第百七十話 長島に向かいて候う
遅くなりました。
まったく、なぜ俺が平手派のトップに立たねばならないのだろうか?
平手のじい様の思惑は分かるが、俺は俺で予定していた流れと言う物がある。
こんな誰かの用意した神輿に乗るのは俺はもう嫌なんだ。
稲葉殿も知っているようなので、後で確認しておこう。
翌朝早くに俺は武田屋敷に顔を出していた。
今日は夜までに長島に向かう予定だ。
その前に勝姫に挨拶をしておこうと思った。
今度は本当に相手をする余裕も時間もない。
市姫様には長島に連れて行けと言われたが、そんな事をすれば道三らと会ってしまう可能性がある。
勝姫は道三を知っていても会った事はない。
しかし配下の山縣家臣団の中に知っている者が居るかもしれない。
それに信虎の手の者が見張っている可能性もある。
でも彼女達を放っておく事も出来ない。
接触は必要最低限に止めておこう。
そう思ったのだが……
「長島は川に囲まれた場所と聞きました。どんなところなのでしょうね?」
「海も近いと聞きました勝姫様。それに船に乗って移動するそうですよ」
「まぁ、それは楽しみです。船に乗るは初めてです。藤吉殿、津島で見たあの船に乗れるのですか?」
「似たような物で移動します。でも海に出る船は今回は乗りませんよ」
「そうなのですか。それは残念です」
しょんぼりする勝姫。
「大丈夫ですよ勝姫様。尾張に居れば乗る機会はいくらでもありますよ」
「そうですね。その時を楽しみにしておきましょうか」
昌景さんのフォローに笑顔になる勝姫。
それを笑顔で見ている山縣家臣団と俺。
は、二人の笑顔に癒されてどうする?
俺が武田屋敷に向かうと勝姫と昌景さんは出立の準備を整えて待っていた。
そこで昌景さんから母様が長島に行く事を聞いたので付いていく事にしたと言われた。
それに母様の了解は取っていると言われては断れなかったのだ。
く、いつの間に母様に取り入ったのだ昌景さんは!
昌景さんには俺が留守にしている間、家族が色々と世話になっていたようでそんなに邪険には出来ない。
それに楽しそうに話している勝姫と昌景さんを見ていると心が洗われるようだ。
この二人邪気が無さすぎる。
それとも俺が汚れているのか?
堺や京での権力闘争を見せられて嫌気がさしていたところに、市姫の懐妊に平手派のトップに祭り上げられた。
本当なら子供が出来て嬉しい。
織田家の筆頭家老に成れて嬉しいとなってもおかしくないのに、俺は全然嬉しくないのだ。
何か俺が知らないところで俺を枠に嵌めようしている。
それが堪らなく嫌なのだ。
市姫様の懐妊はしょうがない。
あれは俺が迂闊だったのだ。
これは責任を取る必要がある。
だが、だからといって俺が平手派を率いるのは違うような気がする。
俺の夢は一国一城の主から国主になる事に変わった。
その目的達成は俺が市姫様と婚姻する事でほぼ達成できるだろう。
でもそうなると織田家は二つに割れる。
俺と市姫様の派閥と奇妙丸様を担ぎ上げようとする者達で争うことになるだろう。
それは正直避けたい。
織田家で内乱が有れば喜ぶのは信虎だ。
嬉々として内乱に介入するだろう。
そうなると武田に、信虎に尾張を蹂躙されるだけだ。
そんな未来を起こしては行けない!
それに市姫様は春にはそんな不穏分子を一掃すると言っているが上手く行くだろうか?
俺はそこが心配だ。
ああ、このまま長島に籠っていようかと思ってしまうほど憂鬱だ。
「昌景、見てみろ!あれがそうではないのか?」
「あ、そうかもしれませんね。藤吉殿、あれがそうなのか?」
はぁ、なんかもう何もかも投げ出したい。
「藤吉殿?」「どうしたのだ藤吉殿?」
いやいやそれは駄目だ。
俺には守るべき家族が居るのだ。
しっかりしなければならない。
うん、そうだ。
俺はやるぞ!
織田家でのし上がりその後は……
「藤吉殿ー!」
「うわ!」
「やっと気づいたのか? 何を考えていたのか知らないが考えながら馬に乗るのは危ないぞ」
昌景さんが俺の顔を覗き込む。
いや、昌景さんの方が危ないよ。
馬の背に立つのは危ないだろうが?
その後俺達は長島に着くと小一に迎えられて船で長島城に向かった。
途中で船上で長島の特異な地形を見ながらああでもないこうでもないと言っている勝姫達。
「勝姫様。姫様ならどのように攻めますか?」
「そうですね。船を揃えないと何も出来そうに有りませんね?」
「そうですね。それに陸に上がる時が一番危ないでしょうね。盾を揃えて上がるのは大変でしょう」
「船から弓矢で援護しても難しいでしょう。水軍が必要ですね。私たち武田には水軍が居ませんからここを落とすのは容易ではないですね」
「同感です。ここでは戦いたくはありません」
さっきまで船ではしゃいでいた二人は真面目に長島を落とすことを話し合っていた。
ああ、やっぱりこの二人も根っからの武士なんだな?
観光よりも戦うことを考えてるんだもんな。
なにか残念な気分だ。
そして長島の中心地長島城にやって来た。
長島城は旧願成寺跡地に立てられた城だ。
城と言っても大きめの屋敷が有るだけで矢倉等の防衛施設はまだまだ建設途中だ。
だがここはあちこちで建物の建設を行う音と人の行き交いで活気に満ちていた。
そんな人達を見ながら俺達は長島屋敷前に来た。
屋敷の前では何故か道三が待ち構えたいた。
いやいやなんで道三がここに居るのよ?
俺は馬から降りて道三の下に小走りで向かう。
「なんでここに居る。先に勝姫が来るって伝えただろう?」
道三の耳元に小声で話す。
俺はここに来る前に道三の下に使いを寄越していた。
勝姫達と鉢合わせさせないようにする為だ。
なのになんで居るんだよ?
「心配いらん。勝達はわしのことは知っている。おお、疲れたじゃろう。ささ、中に入るがいい」
道三は相好を崩すと俺を押し退けて勝姫達を屋敷に案内する。
俺が呆気に取られていると小一が近寄って来た。
「兄者が居ない時に色々有ったんだよ。色々と」
小一が苦笑して俺に説明した。
清洲の木下屋敷が囲まれた話を聞き付けた小一が慌てて屋敷に向かうと、母様と話している昌景さんと遭遇。
昌景さんは小一を捕まえて尋問、事情を聞き出すと小一達に協力すると言って自ら母様達の護衛を買って出た。
それを聞いた道三は小一に昌景さんの事を聞き出し昌景さんが信用出来ると判断すると自ら武田屋敷に向かうと言い出し、止める小一達を押し退けて勝姫達と接触。
そして勝姫と友好的な取り決めをしたそうだ。
「おい、何の取り決めだ?」
「さ、さぁ。おいらは何も聞いてないよ?」
小一は目を反らせて答えた。
な、なんだ?
何の取引をしたんだ。
また勝手に動きやがってあのじいさんは!
俺は不安を抱きながら屋敷に入っていった。
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