?
「上洛には道有殿も一緒にて。事あれば木下様にも手伝って頂ければと」
「確約は出来ないな」
「左様ですか」
即答なんて出来るか!
殺り合うなら武田家だけで殺れよ。
俺達を巻き込むな。
はぁ、胃が痛い。
「父上は死ぬ気なのですか?」
今まで黙っていた勝姫が勘助に問い質す。
「大膳様は勝てぬ戦はしませぬ。此度も勝てましょう。木下殿には勝姫様をお守りして頂きたい」
はぁ、断れないんだろうな?
滅茶苦茶アウェイな場所で奇妙丸様と勝姫を守れと?
どんな罰ゲームだよ!
ポンっと俺の肩に手が置かれた。
見れば昌景さんが笑顔で俺を見てる。
「大丈夫だ。私が付いてる!」
ははは、見た目は子供の昌景さんに励まされてもね。
ああ、いや、違うんですよ。
そんなに睨まないで。
子供なんて思ってないですから。
いや、やめて、手に力を入れないで。
痛いから、とっても痛いから!
「勘助殿はなぜここまでするのです?」
「私は大膳様に引き立てて貰った恩が有ります。大膳様のお役に立てるなら本望なのです。木下殿も違いますか?」
ここにも主君に殉じる人がいた。
勘助は晴信に恩を返したいのだろう。
そこに我欲は存在しない。
有るのはただ『忠義』の文字のみ。
「分かりました。出来る限りの協力をさせて貰います」
結局、俺には断るなんて選択肢はない。
織田家を、市姫を守る為に晴信を利用させて貰おう。
狙うは信虎の首だ!
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