第百七十五話 婚儀の相談にて候う
俺に頭を下げる佐治為景。
また厄介事かよ。
顔に出しては行けないのは分かっているが多分出来ていない。
相手は頭を下げているので俺の表情は分からないから大丈夫だろう。
しかし、今年はもう勘弁して欲しい。
それが俺の本音だ。
「どうか頭をお上げください。それでは話も出来ない。さあ」
俺は近づいて手を取る。
「す、すみませぬ」
そう言うと顔を上げる為景。
さて、では話を聞こうか。
「事の起こりは清洲での評定でした」
為景は俺が京に行っている間に市姫から褒美を貰った。
その時に婚儀の話が出たそうだ。
最初は為景はこれを冗談だと思い笑って返して帰ったのだが、その後に正式に織田家から話が来て仰天したそうだ。
そうだよな。
佐治家は織田家とあまり接点が無くて執り成しをしてくれた水野家が潰されて、同じ水軍を率いる者で交友のある友貞を頼って俺に接触したのだ。
そんな佐治家にいきなり婚儀の話を持っていくとはさすがに考えられないだろう。
しかし、その考えられない事を考えてやってしまうのが市姫なのだ。
史実では信秀や信長がそうだった。
市姫はその織田家の血を引いている。
何ら不思議ではない。
そして婚儀の話の相談をしようと俺に連絡をしたのだが、あいにく俺は京に居て留守にしていた。
それに表向き俺は流行り病で臥せっている事になっていたので詳しい話も出来ない。
為景は文で『相談したき事あり』としか書かなかったそうだ。
病に倒れている俺に気を使ったのだ。
しかし返事が来ないので病が重いと思ったそうだ。
その後も文を書こうかどうか悩んだ結果、いたずらに時が過ぎて織田家から婚儀の内容を詰めようと使いの者がやって来て、為景は清洲に向かい婚儀の話を進めた。
ここまでは何も問題はなかったそうだ。
ただ俺に相談出来なかった事が心残りだったと話してくれた。
何だ、為景は俺を頼りにしてくれたのか?
これは悪いことをしたな。
問題発覚はその後だ。
婚儀は為景の嫡男『八郎』君と織田『犬』姫が行うことになった。
八郎君は今年で十歳。
犬姫は十二歳。
お似合いのカップルだ。
これのどこが問題なのか?
「それが、その…… 八郎には思い人が居りまして」
聞けば八郎君以前一度清洲を訪れた事が有るそうだ。
その時にある女の子と出会ってその子に一目惚れ。
今もその子の事が忘れられないそうだ。
為景はそれを聞いて激怒。
八郎君を叱りつけるも八郎君は婚儀を拒否した。
それならばとその女の子を側室にする事で八郎君に納得して貰い、その女の子を探した。
その子の名前は『あさひ』と言う。
え?
「その、あさひと言う娘を探しましたが中々見つからず、途方に暮れておった所に左京進殿がやって来まして私が事情を話しましたら、その娘が木下殿の妹ではないのかと……」
為景が俺を見て言葉を濁した。
今の俺は天を見上げて顔に手を当てている。
「木下殿が妹を大事に思っておる事は左京進殿から聞いております。城主就任の折りに私も呼ばれると思い待っておりましたが…… その、左京進殿から話を聞いておりませんでしょうか?」
「しらん」
ああ、駄目だ。
止めろ俺。
そんな冷たい対応したら駄目だろうが!
「失礼を重々承知の上でお頼み申します。どうかこの通り。朝日殿を我が息子の嫁に。お願い致しまする!」
ああ、止めてくれ。
そんなみっともない姿を見せないでくれ。
「為景殿。頭を上げてくれ」
「どうか、どうか」
「頭を上げろと言っている」
為景の肩がビクッと震えたように見えた。
そろそろと頭を上げた為景の顔は蒼白になっていた。
「貴方が探していた娘が私の妹の朝日とは限らないでしょう。何かの間違いではないのですか?」
そうだよ。
間違いに違いない。
そんな偶然有るものか。
「実はここに来る前に清洲に向かいまして、その時に八郎が朝日殿を見つけまして……」
「どこで?」
「清洲城内の奥で御座います。犬姫様と対面させる為に連れてきたのです。その時に偶然廊下で出会ったのです。朝日殿も覚えておいででした」
ああ、もう、なんでこうなるかなあー!
「すまん。為景殿。少し、場を外したい。少しだけお待ち願えないか?」
「は、構いませぬ」
「すまぬ、申し訳ない」
俺は一旦外に出る。そして……
「誰か、あるか!」
「はい! 御呼びですか」
見れば鈴木一がやって来た。
その姿は主人に呼ばれた犬のようで、尻尾が有ればさぞ元気よく振っているだろう。
「母様を呼んでこい。今すぐだ」
「は、はい!」
一は返事をした後、逃げるようにその場を後にした。
そして俺は部屋に戻った。
「為景殿。私も急な話で気が動転している。私では正常な判断が出来ない。そこで奥向きの話は母に任せているので、母にも話をして貰いたい。なるべく詳しく頼む」
「分かり申した」
為景の顔に少し安堵が見える。
そうだろうな。
俺では話にならないと思っただろう。
だがな、勘違いするなよ。
俺は考える時間が欲しいんだ。
その為に一旦俺は席を外すだけだ。
朝日を側室にやるものかよ!
その後、少しして母様ととも姉がやって来た。
母様ととも姉は畑に居たのか泥だらけの格好だった。
「なんかあったの藤吉」「もう、一ちゃんが血相変えて呼びに来るからさ、何なの?」
「二人とも客人の前だ。もう少しまともな格好で来てくれ」
「ああ、これは失礼しました」「あははは、直ぐ着替えてくるわ」
為景は驚いた後に少し呆れた顔をしていたが、俺が睨むと目を反らした。
はぁ、全く母様達は変わらないな。
その後正装した母様ととも姉に犬千代がやって来た。
「犬千代。どうしてお前まで?」
「お母上様だけだと何か有ったら大変です。私が付いておきますので安心してください」
母様は誰が相手でも態度を変えないから大丈夫だろう。
道三や長姫、市姫相手でも物怖じしないからな。
たかが国人衆の当主相手でも問題ない。
逆に母様達に怒られるといいさ。
「そうか。二人を頼む」
犬千代には暴走するかもしれない二人のストッパーになってもらおう。
俺は母様達に任せると部屋を出ていった。
少し乱暴な歩き方で道三の居る部屋に向かった。
そして部屋の前で止まるとスパーンと音を発てて戸を開ける。
「居るか。じいさん」
「それは開ける前に言うもんじゃ」
それは悪かったな。
なんせ俺はそれをやられる側だったから一度はやってみたかったんだ。
こんなむしゃくしゃした気持ちの時にやりたくなかったけどな。
俺は一連の話を道三に聞かせた。
誰かに聞いて欲しかったのだ。
それにこの時代の人間の意見を聞きたかった。
まぁ予想出来るけどな。
道三の答えは俺の予想通りの物だった。
「ふむ、悪くない話ではないか」
やっぱりそうなるよな。
俺だってそう思うよ。
でもな、感情がそれを許さない。
「お主は反対か?」
「反対も何も、考えたくない」
「ふふふ、お主は一家の主ぞ。それでは家族を守れんぞ。それに遅かれ早かれ妹は嫁に行くのだ。お主はこれを良縁とは思わぬのか?」
「良縁、ね」
佐治家との繋がりは俺の立場を強める為にも必要だ。
為景の話なら八郎君は朝日に惚れているので大事にしてくれるだろう。
でも、駄目だ。
朝日を側室になんて、それは駄目だ。
小六達を嫁にする俺にそんな事を言う資格なんて無いのは分かっている。
でも、小六達は納得して嫁に来てくれるのだ。
それに何だかんだで皆仲が良いんだ。
でも朝日と犬姫は違うかもしれない。
もし朝日が嫁に行って犬姫に苛められたりしたら俺は佐治家に怒鳴り込むぞ。
モンスターブラザーズになる自信がある。
それが元で佐治家を滅ぼしかねん。
そして織田家に弓を引きかねん。
婚儀の話を進めているのが誰か知らないが、こんな事になっているとは知らないだろう。
これは俺も一度清洲に向かわないと行けないな。
それに八郎君、八郎にも会わないと行けない。
どんな男の子かこの目で確かめねば!
はぁ、こんな事なら朝日を清洲にやらなければよかった。
それにどうせ嫁に出すなら織田家が良かった。
奇妙丸様は歳が離れているから無理だろうけど、秀孝様か信包様辺りならまだ我慢出来る。
……かもしれない。
いやいや分不相応だな。
俺の家系は武士じゃないんだ。
それが国人衆の当主の息子の嫁にと望まれているのだ。
これ以上の良縁があるはずがない。
ああ、でも八郎が俺の家系を知って取り止めになってくれたら良いよな。
うん、そうだよ。
きっとそうなる。
破談だよ、破談。
その後、為景殿には一旦帰って貰った。
そして母様から呼び出された。
「藤吉。朝日の気持ちを一番に考えてな。お前の考えも有るだろうけど頼むよ」
「あたしは近くに居たのが弥助だから選べなかったけど朝日にはそうなって欲しくないからさ。頼むよ藤吉」
「藤吉様。私からもお願いします。朝日の気持ちを確かめてください」
俺は三人の頼みを聞いて清洲に向かった。
そして朝日に会った。
話を聞いた朝日はう~ん、う~んと考えている。
頼む朝日。
断ってくれ!
お前が断れば丸く治まるんだ。
俺の気持ちを分かってくれ!
「うん、良いよ」
朝日は俺の願いも虚しく受けてしまった。
俺が肩を落として廊下を歩いていると犬姫に出会った。
「ああ、藤吉殿。お久しぶりです」
「あ、これは犬姫様。お久しぶりに御座います」
「どうしたのですか。顔色が悪いですよ」
「いえ、何でもありません」
何でもあるけど本人には言えない。
朝日を苛めないでくれなんて言えない。
「藤吉殿。少しお時間を貰えませんか。話したい事が有るのです」
いやだー!
ききたくないよー!
でも断れなかった。
俺は犬姫様の部屋に通された。
そこで犬姫様は俺に言った。
「お願いです、藤吉殿。私を助けてください」
「何からお助けすれば良いのですか?」
もう自棄だ。
犬姫様を味方に付けて話そのものを無くしてやる!
「私、好きな方がいるのです。私はその方と添い遂げたいのです!」
「おお、それは素晴らしい。して、その方とは?」
うひょー! 願ってもない話だ。
よし、これで破談に持って行ける!
「その、はっきりと名を聞いていないのですけど……」
犬姫様はもじもじしている。
ああ、焦れったい。
早く言ってくれ!
「確か、その、こいち、と聞きました」
「は?」
爆弾発言二連発!
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