第百八十二話 織田家乗っ取り計画開始
織田家を乗っとる。
と言ってもやることはそんなに変わらない。
とりあえず織田家の筆頭家老に上り詰めて誰も俺に逆らえないようにすれば、それでほぼ終わりだ。
そしてその為の工作を俺は派閥連中にやっている。
戦は銭が掛かる。
現在多くの織田家家臣が戦の為に借金を抱えている。
土地持ちの奴らですら借金をしているのだ。
どれだけ銭が掛かるか分かるだろうか?
昔は織田家でさえ四苦八苦してたのだ。
その家臣も苦労してたのだ。
だが現在の織田家の財源は右肩上がり。
直轄領が増えて税をまともに取ることが出来るようになったからだ。
そして織田家は家臣達に褒賞として銭を渡している。
土地を与えるよりも銭で片付けている。
この方針を進めたのが俺だ。
俺がこっちに来た頃の織田家は一族の数が多く、その為に一門の直轄領が不足していたのだ。
尾張統一の過程で相手を降伏させるよりも追放や土地の没収、全滅させたりで直轄領を増やして税を取れる体制を整えた。
これは織田家の力を強めて中央集権体制を確立する為にやったのだ。
それは市姫の安全の為の方策だった。
そしてそれは当たった。
今では織田家の力は磐石だ。
家臣達との力関係は遥かに開いたのだ。
もはや家臣達の顔色を伺う必要はどこにもないのだ。
しかしそれを織田家の人間は気付いていない。
それに家臣達も分かっていない。
分かっているのは市姫と両佐久間などの家老クラスの人間だけだ。
だから両佐久間は織田家を立てるのだ。
市姫の機嫌を損なえばどうなるか分かっているから。
しかしそれを理解しない連中は両佐久間に詰め寄る。
もっと銭を寄越せ、もっと土地を与えろと。
たいして働きもしない連中が自分達が居なければ戦に勝てないだろうと勘違いしているのだ。
昔はその勘違いは間違ってなかったが今は違う。
織田家単体での兵力動員は二万近い。
これは織田家全体の兵力動員の約半分を担っている。
分かるだろうか?
織田家家臣達が全て裏切っても互角の兵力。
これでは織田家に逆らっても勝てない。
良くても相討ちだから。
しかしそれを計算できる人間がどれだけ居るだろうか?
戦国武将の多くは脳筋。
俺は右筆として働いてそれを理解した。
脳筋連中はこれから先は必要ない。
少しずつ淘汰して行こうと思う。
今俺は派閥の中から必要な奴とそうでない奴を分けている。
派閥のリストを作り、仁右衛門達の情報を元に使える奴を確保している。
小姓や近習、それに倍臣達の中には主よりも使える奴は多い。
上はいらん。
下からかき集めて役立てる。
それに取り立ててやる方が忠誠心も違ってくる。
中にはダイヤモンドの原石が隠れていることもある。
まだ見つけていないがそのうち出てくるだろう。
それに他の派閥の取り込みも始めている。
丹羽派がそれだ。
丹羽長秀は馬廻衆で現在家督を継いで派閥の長になっている。
この派閥には生駒や塙などの信長縁の者達が集まっている。
彼らは市姫とは一定の距離を保っていた。
だが今は、木下派に近づいている。
勝三郎が辛抱強く説得を続けたからだ。
彼らは中堅層だ。
大きな力は持たないが伸び代がある。
取り込んで損はない。
それに丹羽長秀は織田四天王の一人だ。
ぜひ、仲間にしたい。
しかし……
「私は私で織田家の為に働きます。協力は無用に」
と笑顔で断られた。
長秀はちょっとふっくらした体型に頬もふっくらしている。
まるで大福様みたいだ。
いや、そこまで太ってはいない。
しかし、見てると暖かみを感じる人だ。
俺はこの人が気に入った!
そうなると俺はしつこい。
営業時代の俺は契約を取るためにあらゆる事をやった。
頭は当然下げたし、毎日会いにも行った。
邪険に追い払われることも有ったが、これと決めたらしつこくアタックした。
相手に誠意を見せるには直接会うしかない。
そして相手が根負けするぐらい行かないと契約なんて取れないのだ。
今回のターゲット『丹羽 五郎左衛門 長秀』は手強い。
史実では『一生五郎左で結構』と官位や領地にそれほど興味を示さなかった人物だ。
信長が亡くなって秀吉が織田家の実権を握っていく過程を彼は見てきた。
そこにどんな感情が有ったかは知らないが、少なくとも表だって非難はしていない。
秀吉とは一定の距離を保った人物だと言える。
そしてこっちでも俺との距離を保とうとしている。
弱みが無いんだよこの人。
それに仕事もそつなくこなすから使いかってもいい。
武略も持ってる。
ある意味完璧超人だ。
ちょっと挫けそうになる。
俺はある程度清洲での実務をこなすと長島に帰った。
長秀は長期戦だ。
すぐにどうこう出来る人物ではないのが分かった。
諦めたわけじゃないからな!
そして戻った俺をいの一番に待っていたのは小一だった。
「た、助けて兄者! おいらもう駄目だよ」
「すまん小一。もう少しだけ頑張ってくれ」
「そんなー! ならせめて対処法を!」
俺にすがり付く小一。
そしてそれを柱の影で見ている犬姫。
犬姫が俺をジーっと見てる。
こわ、すっげーこわ!
「あー、うん、優しくしたら?」
「それはもうやってる」
「頭を撫でるとか?」
「それもやった」
俺は犬姫を見る。
犬姫が両手で頭を触っている。
顔は少し赤い。
小一に撫でられたのを思い出しているのだろう。
「ああ、分かった。市姫様に言って……」
犬姫が俺を睨んでいる。
「ごほん、俺が清洲に戻る時に市姫様に言ってみよう。それまでは相手をしてやってくれ。頼む」
俺は小一に両手で拝んで頼んだ。
チラッと横目で犬姫を確認するとうんうんと頷いている。
ほ、及第点みたいだ。
「ほ、本当に。本当だよね?」
「うん。約束する」
「……分かった」
小一は肩を落として去っていった。
そしてその後ろを犬姫が付いていっている。
怖いわー、小六達があんなんでなくて良かった。
俺は道三と長姫、半兵衛を部屋に呼び出した。
織田家乗っ取り計画の相談の為だ。
「やっと決心しよったか」
「長かったですわね。でも良かった。それでは早速」
「待った」
「なんですの?」
俺は俺の考えを道三達に伝える。
「また回りくどいことを?」
「はぁ、それでは何年も先の話になりますわよ。わたくしはそれほど待てません」
あ、あれ? 長姫まさかの反対。
「いいですか。乗っ取りと言っても陣代が市から藤吉に代わるだけですのよ。それならそれほど時間はかからないし、反乱や謀叛を起こしてもそれを鎮圧すればいいだけ。何を悠長に時間をかける必要が有りますの?」
いや、でもね。
ものには段取りがあってですね。
「藤吉様が陣代を宣言する前に粗方処分しましょう。名簿は出来てますので集会を装って皆殺しが一番です。下手人はそうですね。どなたがいいですか藤吉様?」
いやお前、それはいくら何でも性急すぎるだろうが!
それに皆殺しって!
半兵衛の案を聞いた道三は笑っている。
「クックック。半兵衛。それでは藤吉を疑って下さいと言っているようなものだ。物事はごく自然に行うなうのが良い。要らない者達でも使いようはある。踊らせるのが一番よ」
「なるほど。それは考えてませんでした」
何がなるほどなんだ?
俺は長姫にこそっと聞いてみた。
「謀叛か、騒ぎを起こさせるの。それで処分する建前が出来るわ。わたくしや父上がよく使った手です。国人衆を大人しくさせるには良い手ですわよ。藤吉も覚えて起きなさいな」
「そうよな。謀叛は無理でも騒ぎを起こさせるのは難しくはない。なに、わしらに任せておけ。今度も上手くやるわい」
ああ、長島がそうだったな。
でもな、今回それは封印だ。
「俺は春までに粛正する者達を取り込んでみせる!」
「正気かお主。お主を害そうとしている奴らを味方にするのか?」
「そ、それはどうやるのですか?」
道三は呆れ、半兵衛は好奇心に満ちた目で俺を見ている。
そして長姫は……
「ふふ、貴方は本当にわたくしを楽しませてくれるのね藤吉」
扇子で口元を隠し俺を見ている。
お手並み拝見と言っているようだ。
そうだよ俺は無駄な殺生はしない。
だからちょっと表舞台から退場願うだけだ。
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