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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第八章 家老になりて候う
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第百六十八話 子供が出来て候う

 子供が出来た。


 その日俺は市とは手を握るだけで何も出来ずに寝るだけ、彼女は手を握るだけで満足して寝息を立てていたが俺はほぼ一睡も出来なかった。


 子供が出来るなんて想像の範囲外だ!


 翌日朝日が上がる頃に目を覚ました。

 市はまだ寝ている。

 そっと彼女のお腹を触るがまだ膨らんでいないのかよく分からない。

 そもそも本当に出来たのか?


 市としたのは四ヶ月も前の事だ。


 妊娠がはっきりと分かるには十分な時間だ。

 なんだろう。

 喜んで良いのかな?

 でも俺は市を娶る準備が出来ていない。


 心はもちろん、それ以外の準備もだ!


 困った。

 でもどうするかなんて決まっている。

 相談するしかない!



 俺は朝早くから信光様と勝三郎に面会を求めた。

 二人は直ぐに俺と面会の約束をしてくれた。

 まるで俺が面会してくるのを待っていたかのように?


 いや、実際待っていたのだろう。


 市からは既に話を聞かされていた筈だ。

 となると平手のじい様が居なかったのは……


「ああ、平手は寝込んでいるんだ。理由は分かるな?」


 信光様から聞かされた。

 やっぱりかー!


「まぁ、平手様は市姫様を自分の娘のように思っていたからな?」


「孫娘の間違いじゃないのか?」


「その孫娘を素性定からぬ者に孕まされてはな?」


 ぐ、勝三郎め。痛いところを突いてくれる。


「ははは、私としては市がその気になったのが嬉しいがな」


 信光様は笑顔を崩さない。

 本当にこの人は『お人好し』なのだな。

 信光様の立場なら俺を殺しても飽きたらない筈だ。

 いや、それは現代的な感覚かな?

 それに現代ならこれは授かり婚だ。

 逆に目出度いのかもしれない。


 でもそれは身分が釣り合っていればの話だ。


「あ、あの。私はどうしたら?」


「そうだな。責任を取って切腹とするか?」


「ええそうですね。身分差を弁えず、主君に手を出した愚か者。切腹が妥当ですな?」


 ぞぞぞ、背中に悪寒が走る。

 やはりそうなるのか!


「は、あ、あの、いえ。そう、なりますか」


 駄目だ。直ぐに逃げ出せば良かった。

 市の笑顔を見て油断していた。

 昨日は信光様の特別な計らいだったのだ。

 俺を市に会わせずに殺すのを不憫に思い、昨日は温情を持って接したのだ。


 市が思い残すことのないように!


 俺は多分真っ青な顔をしていると思う。

 握り拳は震えて、嫌な汗が止まらない。

 唇は渇いて息を満足に吸い込むことも出来ない。


 殺される。


 ごめんなおっ母。

 俺は飛んでもないことをしてしまった。

 死んで詫びるしか方法がないみたいだ。

 せめて家族には害がないように頼むしかないな。

 と、俺が思っていると?


「叔父上! 勝三郎! 藤吉を脅すとはどういう了見です」


 いつの間にか市が部屋に来て二人を叱っている。


「いや、市よ。落ち着け。私はそんなつもりでは」


「姫様。私が藤吉にそんな事をさせる筈ないではないですか?私と藤吉は竹馬の友ですぞ!」


 きったねーぞ勝三郎。


「む、勝三郎、お主裏切るか!」


「何を言われますか。私の主は姫様ですよ。姫様が許すと言えば私も許すしかありますまい」


 か、勝三郎君。君ってそんな人だったの?


「く、くくく、くはは、ははは」


 へ、あれ?

 信光様何がそんなに可笑しいのですか?


「ぷ、ぷはっ、ははは」


 今度は勝三郎まで?


「全く、冗談が過ぎます。見なさない藤吉を。二人を信じて相談したのにそんな仕打ちをするなんて」


 仕打ち? は、演技か!


「ははは。すまん、すまん。だが、平手の事を思ってな。これぐらいはせんとな?」


 信光様笑えません。


「くくく、藤吉。これからはもっと慎重に行動しろ。頼むぞ本当に」


 確かに勝三郎の言うとおりだ。

 俺はうかつ過ぎた。


「藤吉。大丈夫だからな。お前を死なせるなんて絶対にしないからな!」


 心強い言葉有難いです市、いや市姫様。


 それから俺は信光様と勝三郎にこんこんと説教された。

 それを市姫様がたまに止めたりして和やかな雰囲気であった。

 しかし婚姻の話になると空気が重くなった。


「本来なら市の婚儀は早くとも五年後。奇妙丸が元服した後が望ましい。しかし、それでは市も良い歳で有るからな。それでは可哀想だと思っておった。だが、ここに至ってそなた達の婚儀を認めぬ訳にも行かぬ。だが!」


 信光様は俺達を祝福してくれるらしい。

 条件が有るようだが?


「藤吉の出自が問題だな。藤吉は農の出だ。それでは家中の者が納得せん。今もって蜂須賀、前田との婚儀に難癖をつける者達いるからな?まして姫様との婚儀に成れば…… 分かるな?」


 またしても出自が立ちはだかるのか!

 それに難癖を付ける連中なんて知らないぞ?


「藤吉の功を妬む者は多い。先だっての伊勢攻めに佐久間派を連れて行ったが、大して役に立たなかった。あんな者達など私に、いや奇妙には必要ない! そうでしょう叔父上」


 佐久間派のやっかみは知っていたが、あいつら伊勢攻めで何をやっていたんだ。

 後で貞勝殿に確かめてみるか?


「佐久間派は右衛門尉と大学助の二派に別れておる。右衛門尉には旧林派。大学助には佐々などだな。旧林派は藤吉を目の敵にしておるから危険だぞ。藤吉」


 ここに来て林派の連中が騒いでるのか?

 うん、危険とはどういうことだ?


「藤吉。お主が留守の間に屋敷を取り囲む奴らが現れたのだ。幸い何も起きなかったと聞いたのだが本当は違ったのだ」


 何! そんな話は聞いてないぞ勝三郎?


「山縣殿と偶然通り掛かってな。その現場に居合わせたのだ。我らが現れると奴らは直ぐに散っていったのだ。その後門番が傷付いていてな。火を掛けられるところだったのだ」


 俺は無言で立ち上がった。


「待て藤吉。落ち着け。話には続きがある」


 俺はドカッと腰を下ろした。

 だが頭の中は旧林派の連中をどうやって排除しようかと考えていた。


「幸い屋敷には誰も居なかった。あいつらはそれを知って火を点けようとしたのだろう。要は嫌がらせだ。急激に出世したお前に対する嫌がらせなんだ」


「そいつらの処罰は」


 俺の声とは思えない程の冷たい声だ。

 既に俺の中では旧林派は敵だ。

 容赦するつもりはない。


「右衛門尉殿や大学助殿には伝えている。右衛門尉殿はその後自ら見舞ってもいる。だが犯人には注意のみだ。それ以上は出来なかったそうだ」


「それだけなのか?」


「短慮を起こすなよ藤吉。お主の気持ちも分かるが短慮はいかんぞ。事は慎重に起こすものだ」


 信光様の言葉で少し救われた。

 声から優しさと心配している事が分かるからだ。


「旧林派は排除する。これは決定事項だ。奴らは怪しい動きをしているからな」


 市姫様が断言する。

 しかし怪しい動きとはなんだ?


「だから藤吉。お前は目立った行動をするなよ。と言っても既に目立っているからな。あ、それから山縣殿には十分に礼をしておく事だ。山縣殿はお前の家族を心配して毎日通っていたのだからな?」


 そうなのか?

 それは面倒をかけてしまった。

 武田屋敷に行ったら礼を言わないとな?

 金平糖でも持っていくか?

 喜んで貰えるだろう。


 それに嘉隆に俺の影武者みたいなことをやらせていた事の真意を道三に確かめないとな?


「それでそれはいつ頃の予定ですか?」


「春だ。その頃にはあ奴らの伊勢の領地で騒ぎが起きる。その時に処罰する」


 旧林派は伊勢に領地を貰ったのか?

 それも聞いてないぞ。

 それに騒ぎを起こすってどういうことだ?


「騒ぎを起こす?」


「私の配下にそう言う仕事が出来る奴が居るからな」


 勝三郎が自慢気な顔をする。

 左近か!


「だから藤吉。短慮を起こさずにな。しばらくは長島で大人しくしておれ。正月には顔を出すようにな。それと平手に会ってこい。話があるそうだ」


 長島に引きこもれとそれに平手のじい様に会うのか?

 説教を聞くのは勘弁だな。


「勝姫の対応はどうしましょう?」


「それは藤吉に任せる。勝は長島に興味が有るそうだから連れて行けばいいだろう。あ、長に後で顔を出せと言っておいてくれ」


 市姫様、勝と呼び捨てなのか?

 しかし困った。

 武田家一行を長島にご招待なんて問題大有りだ!


 正月は長島で年を越す事になりそうだな?


 そして旧林派は任せて大丈夫なのか?


 不安しかないぞ。


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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