第百八十五話 奇妙丸様とお話し合いにて候う
奇妙丸様の発言で当初予定していた事が音を発てて崩れた。
「何をしたのか分かってるのか、奇妙!」
「え、でも、当主らしく、振る舞えって叔母上が」
「それは普段からだ! だが今回は叔父上と藤吉達が何も言うなと言っていただろうが!」
「ご、ごめんなさい」
素直に謝る奇妙丸様。
はい、そこまでよ!
どう、どう、落ち着いてね。
お腹の子供にさわりますから落ち着きましょう。
はい、深呼吸して。
市姫の雷を食らった奇妙丸様は涙目になって泣くのを堪えている。
偉いと思うけど今回は誉められない。
何せ重臣一同が今回の発言を受けて今年の予定の大幅な変更を余儀なくされたのだ。
例えるなら社運を掛けたビッグプロジェクトを社員一同必死になって準備していたのに、社長の一言で路線変更。
今まで準備していたのが必要なくなって、期限は近いのにまた一から準備しなくてはならくなった。
という感じだろうか?
「なんであんな事を言ったのだ?」
「そ、それは。上洛はとても大事な出来事でその……」
目を泳がせて発言する奇妙丸様。
誰が聞いても嘘だと分かる。
しょうがないな。
「奇妙丸様。怒らないので本当の事を話しましょう」
「本当に怒らない?」
「本当です。姫様も怒りませんよね?」
「うん。怒らない」
いや、嘘だろ。
本当の事言ったら怒るに決まっている。
「本当に本当?」
「本当に本当です」
「本当に本当に本当?」
いや、良いからしゃべれよ!
内心怒鳴りたいのをグッと堪えて笑顔で返す。
「本当に、本当に、本当です」
「本当に本当に本当に本当?」
「早くしゃべらんかー!」
あ、信光様がキレた。
「ひ、怒ったー」
どうどう信光様も落ち着きましょうよ。
普段温厚な人がキレると怖いね。
「さ、奇妙丸様」
「う、うん。藤吉の京の話を聞いて私も京に行って見たかったのだ。それに義父殿に会えると思ったのでつい」
「ふざけるなー!」「やっぱりかー!」「この粗忽者がー!」
俺と市姫、信光様の怒号が部屋に木霊した。
「やっぱり怒ったー」
この後、奇妙丸様は母君と濃姫からしっかりと怒られました。
「それでどうするのだ?」
「とりあえず勘助殿と話します。まだこちらに滞在されるので向こうの事も聞いておこうかと」
「それは構わんが、兵を出すとなると準備がな。武田の上洛後、様子を見ると決めていたからな。それに伊勢攻めは朝廷から官位を受領してからとなっていたし。どれも予定通りには行かなくなったな。はぁ」
ため息を吐く信光様。
俺もため息吐きたいよ。
伊勢攻めの大義名分の為に霜台を通して朝廷に働きかけて貰い、官位を得る予定だったのだ。
その後伊勢攻めを行い北畠家を倒し、志摩を得る予定だった。
武田の上洛は成功するかどうか分からないので様子見と決まっていた。
三好は武田とまともにぶつかるつもりはないので、六角が矢面に立たされる。
六角は武田に領土を奪われているので武田と戦わないと配下の国人衆が付いてこない。
六角の若き当主義治はこの難局をどう切り抜けるか?
まぁもう詰んでるんだよな。
勘助の文では六角の国人衆の調略はほぼ終了してるそうだ。
軽く一当てした後に寝返る予定になっている。
知らぬは当主の義治のみ。
六角は甲賀を抱え込んでいるが扱いが酷いので今回はどう動くか分からない。
左近の情報では甲賀衆は目立った動きはしていないそうだ。
見捨てられたかな六角は?
目と耳が機能してないなら打つ手はないだろう。
一時は菅領代(菅領の代行)まで成った名門の六角家もこれで終わりか。
後は朝倉がどう動くのか分からない。
霜台からは朝倉義景が動くことはないと言って来ている。
霜台の情報は信用出来るが鵜呑みに出来ない。
義景が気まぐれで兵を出す可能性も有るかもしれない。
武田も朝倉に働きかけているが色好い返事は無かったそうだ。
義景が何を考えているのか分からない。
その気に成れば二万の軍勢を動かせる勢力。
京に近くまた北近江を抑え淡海(琵琶湖)を使った海運?も盛んだ。
沢山の兵力を持ちその兵力を養える経済も土地も有る。
もし、義景に少しでも野心が有るのなら将軍義輝に味方して上洛も可能だろう。
だが、義景は動かない。
動けないのか動かないのか。
それが分からない。
もしかしたら全てを食らうチャンスをじっと待っているのかもしれない。
いや、考え過ぎだな。
あの義景だ。
史実で信長を殺すチャンスを逃し続けた義景だ。
あまり警戒する必要はないだろう。
俺は市姫と信光様に善後策を進言してから勘助に会いに行った。
俺が勘助の居る部屋に行くと勘助は誰かと会っていた。
外で見張りをしていたのは俺の見知っている人達だ。
山縣親衛隊が立っている。
俺は親衛隊に声を掛けてから部屋に入った。
そこには勝姫と昌景さんが勘助と話をしていた。
「失礼します。勝姫。昌景殿。山本殿」
「ようこそ木下殿。ようやく会えましたな」
勘助は足を怪我しているので崩した座り方をしている。
本来なら無礼になるのだろうが勝姫が許しているのだろう。
先ほどの会見ではちゃんと座っていたがあの体勢はキツいのかもしれない。
そして片目に眼帯、顔には刀傷がある。
一言で言えば怖い。
俺もこっちに来てから色んな人に会ったが勘助はその中でも異質だ。
「ちょうど藤吉殿の話をしていたのです」
勝姫は誰が見ているか分からないので男装姿だ。
しかし話し方は姫様言葉だ。
油断しきっていると言える。
「藤吉は男気溢れる男で頼りがいが有ると言っていたのだ」
昌景さんは何時ものようにポニーテールをしている。
昌景さんが動く度にポニーテールが揺れる。
昌景さんを見ていると和む。
「それは過分なお言葉。お恥ずかしい限りにて」
勘助が勝姫と昌景さんと仲が良いのには訳がある。
事は勝姫が生まれる前の話だ。
武田晴信が諏訪を占領した時、晴信は諏訪姫を側室に迎えようとした。
その時、配下の国人衆はこぞって反対したが、勘助だけが晴信を支持した。
勘助は晴信と諏訪姫の間に子供が出来ればその子に諏訪家を継がせれば良い、そして武田と諏訪の血を持つ子供が居れば諏訪の国人衆を味方出来ると進言したのだ。
それを聞いた晴信は諏訪の安定の為にと言って諏訪姫を側室に迎えた。
こうして勝姫は産まれた。
勝姫が産まれるきっかけを作ったのが勘助だ。
そして勝姫の守役に昌景さんを推挙したのが勘助だ。
この時の昌景さんは兄虎昌が武田家嫡男太郎義信の守役に成った事で彼女を守る存在が居なかった。
度重なる昌景さんに対する非道な仕打ちを見た勘助が晴信に昌景さんを勝姫の守役に推挙したのだ。
この頃の勘助は勝姫の軍略の師であり保護者であった。
しかし、勘助は武田家では珍しい成り上がり者で武田家の主流派では無かった。
その為に勝姫の守役には成れない自分に変わって名門山縣家を継いだ昌景さんに託したのだ。
女性同士という理由もあったが。
謂わば勘助は二人の恩人。
二人が勘助に気を許すのは当たり前の事だ。
勘助は俺に頭を下げる。
「勝姫様と山縣殿をお守りくださり、ありがとうございます。この勘助。木下殿には感謝のしようも御座りませぬ」
「あ、いや、こちらこそ。山本殿には助けられましたから、お相子ですよ」
「殊勝な言葉、有り難く」
「勘助」「勘助殿」
勝姫と昌景さんは泣いている。
感傷に浸っているところ悪いが早めに話を済ませたい。
「積もる話も有りますが、先ずは上洛の話をしましょうか。こちらの落ち度で山本殿にも迷惑をかける事になってすみません」
「いや、こちらもまさかあのような事になるとは思いもよらず。なんとも……」
「藤吉殿。上洛の件とは?」
「上洛で兵を出すのは断る予定だったのでは?」
勝姫と昌景さんは会見の内容を知らないようだ。
勘助は二人には会見内容を話していないのか?
俺は二人に簡単に説明した。
上洛に兵を出せ。
奇妙丸も一緒に連れてこい。
分かりました僕行きます。
俺達右往左往。
と話した。
「それは……」「なんて正直な」
勝姫は絶句。
昌景さんは奇妙丸様の本音が分かったようだ。
さすがちっちゃい人はちっちゃい人の事が分かるんだな。
「それでどうするのですか?」
「もちろん兵を出します。俺が率いて」
今回の上洛で兵を率いるのは俺だ。
俺は上洛の道筋も知っているから道案内も出来る。
市姫は身重で動けないし、信光様には残って政務をして貰わないと行けない。
それに信広様と両佐久間には残って伊勢や三河の動向に注意して貰う。
この三人なら何か有っても大丈夫だ。
留守を任せられる。
そして俺ならある程度臨機応変に対応出来る!
……と思う、多分。
そして、奇妙丸様のお守りも有る。
俺なら小六達護衛が居るので奇妙丸様と俺の身の安全は守れる。
これで大丈夫な筈だ。
勝姫は何か考えた後に昌景さんを見る。
昌景さんが頷き勝姫が俺を見る。
「私達も一緒に行きます!」
え?
「ははは。さすがは甲斐の虎の血を引く者。そうでなくては。ははは」
いや、笑ってないで止めろよ!
奇妙丸様のお守りに勝姫のお守りもしないと行けないのか?
それに昌景さんも一緒に付いてくる?
騒動の種が増えるだけだろう。
今度の上洛は本当に命懸けになりそうだ。
お荷物が増えました?
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