第百七十三話 木下屋敷襲撃事件の真相
遅くなりました。
武田家が俺をスカウトしてきた。
冗談じゃない!
俺が武田家に行けば俺だけじゃない。
家族まで危険に晒してしまう。
武田家は晴信が支配しているんじゃない。
信虎が支配してるんだ!
少し考えれば分かる事だ。
俺の留守に屋敷に火を点けようとしたのは脅しだ。
被害は無かったが明らかに俺を脅している。
信虎ははっきりと俺を危険視しているのだ。
そして晴信はそんな父信虎を抑えることが出来ない。
そうでなければ勝姫を織田家に、俺に預ける訳がない。
その文は偽物だ。
文を寄越したのは晴信ではない。
信虎が寄越したとみて間違いない!
「違うか半兵衛!」
「その可能性は高いと思います。昌景様にわざと姿を晒したとも考えられます。何れにせよ。武田家の動向に注意しなければなりません」
はぁ、大きな声を出して少しすっきりした。
やはりストレスを溜め込むのはいかんな?
良い解消法を探さないと。
「藤吉。まだ話終えてない事がある」
「ふぅ、何だ?」
深呼吸して落ち着かないと。
「嘉隆をお主の身代わりに屋敷に置いておいた件じゃ」
「身代わり?」
「あの後、恐らく武田の手の者が暗殺しに来たのだ」
「誰を?」
「お主をだ」
ははは、もうだめだ。
笑うしかない。
「ははは、ふははは、は、は、は……」
そうかい分かった。
「それにな。お主の家族を連れ去ろうともしておった。これは小六達が対処した。大事に成らず処理するのに苦労したわい」
「詳しく話せ、小六?」
ははは、俺の家族を拐うだと?
良いぞ。
絶対に殺してやるぞ信虎!
小六の話では、道三の提案で俺が屋敷に居るように工作したそうだ。
俺の身代わりに嘉隆が、母様達の身代わりを小六と犬千代が引き受けたそうだ。
午前中は普通に母様達は屋敷で暮らして夜になると蜂須賀屋敷に匿われた。
母様は事情を聞いて小六達に協力。
昼間は昌景さんがガードして夜は蜂須賀屋敷で長康がガードしていた。
そして夜には武田の忍と思われる者達の襲撃を受けた。
それを小六と犬千代は見事に撃退。
周りを囲んでいた蜂須賀党の活躍もあって被害は無かった。
尚この時嘉隆はグースカ寝ていたそうだ。
この襲撃は何度か行われて嘉隆より小六達が狙われる回数が多かった。
この襲撃は俺ではなく母様達を狙った物じゃないのか?
道三は俺を狙った暗殺だと言っていたが実際は母様達を捕らえるのが目的か!
信虎は母様を人質に俺を囲うか殺すかする考えだったのだろう。
まるで『三國志演義』の『徐庶』のようになるところだった。
あれは創作だが、徐庶の母親は曹操に保護(軟禁)されて曹操は徐庶に手紙を送った。
『母親の命が惜しければ我に仕えよ』
こんな感じの文を書いて徐庶を脅したのだ。
親孝行な徐庶は劉備の下を去って曹操の下に行くが、母親はそれを知って徐庶を叱りつけ自分の命を絶ってしまった。
その後徐庶は悲嘆にくれると言う話だ。
しかし俺は道三や小六達のお蔭で徐庶にならずに済んだ。
俺はその話を聞いて小六と犬千代を抱き寄せた。
「ありがとう、ありがとう」
「い、良いんだよ。お義母様を守るのは妻の務めだよ」
「私も少しはお役に立てたでしょうか?」
「ああ、小六と犬千代は俺の恩人だ。本当にありがとう」
二人には感謝してもしたりない。
それに道三や昌景さんもだ。
俺は本当に周りの人に助けられているのだと実感した。
となると許せないのが信虎だ!
さて、どうしてくれようか?
「落ち着いたかの?」
「あ、ああ。大丈夫だ。落ち着いた」
まだ何か有るのか?
「では、改めて聞こう。お主はどうする。どうしたい?」
そんなの決まっている!
決まっているがまだその時ではない。
「まだ力を蓄える時期だ。まだ動けないし動いたらいけない」
「うむ、そうじゃな」
はぁ、こんな時も冷静な道三が羨ましい。
俺も少しは動揺を隠せるようにならないと。
「では、さしあたっては周囲の状況を詳しく知りたいわ。小六さん?」
「ふふん、良いだろう。教えてやろう」
長姫の問いに素直に答える小六。
さっき俺が抱き付いたからか機嫌が良い。
小六の説明によると……
尾張は織田家の支配が根付いているようだ。
大した騒動も起きていない。
美濃南西部は稲葉氏家ら国人衆が纏めている。
それと墨俣は直轄地になっている。
う~ん、今度墨俣をねだってみるか?
あそこは対武田最前線になる予定の地だ。
出来れば俺か俺の派閥の者を置きたい。
それと北伊勢は佐久間派の国人衆が多く入っている。
こいつらは粛清対象者達だ。
難癖を付けて粛清する予定なのだが……
「お粗末なんだよねぇ。あいつら」
佐久間派の国人衆はどうやら民に厳しい統治を行っているようで評判が良くない。
それに服属した北伊勢の国人衆とも揉めている。
難癖を付ける必要もないようだ。
だが、気を付けないと行けない。
万一北伊勢で一揆が起きたら長島まで影響が有るかもしれない。
まだ長島の防備は完全ではない。
北伊勢方面の防備を固めるのが先決かも知れない。
それから南伊勢の北畠家が関家に居候している神戸家に接触しているそうだ。
火種は順調に育っている。
そして長野家はこれを知って左近に知らせている。
やはり伊勢は左近がメインに成りそうだな?
それから三河松平だが…… まだ一向宗が燃えている。
松平家はこの秋の収穫は絶望的で資金繰りにも困っているようだ。
それと一向宗だが、どうやら裏で今川家が援助しているようで士気が高い。
まだまだ三河が静かになることはないようだ。
駿河遠江の今川家はまだ動いていない。
今年は東日本がまた凶作だったようで、動くに動けない状態だ。
今川が動くのは来年以降だな?
そして肝心の武田家だ。
甲斐南信濃の収穫が思わしくなかった武田家は上野に侵攻。
いつものように乱取りをしている。
そして美濃ではかなり酷い取り立てをして民を苦しめている。
「美濃では人売りが出ているよ。酷いもんさ」
小六が苦痛な顔をしていた。
そしてそれは道三も同じだ。
武田の美濃支配は恐怖支配だ。
何かのきっかけできっと暴発する。
いや、暴発させるのが狙いかもしれない。
俺が晴信なら美濃国人衆に反乱を起こさせて鎮圧。
美濃国人衆の土地を取り上げて甲斐南信濃の国人衆に与える。
これで甲斐南信濃の武田家の直轄地を広げて中央集権体制を進められる。
それに甲斐南信濃の国人衆が統治に失敗したらさらに土地を取り上げるのだ。
その後で善政を敷けば……
そうだな、五年くらい時間を掛ければ武田家の支配は強固になるだろうな?
晴信はこれを狙っているのか?
そして信虎はどう動くのか?
俺が長島に入ったのは知っているだろう。
これから信虎の襲撃をどう撃退するかだが……
「それについてだがな。勝姫」
「は、はい。わ、私がここに居れば祖父も手出ししないと思います。ねえ、昌景?」
「私が藤吉殿の家族をお守りします!」
昌景さんが自信に満ちた顔で胸を叩く。
「信虎の事、話したのか?」
「無論じゃ。隠しだてする必要はあるまい。それに勝姫を通じて武田に内通者を作ることも出来よう」
いや、それはさすがにどうかな?
家を裏切るような行為がこの二人に出来るのか?
「私は祖父を知らずに育ちました。祖父の評判は酷いものです。もし祖父が裏にいて私に関係していたら…… ですから協力させてください。それに勘助殿と連絡が取れればなんとかなると思います!」
勝姫が両の拳を握り締めて力説する。
そうか、山本勘助は勝姫の師匠だったな?
「信用出来のか、昌景さん?」
「勘助殿なら大丈夫だ。それに兄上も頼りになる」
ああ、あのシスコン赤鬼。
「外堀を埋めていくが近道だと思います。時間は掛かりますが急いては事を仕損じます。急がば回れです」
ふ、半兵衛も良いこと言う。
そうだな。
俺はようやく長島という根拠地を得たばかりだ。
焦らずじっくりと腰を据えて事に当たろう。
そして、必ず信虎を倒す!
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