第百七十九話 派閥の集まりにて候う
市姫の新年の挨拶を受けて俺は別室に移動した。
本来なら右筆衆と集まって新年の挨拶をするのだが、今年からは違う。
俺は平手派の新年の集まりに参加して、そこで挨拶をする。
平手派から木下派に変わる挨拶をしなければならない。
清洲城には大部屋が結構ある。
城に来て常駐している足軽やら小者やらが入る部屋だ。
それらの部屋を一番上等な部屋と繋げて派閥関係者が集まるのだ。
平手派は織田家で二番目の派閥だ。
集まる人数も多い。
そしてその人数を世話する小姓やら近習も多い。
小姓や近習達は隣の部屋で、彼らだけの交友をしている。
ここでの情報収集も馬鹿に出来ない。
今回連れてきた小姓は半兵衞と仁右衛門、弥兵衛の三人だ。
半兵衞一人だと不安だったので仁右衛門と弥兵衛を連れてきたのだ。
半兵衞は交友とか出来ないからな。
だって半兵衞は結構人見知りなんだ。
龍千代と対面して気絶したのなんて俺にとってはちょっとしたトラウマだ。
そんな半兵衞を木下家小姓筆頭なんて紹介出来ない。
能力は問題ないんだが。
だから頼むぞ仁右衛門、弥兵衛!
俺はそれとなく目配せして二人にサインを送る。
すると二人は『任されました!』と頷き合っている。
やはりあの二人は組ませて使うのが良いのかもしれない。
実務経験豊富な仁右衛門と歳の割りにクールな弥兵衛は良いコンビだ。
あの二人なら俺の期待に応えてくれるだろう。
それに比べて半兵衞は所在なさげにおろおろしている。
しょうがないので派閥部屋に一緒に連れていく事にした。
仁右衛門達と離れて不安なのか、俺の袖の裾をチョコンと摘まんでいる。
まるで迷子の子供のようだ。
「そうやってると半兵衞の保護者だな?」
「俺は半兵衞の保護者だよ」
「ああ、そうだったな」
利久の軽口が今は有り難い。
俺達の会話を聞いて半兵衞が少し微笑んだ。
これで少しは緊張もほぐれただろう。
そして作られた大部屋に入ると既に多くの人が入っていた。
見れば見た顔も居れば初めての者も居る。
新年の挨拶の儀に入れなかった者もこの部屋に居るようだ。
そんな彼らを見ながら上座に向かう。
上座には監物と勝三郎が既に座っている。
二人の周りには三、四人が集まって話をしていた。
そしてその中には内蔵助と左近が居た。
左近がここに居るのは分かるが内蔵助は確か佐久間派じゃなかったか?
なんであいつここに居るんだ。
佐久間派から平手派に鞍替えしたのか?
でもこれから平手派は木下派に変わるんだぞ。
あいつそれが分かってるのか?
「よう、内蔵助。元気だったか?」
「うん、ああ、利久か。俺はこの通りだ。それよりお前。堺に行ったそうだな。後でその話聞かせてくれ」
「ああ、いいぜ。それよりも我らが大将に挨拶するのが先じゃないのか?」
利久が話を振ると内蔵助が俺を見る。
お、くるか!
ちょっと身構える俺。
「長島城主就任、及び織田家家老就任、おめでとうございます。この佐々内蔵助。木下様と共に織田家繁栄の為に働きまする。以後良しなに」
「へ、あ、ありがとう、ございます」
あっれー。
こいつ内蔵助じゃないよ。
だってあのチンピラ内蔵助だよ。
目の前のこいつは名前も顔も同じだけど別人だよ!
「何を驚いてる」
「いや、だって、お前」
「俺も一家を背負う身成れば、少しは成長する。いつまでも詰まらん事に拘ってはおれんのだ」
うそだー!
絶対こいつ内蔵助じゃないよ!
「ははは。藤吉、こいつこんな事言ってるけど本当は違うのだ。家内の春殿にこっぴどく叱られてこうなったのだ。ははは」
「な、勝三郎殿。その話は」
「お、やっぱりそうか。春殿は可愛い顔して大層気が強かったからな。早速尻に敷かれてるのか? がははは」
「お、お前らなー!」
なんだ。奥さんの影響で変わったのか。
内蔵助は去年村井貞勝殿の娘『春』を嫁に貰っている。
この春は市姫の侍女で、犬千代、寧々と大変仲が良い。
三人はいつも一緒だったそうだ。
そして、内蔵助は春に『俺は藤吉には絶対負けん!』と結婚当初言っていた。
その後しばらくすると春は内蔵助が書も読まず計数も覚束ないのを知って呆れた。
春は内蔵助に『藤吉殿に勝ちたかったら書を読み民の窮状を知り、城にどれだけ銭や米が有るか把握してから言いなさい。今のあなた様では永久に藤吉殿に勝てません!』と言ったそうだ。
さすが貞勝殿の娘。
それを聞いた内蔵助はそんな事は当主の仕事ではないと聞かなかったそうだ。
その後伊勢征伐後に戻ってきた内蔵助は春に兵達に褒美の銭を与えろと言った。
しかし、春は……
『銭など有りません』
『何! なぜ銭がない?』
『旦那様が全て戦の準備に使ってしまいました』
『全部だと! なぜ全部使ったのだ!』
『旦那様が全て使えと仰ったではないですか』
『う、それは…… では、家には銭が無いのか?』
『銭どころか米も有りません』
『米も? なぜだ!』
『旦那様が米も全て持っていくと仰ったではないですか』
愕然とする内蔵助に春は。
『では、私は実家に帰ります。ごきげんよう』
『待て待て。なぜ実家に帰る。家をこんなにして私を残して実家に帰る通りがあるか!』
『私が実家に帰って銭と米を分けて貰うのです。そして私は銭と米を用意してくれた実家に奉公せねばなりません。その為にごきげんようと言ったのです』
『な、そんな事させられん。お、私がなんとかする。いや、して見せる』
『誠ですか?』
『誠だ。だから私を見捨てないでくれ!』
『そうですか。では、残りましょう。方々頭を下げねばなりませんね。本当に出来ますか?』
『ぶ、武士に二言はない』
『ようござりました。では旦那様。頑張ってくださいましね』
『お、おう。任せておけ! あれ?』
人に頭を下げたことのない内蔵助は春に手伝って貰って頭を下げた。
この時、内蔵助を助けたのが池田家と前田家、それに浅野杉原、寧々の実家だった。
春は前もって内蔵助が頭を下げる家も用意していたのだ。
当然、村井家もその中に入っている。
その後内蔵助は領地経営に必要な書を読み、自ら民の陳情を聞き銭勘定をし始めた。
それは今までの内蔵助を知っている者からするとまるで別人のようだと言われた。
俺もその劇的ビフォーアフターを見たかった。
そうすればからかってやったのに、惜しいことをした。
そして内蔵助は銭米の貸し借りの関係で佐久間派から平手派に変わったのだ。
本人はいつでも変わるつもりだったと言っていたがどうだろう?
それでも旧知の人が同じ派閥に居るのは嬉しい。
それに派閥を変えているのは内蔵助だけではない。
俺と同じ右筆の貞勝殿と信定殿も一緒だ。
それと森可成に川尻秀隆も来ていた。
あれ、もしかしてかなり増えている?
「伊勢征伐が終わってからはこっちに鞍替えした者達が多い。佐久間様は慎重なお方だからな。それに反発した若手がこっちに来てるのさ」
「それだけでは有りません。木下様や左近殿が長島、桑名を与えられた事で出自に囚われず出世出来ると分かると、その二人の居るこちら側にやって来た者達も居ます。森殿は元は美濃の出ですからその気持ちが強いのでしょう」
勝三郎と監物は今の平手派の状況を教えてくれた。
今の平手派は若手中心で出自が低い者、他国の者が多く、そしてイケイケ状態だそうだ。
なんかそれって舵取り間違うと大変じゃね?
「では頼もうか。藤吉」
「よろしくお願いします。木下様」
ふぅ、気楽に言ってくれる。
俺は上座中央の席に着いた。
すると皆俺に注目して居住まいを正す。
俺も背筋に力が入る。
「長島城主 木下 藤吉である。新年明けましておめでとう。今年は我が派閥の飛躍の年となるよう皆の働きに期待する」
「「「ははー」」」
はぁ、緊張する。
なんとか及第点は貰えたかな?
俺が周りを眺めると皆笑顔であった。
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