第百六十七話 尾張に戻りて候う
第八章スタートです!
「私は帰って来たー!」
なんて声を出しても誰も反応はしなかった。
尾張を出てから約四ヶ月も留守をしていると俺の顔を忘れるのかね?
清洲城下の我が懐かしき屋敷に帰って来たのに誰も迎えに来なかった。
それに門番もいつもの二人ではなくて新顔だ。
しまった! 屋敷を間違えたのか?
「藤吉。早く入ってくださる。荷物も多いですのよ」
あ、やっぱり俺の屋敷だよね。
「お待ち下さい。ここは木下様の屋敷ですぞ!」
なんだよ、だから俺がここの主だっつーの!
新顔の門番二人は俺に槍を向ける。
「見ない人達ですね。貴方達。この方は木下藤吉様ですよ。誰に槍を向けていると思っているのです」
お、さすが寧々。
「貴様が木下様だと? 嘘をつくな。木下様なら既に中に居られるわ!怪しい奴らだ。捕らえろ!」
へ、俺が中に居る?
それに俺を捕らえるだと?
良い度胸だ。
軽く捻ってやる。
それに俺の偽物にも鉄槌をくれてやろう!
門番の一人が懐から小さな笛を出してそれを吹いた。
甲高い音がすると屋敷からわらわらとやはり見慣れない連中が出てきた。
「面白い。やるぞ利久!」
「ははは、良いね。良いね。帰って来ても退屈しないぜ!」
俺と利久が前面に出て俺達に群がる連中を千切っては投げ、千切っては投げ……
『起きて』
うん、なんだ?
『起きて下さい』
うるさいぞ! 今俺は忙しいんだ。
『起きなさい!藤吉!』
どわー! 許しておっ母ー!
俺は母様の声を聞いて飛び起きた。
「やっと起きたのかい。ほら、顔を洗って飯にするよ」
「ふぇーい」
なんだ夢か?
いや、半分は夢じゃなかったな。
俺達が紀伊雑賀庄から津島に着いてから、向かえに来た友貞に佐大夫達を先に長島に送ると残った俺達は清洲に向かった。
そして清洲の俺の屋敷には新顔の門番が居て、そこでひと悶着起こしていたら母様がやって来てようやく屋敷に入れたのだ。
でだ、俺の偽物が誰かと言うと……
「いやー今日も飯が旨いっす!」
ボカッ!
「~~~」
お調子者が俺の屋敷に居て俺に成ってやがったのだ!
「おい、嘉隆。何でまだ家に居やがる」
俺は威圧感たっぷりにこのお調子者を睨み付けてた。
「すんません、すんません、すんません」
やっぱりこいつの土下座は安いな。
『鈴木一』の土下座は誠意に溢れていたぞ。
こいつ『九鬼嘉隆』は何故俺の屋敷で俺の偽物をやっていたのかと言うと、俺と利久の二人で尋問したところ道三の指示で俺の偽物をやっていたそうだ。
もっとも屋敷から一歩も出てはいけないと言われて屋敷に籠っていたそうだ。
何でも俺が留守をしている間、ひっきり無しに『武田勝頼』の使者が来て困っていたので、俺の偽物を屋敷に滞在させて対応させていたのだ。
そして門番は九鬼家の連中がしていたので俺達を知らなかったと言うことだ。
面倒をかけやがって!
それから俺は表向きには流行り病に掛かって寝込んでいたことになっている。
だから俺は帰ってから惰眠を貪っているのだ。
たまにはゆっくりしても良いよな。
だって祝言が延びたんだから。
そう、小六、犬千代と上げる予定だった祝言は俺が予定よりも長く滞在したせいで延びてしまったのだ!
祝言は年明け三月の予定だ。
全くトホホだよ。
滞在が長引いたのは俺のせいじゃないのに!
だがまぁ、良い骨休めだと思う事にしよう。
向こうでも色々有って疲れたからな。
ゆっくり休むとしよう。
ゆっくり休むと…… 出来るかー!
帰って来ても問題事は全然解決していない。
まずは『鈴木一家』の受け入れを友貞に丸投げしたのだが、佐大夫達が早く作業がしたいと騒ぎ出して大変なんだ。
だから今は長島に有る輪中の一つを丸々使って工房を作らせている。
取り敢えず鍛冶が出来る場所を急ピッチで作らせているのだ。
工房が出来るまで佐大夫達は津島で作業をしている。
腕を鈍らせたくないそうだ。
その他にも勝頼こと『勝姫』にも会わなければならない。
本来なら俺は武田家の接待役をしていなければならないからだ。
その為に俺は武田屋敷に文を書いて会いに行く日時を調整している。
昌景さんなんか毎日必ずやって来るそうで、その対応を母様がしていたのだ。
だが母様に言わせると可愛い女の子の相手が出来て楽しかったそうだ。
母様にかかると昌景さんもただの女の子なのか?
あの人来年は『ピー』歳なんだぞ。
あの見た目で『ピー』歳はないよな?
そして俺は昼過ぎに清洲城に登城した。
登城する事は前もって伝えている。
しかし俺が登城すると城の連中の視線が痛い。
今頃何で城に来やがった?と目で訴えているからだ。
てめえら顔を覚えたからな!
後でしこたま仕事を振ってやるからな。
あれ、そう言えばあの連中見た事ないな?
新しく雇ったのか?
まあ四ヶ月も留守にしたからな。
新しい奴らが居てもおかしくない。
そして奥に行けば見慣れた者達が居てホッとした。
「木下様。お帰りなさい」
「よく帰って下さいました。後で顔を出してくださいませ」
「おお、やっと早く帰れるぞー!」
おい、最後の奴。
心の声が漏れてたぞ。
さらに奥に行きいつもの部屋に向かう。
その部屋の前には犬千代が待っていた。
久しぶりに見る犬千代は前よりも綺麗に見えた。
「藤吉様。皆様お待ちです」
「あ、ああ。分かった」
あれ? なんかよそよそしいな。
俺が中に入るといつもの面々が…… うん?
平手のじい様が居ないぞ?
「よく戻ったな藤吉。まあ座れ」
信光様が笑顔で俺を向かえてくれた。
「お帰り藤吉。首尾よく事を運んだそうだな?さすがだな」
勝三郎の隣に座ると勝三郎から声をかけて貰った。
久しぶりに見る勝三郎は少し痩せて見えた。
武田家の対応で苦労したのかな。
それなら後で労ってやらないとな?
堺で手に入れた清酒を振る舞おう。
喜んでくれる筈だ。
「お帰りなさい藤吉。少し痩せましたか? 向こうでちゃんと食事を取っていましたか?」
「ただいま戻りました。ご心配を御掛けして申し訳ありません。ですがこの通り元気です。食事もちゃんと取ってます」
「そうですか。それは良かった」
うーん、久しぶりに見る市姫様はなんか落ち着いてるな?
市姫様ってこんな感じだったかな?
もっとこう、なんと言うか、年相応な感じだったような?
それになんか前にも増して綺麗になったな。
「では、文で報告を受けていたが改めてお主の口から聞こうか?」
信光様が場を仕切る。
平手のじい様が居ないからなんか落ち着かないな?
それから俺は問われるままに答えた。
堺から京に上り龍千代と再会。
将軍義輝を遠巻きに見た事、龍千代が輝虎だった事を話した。
龍千代の話をした時、市姫様の眉がピクッと反応したが何も言われなかった。
その後龍千代の依頼で浅井攻めの手伝いをした事で滞在が延びた事を説明した。
信光様はウンウンと頷いている。
勝三郎は大変だったなと言ってくれた。
しかし、市姫と犬千代は何も言ってくれない。
何だろうな?
何かしら反応してくれたら良いのに、なんで何も言わないんだ?
その後龍千代から証文を貰ってから堺から紀伊雑賀に寄ってから戻ってきたと報告した。
「雑賀衆を傘下にしたと言ったが本当か?」
「正確には雑賀衆鈴木家を傘下にしました。本当は鍛冶職人を雇うだけだったんですけどね」
「藤吉はいつも何かしら問題を起こすな。それでその鈴木家はどうしてるんだ?」
「今は津島で鍛冶をしてる。まだ長島で仕事が出来ないんだ」
「長島はそれなりに復興したと聞いたが?」
「私もまだ見ていないのですが、弟の小一からまだ時間が掛かると」
「そうか、ならまだこっちで仕事が出来るな?」
勝三郎がニヤッとする。
なんだよ俺はもう長島領主なんだぞ。
いい加減領主の仕事もしたいんだ。
「概ね分かった。此度の事ご苦労だったな。今日はここに泊まるといい。では、私は仕事に戻る」
「あ、はい」
信光様はそう言うと部屋を出ていった。
「藤吉。後で堺の話を詳しく聞かせてくれ。市姫様。私も仕事に戻ります。失礼致します」
「ご苦労。勝三郎」
「は。またな藤吉」
そして勝三郎も去っていった。
なら俺も右筆衆に会いに行くか。
「藤吉」
「はい?」
「今夜は、その、分かるな?」
「は、はい!」
いやっほー! 市姫様からのお誘いだぜ!
その後俺は久しぶりに右筆衆と再開、仕事は明日から見ると約束して市姫様が待つ奥の間に向かった。
奥の間では食事の準備がされており、市姫様が待っていてくれた。
そして市姫様と食事を共にした。
食事は楽しかった。
それに市姫様からお酌もされた。
良いのかな。こんなに幸せで!
それから食事の後に談笑。
堺の街や雑賀庄の事などを面白おかしく話した。
市姫様はコロコロと笑ってくれて俺は幸せいっぱいの気持ちになった。
そして遂に!
「市姫様。その、宜しいですか?」
「市と呼んで、藤吉」
お、おおー! 辛抱堪らん!
俺は市を押し倒した。
「あ、藤吉。あんまり乱暴にしないで」
「は、その、すみません」
「お腹の子に触るから優しくね?」
は?
「今、なんと?」
「優しくしてと」
「いえ、その前です」
「えっと、乱暴にしないでと」
「いやいや、その後に」
「あ、その、だから、ね? お、お腹の、子供。きゃっ」
市が真っ赤になって両手で顔を隠している。
俺は多分真っ青になっている。
や、や、や、やってしまったー!
市姫の爆弾発言!
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