第百七十一話 長島城主になりて候う
遅くなりました。
「長島城主 木下 藤吉様おなありー」
増田仁右衛門の声が長島城大広間に響く。
そして俺は俺の家臣達が頭を下げた状態を見ながら、俺が座る上座に向けて一歩一歩踏みしめて歩く。
ああ、俺も遂にここまで来たんだ!
俺が喜びを噛み締めながら歩いていると、上座近くで頭を下げていない二人に気づく。
道三と利久だ。
俺が二人を睨むと二人は笑みを浮かべる。
何か言おうと思ったが上座に着いて座るまでは何も言えない事を思い出した。
これは俺が長島城主としての初めての公式の場だ。
上座に座って『皆 面を上げよ』と言うまでは何も言うなと道三から言われていた。
なのに道三は頭を下げていない。
道三が頭を下げていないからなのか利久も下げない。
こ、こいつら~。
しかし俺が上座中央に向かうと二人とも頭を下げた。
あ、あれ? なんで?
二人が頭を下げたことで俺の頭の中に?マークが浮かぶ。
二人は俺の左右に座っている。
道三は右側の親族側で俺の隣、利久は左側で俺と道三よりも一段下がった場所に座っている。
俺が座る上座中央は畳が敷かれていて家臣達は板張りの上だ。
俺は真新しい畳の上に足を踏み入れ上座中央に向かう。
上座中央には円座(イグサや藁を円形・渦巻状に編み上げた物)が置かれていて、俺はそこに座る。
正直あまり座り心地は良くない。
座った時に綿入りの座布団を作ろうと思った。
「皆 面を上げよ」
くぅ~、これを言ってみたかった!
俺が皆に言葉を掛けると前に座る者から順々に頭を上げていく。
俺から向かって左に小一と弥助さん、その後ろに元熱田衆の面々。
中央には小六と少し下がって長康と蜂須賀党の幹部達。
右は友貞と嘉隆、その後ろに服部党と九鬼水軍の者達。
半兵衛は俺の後ろで太刀持ちをしている。
新参の鈴木佐大夫と一は小六達蜂須賀党の後ろだ。
前に座らせたかったけど道三の許可が降りなかった。
手柄を立てれば前に座らせるそうだ。
そうだよな。
佐大夫達はまだ何ら目に見える働きをしていない。
他の家臣達の前で特別扱いは出来ない。
まぁ直ぐに手柄を立てるだろうけどな?
俺は皆の顔を見て誇らしい気持ちになった。
これが俺の家臣達だ。
「長島城主就任おめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
中央の小六がやや前に来て祝いの言葉を述べると皆が一斉に続く。
お、おう。迫力有るね。
「皆の助けが有って俺は今の地位を得た。皆の働きに感謝する」
俺はそう言って頭を下げる。
するとざわざわと声が聞こえるが道三の咳払いで沈黙が訪れる。
俺が頭を上げて道三を見れば頭巾越しだが目が困ったような嬉しいようなそんな目をしていた。
「これからも俺と一緒に上を目指し励んで欲しい。頼むぞ皆の衆!」
「「「ははー」」」
うん、良い返事だ。
その後は勝姫達が入ってきて俺に祝いの言葉を送ってくれた。
勝姫は表向き男だから当然男装姿だ。
それにポニーテールをゆらゆらさせた昌景さんとごつい顔をした山縣親衛隊。
武田家御一行が挨拶する予定はなかったが道三が組み込んだんだろう。
皆の驚く顔が可笑しかった。
他にも堀田道空に加藤順盛、山口教吉。
それに稲葉良通の子重通に氏家直元の子直昌。
前田家から安勝が来て祝いの言葉を貰った。
そう今日は俺の長島城主就任を祝う日でもあるのだ。
長島に着いて三日後に行われたこの祝いの席。
その間に俺は道三を問い詰めようとしたが、道三はこの祝い事の一切を自分が仕切ると張り切っていたので話せなかった。
その代わりに俺がこの席でへまをしないようにとみっちりと作法を仕込まれた。
作法を仕込まれたのは俺だけではない。
小一や弥助さんも一緒だ。
「こんなに覚えるのかよ?」
弥助さんの愚痴は俺も一緒だ。
しかし覚えた作法はほとんど必要のないものだ。
だが、今の内に覚えておけと道三に仕込まれたのだ。
挨拶が終わればそのまま宴席だ。
上座には俺の家族が着飾って座り下座は家臣達が座る。
左側は家臣達が右側に招いた客達が座っている。
しかし利久の乾杯の音頭をとった後はもうバラバラだ。
ちなみに家族席には小六と犬千代に寧々、長姫が一緒だ。
犬千代は祝いの席には前田家と一緒で宴席になってここに参加だ。
そして道三が居て何故か勝姫と昌景さんも一緒だ。
道三は母様と話し、勝姫はとも姉と話をしているし、昌景さんは朝日と寧々に話しかけている。
そして皆笑っている。
あれ? なんで皆仲良しなんだ?
俺が杯を取ると長姫が正面でお酌してくれた。
美人のお酌は酒の肴にぴったりだ。
小六は俺の左側に体を寄せてしなをつくっている。
今日の小六は袿姿で女性らしい格好だ。
いつもは山賊ルックだからこんな姿を見せられるとギャップを感じる。
犬千代は俺の右に居て小六と長姫を目で牽制している。
そして箸で掴んだ料理を俺の口元に持ってくる。
所謂『あーん』って奴だ!
うう、こんなに幸せで良いのだろうか?
思えば色々な事が有ったがそれもこの一時の為と思えばよくぞ耐えたと自分を褒めたい。
そして夜が更ける。
皆酒が回ったのか寝ている。
中には大きないびきをかいて寝ている奴も居る。
その寝ている連中に母様ととも姉が衣を掛けている。
そしてうつらうつらとしていた寧々が気付いて慌てて手伝いに行く。
朝日と勝姫に昌景さんは仲良く一緒に寝ている。
小六と長姫に犬千代は互いに牽制しあって酒を注ぎすぎたのかまだかろうじて起きてはいるもののろれつが回っていない。
何を言っているのか分からないが三人の会話は成立しているようだ。
長姫が勝ち誇った顔をして、小六と犬千代が肩を落としている。
そして俺は道三と利久の三人で飲んでいた。
「ははは、見ろ。こんな旨い酒が有るのに皆寝ているぞ」
「うむ、なんと勿体ない。しかしこれは旨いな」
「堺から取り寄せた酒だ。清酒と言うそうだ。ここで造らせようと思う」
「お、これが毎日飲めるのか?」
利久がお銚子を持って自分の杯に注ぐ。
「毎日飲ませるか!祝いの席でしか飲ませんからな。それか自分で買え!」
「ほうほう。これを作れば確かに売れそうだの?しかし造れるのか、本当に?」
道三が杯を持って俺を見る。
「問題ない。向こうで造っていた連中が酒を造れなくなったから俺が雇う事にした。宗易が既に動いている」
「ふふふ、堺に行ってさらに人を得たの。それに雑賀衆を引き入れるとはお主は本当に凄いのう」
酔ったのかこのじいさん。
「褒めても何も出さないから。それに聞きたい事がたくさん有る」
「まあまあ、それは明日にしようぞ。今はゆっくりとこの酒の味を楽しもうではないか、な?」
「そうだ、そうだ。今日はめでたい日だ。ごちゃごちゃ言うな!」
はぁ、まったくこの酔っぱらいどもが。
「ふふ、しかし酒がこんなに旨いと感じる日が来るとは思わんかった。これもお主のお蔭かの?」
「お、どうした蝮の旦那。自分の毒が自分に回ったのか? がははは」
「笑えない冗談だぞ利久」
「よいよい。今日は無礼講じゃ。それにわしは死んだ身よ。そのわしがこうして皆の前に出て酒が飲める。これほど嬉しい事はないの」
「俺は美濃の連中にバレないか心配だったけどな?」
今日の席で道三の事をツッコまれたらどうしようと思ったよ。
「それは杞憂よ。稲葉も氏家も既に知っておる」
「はあ?」
「知っておるから息子達を代理に寄越したのだ。すまんの。勝手した」
こ、この、このじいさん。
「どこまで勝手するんだ!」
我ながら凄い大きな声が出た。
俺の声で皆ビクっとしたが起き上がる者は居なかった。
その代わり母様がつかつかとやって来て俺の耳を吊り上げる。
「こんのバカ息子が。そんなデカイ声出したら皆起きてしまうだろうが」
「痛い、痛い。ごめん、ごめんなさい」
俺の耳元で母様は怒鳴ったが結構大きな声だったと思うよ。
そして母様は満足したのか俺の耳を離して長姫達の輪に加わる。
とも姉と寧々も一緒だ。
女は女同士で話し合うと良いよ。
ふぅ、痛かった。
「お主の居らんうちに色々とけじめを付けた。いつまでもお主の負担にはなれんからの」
このじいさんは。
「そう言うのなんて言うか分かるかじいさん」
「ふむ、なんと言う?」
「ありがた迷惑って言うんだよ。俺がじいさんを匿ったんだ。なら面倒だろうが重荷だろうが俺が最後まで見るのは当たり前なんだ」
「当たり前かの?」
「当たり前だ。それに、それに…… じいさんは家族、だからな」
「ほ、わしはお主の家族なのか?」
そんなに嬉しそうな顔すんな!
「冷たいぞ藤吉。俺は家族じゃないのか?」
だあー抱きつくな利久。
酒臭いんだよ!
「家族なんだからこれからはちゃんと話せよ」
「ふむ。そうじゃな。そうするわい」
「ああ、そうしてくれ」
俺は道三の杯に酒を注ぐ。
それを道三が飲み干して俺に返杯する。
俺は黙ってそれを飲み干した。
そして俺達二人の姿を俺の家族が何も言わずに見ていた。
市姫「ねえ、私は? 私は家族じゃないの?」
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