第百七十八話 永禄四年、新年の挨拶にて候う
「新年明けましておめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
長島城大広間に家臣達の新年言葉が響いた。
「うん、新年明けましておめでとう。今年も宜しく頼む」
「「「ははー」」」
少し偉そうだと思うけどこれくらいがちょうど良いそうだ。
で、俺への挨拶が終わるとその後家臣達は別室に移動して待機、新年の宴の準備が終わるまで各々親交を深めるのだ。
そして親族連中も別室で新年の挨拶をするのだが……
「えと、あの、私が上で宜しいのですか?」
「ごほん。新年明けましておめでとうございます」
俺が犬姫に新年の挨拶をすると後ろに居る家族も揃って挨拶をする。
「「「おめでとうございます」」」
「あ、ありがとうございます」
いやいや労いの言葉を俺達にくれないと?
犬姫があわあわしていると長姫が隣に座って軽く耳打ちする。
犬姫は理解したのか軽く頷く。
「新年明けましておめでとう。今年も織田家での忠勤に励んでくださいませ」
「「「ははー」」」
ふぅ、これで挨拶は終わりだ。
そして犬姫は母様達に別室に連れていかれた。
途中で『小一様』『小一様も一緒ですか?』と言っていたがとも姉が多少強引に連れていった。
「はぁ~、犬姫には困ったもんだ。どうしてこうなったんだ?」
そもそも新年に家臣の家に未婚の姫が滞在するなんて有り得ない!
原因は朝日達の到着が予定よりも遅れて年末の夕方に着いたことだ。
城に帰すには遅すぎる時間で有ったので、城に使いを出して犬姫を城に泊めることにしたのだ。
城から使いが戻るのが明け方で使いの者には迷惑をかけたが、当の織田家ではそんなに問題視されてなかった。
信じがたいことに新年行事が終わるまで預かってくれとの返事だった。
家出娘に寛容すぎるだろう織田家。
新年一発目がこれだ。
先が思いやられる。
新年の宴は問題なく終わった。
利久と友貞、佐大夫の裸踊りや一と守重の的撃ち等の芸が披露されて場を盛り上げた。
だが、俺と小一はずっと苦笑いだった。
昨夜は小一と二人で遅くまで話をしていた。
「で、お前から声を掛けたって?」
「え、違うよ。声を掛けたのは昌景さんだよ?」
最初から話がずれていた。
小一の話では……
小一は勝姫が清洲に登城するのに付いて行っていた。
その時犬姫が泣いているのを昌景さんが発見。
昌景さんが声を掛けても反応がないので、昌景さんに代わって小一が声を掛けたそうだ。
そしてあのキザなセリフは小一が考えた物ではなくて昌景さんが考えた物だった。
『私も一度はあんな言葉を言って貰いたかった』
と昌景さんは言ったそうだ。
次いでに言えば小一は声を出していない。
口パク対応でセリフは昌景さんが言っている。
『おいら恥ずかしくてあんな言葉言えないよ!』
それに小一は泣いているのが犬姫だとは知らなかったそうだ。
昌景さんは知っている者だと思ったそうだ。
とことんずれている。
その後も何度か登城する度に話をしたそうだ。
実際は犬姫に待ち伏せされての対面だ。
上手く話せない小一に昌景さんが背後からカンペを渡して会話が成立していたそうだ。
山縣親衛隊が教えてくれた。
小一と犬姫が話している最中、昌景さんがちょこちょこと動いて小一にカンペを渡している姿はさぞ滑稽だったろう。
俺も見てみたかった。
しかしそれは小一には耐えられなかった。
小一は勝姫に言って付き添いを長康に代わって貰い安堵したそうだ。
『だって姫様だって知っちゃったんだよ。おいらには無理だよ』
さすがに何度も話せば相手の身分も分かる。
元現代人の俺と違って、戦国生まれの小一では身分差の違いにより敏感になって当然だ。
俺のように主君に手を出すアホウは他に居ない。
でもあれは向こうから来たんであって、俺からではない。
まぁ、嬉しかったけどね。
そして大変だったのはそれからだ。
その後小一がやって来ないことを知った犬姫は執拗に昌景さんや山縣親衛隊に聞いて回った。
その姿は鬼気迫る物が有ったと後日長康は小一に語った。
おかしいな?
俺が聞いた話と違うぞ?
確か小一の話を聞いて回っても皆に聞いて貰えなかったと聞いたぞ。
だんだん犬姫がどんな女の子分かってきた。
そうなると小一の前の勝姫はどうだっただろうか?
俺が知る限りではそんな執着心はなかったように見えた。
もしかしたら恋敗れて泣いていたのではなくて振られたことが悔しくて泣いていたのかもしれない。
そして昌景さん達は毎回毎回執拗に聞いてくる犬姫に次第に恐怖を覚えて城に行くのを止めた。
あ、勝三郎の顔色が悪かったのはもしかしてこれが原因か?
俺の屋敷事件と犬姫の対応に疲れたのかもしれない。
新年の儀の後に聞いておこう。
しかし、犬姫は誰に聞いて小一の正体を知ったのか?
まぁ、予想は付くけどね。
翌日俺は新年の挨拶の為に清洲に向かった。
明けて三日。
清洲城大広間にて織田家の新年の儀が行われた。
俺はいつもなら右筆として後ろで挨拶をしていたが、今年は違う!
今年の俺は最前列に座っている。
既に一線を退いた平手のじい様に代わって、織田家次席家老の場所に座っているのだ。
俺は今年の自分の座る場所が分からなかったので勝三郎に場所を聞いて座った。
しかし、そこは最前列ではなく三列目の席だったが、平手監物がやって来て俺の席はここだと言われた。
そこが次席家老の席だった。
俺がそこに座ると場がざわついた。
後ろでは好き勝手言ってる奴らが居たが、誰もそこをどけと言わなかった。
筆頭家老の佐久間右衛門尉も一瞬驚いた顔をしたがよろしくと言って座った。
でも複雑なんだよな。
この席は実力で取った席じゃないから喜べないんだ。
誰か突っ掛かってくれたら素直に後ろに下がれるのにな。
俺は後ろを見ると佐々内蔵助と目が合った。
内蔵助は軽く頭を下げると隣の者と話している。
あの内蔵助が俺に頭を下げるとは思わなかった。
これが次席家老の立場なのか?
どうも居心地が悪い。
「もっと堂々としてください。平手派の者達が見ているのですぞ」
後ろで監物が俺に囁いた。
本当ならこの席に座るのあんたでしょ!
「姫様の言葉の後に派閥での挨拶がある。頼むぞ藤吉」
監物の隣に座っていた勝三郎も俺に囁く。
そういう事はもっと早く言えよ!
「お、とうとうここまで来たな」
遅れてやって来てそう言ったのは佐久間大学助。
「私と早く代わってくれないか? 最近胃が痛い」
そしてそれに乗ってくる佐久間右衛門尉。
「精進します」
うん、これくらいしか言えない。
「うむ、なるべく早く頼む。この席はなれん。大学、お前でも構わんぞ?」
「冗談だろう。藤吉、俺達はいつでも席を譲ってやるぞ」
なんて甘い囁きだ。
だが同時に甘美な罠に聞こえる。
「面倒を押し付けられるのは御免ですよ。ちゃんと手伝ってください」
「ははは、お見通しか」
「いやいや、私はそれでも構わんよ。下を抑えるのは疲れるのだ。はぁ」
だいぶお疲れだな信盛殿は。
それに引き換え盛重殿は軽いな。
これが戦い方に出るのかもな?
「織田家陣代、織田市様おなありー」
おっと、市姫の登場だ。
織田家の永禄四年はこうして始まった。
永禄四年 一月某日
木下 藤吉 織田家次席家老になる。
右筆 村井 貞勝 書す
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