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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第七章 上杉輝虎と将軍義輝にて候う

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第百六十五話 鉄砲撃ちの腕比べにて候う

 霜台の言葉は歓声に飲み込まれて聞こえなかった。

 俺はもう一度問おうと思ったが先に霜台が俺に話しかけた。


「始まるようですな?」


「え、ああ、そうですね」


 腕比べの参加者はそんなに多くない。

 貴重な火薬と玉を使うので参加者は限られる。

 ここ雑賀庄では一の他に四人が参加する。

 その中に一の幼なじみの『土橋 守重』がいるのかな?


 しかし、よくよく考えると一はこの腕比べの為にどれだけの量の火薬と玉を使ったのだろうか?

 玉はまぁ使い回しが出来るから良いとしよう。

 実際は明後日の方向に飛んで行くので回収出来ない物も多かったが火薬はそうも行かない。

 いくら口径の小さい種子島を使おうとも使用する火薬の量が少なくとも結構な量の火薬を使った筈だ。

 それに他の参加者も練習している筈だから雑賀庄には、自前で火薬を精製する技術と材料の確保が出来ていると考えるのが妥当だ。


 腕比べをする時点でお察しだな。


 それにこれはデモンストレーションを兼ねているんだろう。

 雇って貰う側に自分達の腕前をPRしているとも考えられる。

 だから霜台みたいな武士達がこの雑賀庄にやって来ているのだろう。


 それから参加するのは雑賀衆だけではなかった。

 根来衆も参加するようだ。

 参加者は雑賀衆に合わせて五人。


 あ、これって対抗戦みたいだな?


 だって一達雑賀衆と根来衆が別れて並んでいる。

 霜台も気づいたようだ。


「ほう、今回も雑賀と根来で競い合うようですな」


「今回も? と言うことは以前も有ったんですか?」


「私が知る限りですと幾度も有ったようですよ」


 あ、佐大夫と根来の代表者かな?

 二人が睨み合っている。

 雑賀と根来は仲が悪いのか?


「佐大夫。今回は我らの勝ちだな? 聞いているぞ。お前の娘の腕前を。中々の凄腕らしいな?ふふふ」


「ふん、わざわざ俺達の土地まで来て負けに来るなんてご苦労なこった。勝負は始まる前に着いてるんだよ!」


「そうか、そうか。なら我らの勝ちは動かぬな? 前の戦では我らの勝ち戦だったからな。次の戦でも我らの勝ちだ」


「はん。次の戦で勝つのはわしら雑賀よ。貴様らは寺で経でも読んでおれ!」


 あちゃー、雑賀と根来は仲が悪いな?

 あれかな、同業だから余計に仲が悪いのか。


 佐大夫と根来の代表者が罵り合う展開に双方から人が出て来て無理やり離される。

 離されながらも両者は罵りあっていた。

 不毛だ。


 あ、雑賀から誰かやって来た。


「では各々位置に着け」


 お、ようやく始まるか?


 腕比べの内容は五十メートルくらい離れた場所から三回撃つ。

 的を撃ち抜いた回数の多い方が勝ちだ。

 それから雑賀と根来の参加者が交互に撃ち合う。

 撃ち合う前にそれぞれ名乗りを上げている。

 これはやっぱりPRの場なんだな。


 雑賀も根来も出てくる者は同じくらいの腕前のようだ。

 優劣着けがたい。


 あ、四人目が出てきた。


「次は土橋守重」


 お、一の幼なじみが出てきた。


 土橋守重は確か…… 孫一と一緒に本願寺に味方して信長と戦ったんだよな。

 それで本願寺と信長が和解?して雑賀庄に戻った。

 その後はどうなったかな?

 まぁ、孫一と一緒でしぶとく生き延びたかもしれないな。


 守重は一と同じくらいの背だな。

 優しそうな顔で三枚目だ。

 うん、好青年みたいで好感が持てる。


 イケメンじゃないのがまたポイント高い。


 守重は流石に土橋家の人間だ。

 三回とも見事に的を撃ち抜いた。


 やるな!


 でもスカウトは出来ないな。

 守重は土橋家の嫡男だ。

 嫡男が家を出るのは余程の事がないと出来ない。


 あ、利久は例外だ。


 利久は前田家から追い出されるほどの問題児だったからな。

 利久が俺の与力になった事を前田家は大層喜んでいた。

 これで前田家が矢面に立たされなくて済むと言っていたんだ。


 なら俺の木下家なら良いのかよ!


 まあそれはいいか。


 惜しいな。

 守重が嫡男じゃなかったらスカウトしたのに。


「ふむ、彼は土橋の者ですか。声を掛けてみますかな?」


 あ、あれ、霜台勧誘するの?


「彼は土橋家の嫡男ですよ。霜台殿」


「ならこの際です。土橋家事召し抱えましょう」


 あ、そうか。

 霜台は大和の国主だった。

 紀伊の土豪の土橋家事雇うことなんて楽勝か?

 くうう、俺もそんな事出来たらな?


 え、鈴木家を雇うんだろうって?


 俺と霜台が言っているのは別だよ。

 俺は鈴木家の職人連中を雇うんだ。

 霜台は土橋家と言う土豪を雇う。


 数が違うよ、数が!


 こっちは多くても十人ぐらい。

 家族を入れても五十人だ。

 それに比べて霜台は数百人だ。

 これが地方領主と国主の違いだよ。


 あ、帰ったら家臣の数を確認しないとな?


 道三があちこち声を掛けて家臣を揃えるなんて言っていたから心配だ。

 大丈夫なのかあっちは?

 小六が金の管理をしているから問題ないと思うが道三だからな?


 何かしらやらかしてるかもしれん!


 と俺が考え事をしている間に根来の最後五人目が現れた。


「根来、杉谷善住坊」


 なぬ? 杉谷善住坊。


 杉谷善住坊って信長を暗殺し損なった男じゃないか!

 それに善住坊は根来じゃなくて甲賀の出じゃなかったか?

 なんで根来に居るんだ。


「おい、的を倍に遠ざけてくれ。俺には近すぎる」


 おっと、この発言に周りがざわついている。

 場を仕切っていた男が佐大夫を見る。

 佐大夫は無言で頷いた。


 的が倍の距離百メートルまで離された。


 これで外したらお笑いだな。

 でも奴なら、善住坊が史実通りならあの倍の距離でも外さないだろう。


 そして善住坊は外さなかった。

 しかも撃つ度に的を遠ざけさせた。

 三度目は百五十から六十メートルまで離れていた。

 まだ余裕が有りそうだ。

 そして根来側から歓声が上がっている。

 それを悔しそうに見ている雑賀衆。


「おお、これは凄い。これは是非雇いたいですな?如何な藤吉殿」


「そ、そうですね。あれほどの腕前なら誰でも欲しがりますよ」


 霜台はどうやら守重よりも善住坊が欲しくなったようだ。

 いや、霜台の事だから両方雇うかもしれないな?

 俺も善住坊が欲しい。

 あの腕前なら戦場で武将の狙撃も容易だろう。


 霜台には悪いが俺も声を掛けてみるか?


「雑賀、鈴木一」


 いよいよ最後は一の出番だな。

 あれがあれば問題ないだろう。

 練習では上手く行ったんだ。

 問題ない。


「俺も的を離してくれ。先ほどの距離よりもっとだ」


 おいおい一ちゃん。

 それは不味いだろう?

 だが周りは大盛り上がりだ。


「大丈夫ですかな。彼女は」


「ど、どうでしょう」


 的がさっきよりも離された。

 そして一は俺が渡したものを顔に着けた。


「あれは何ですかな?」


「な、なんでしょうね」


 ああ、やっぱり分かるよな。

 霜台が目敏く気付いた。

 それに周りも気付いたようだ。


「おい、なんだあれは?」


「ぷっ、なんだあれ。ぐはっ」


「お嬢を笑うな!」


 あ、一を見て笑った連中が守重達に殴られている。

 一って人気有るんだな?

 一が守重を見て守重が一に声を掛けている。

 この距離だと二人の会話は聞こえないが、きっと激励してるのだろう。


 守重から声を掛けられて一の顔が引き締まったからな。


 さぁ、見せてやれ。

 特訓の、じゃなくて俺の秘密兵器の威力を!


 一は一つ撃つ度に手際よく玉込めを行い的を撃った。

 誰よりも早く、誰よりも遠くの的を撃ち抜いたのだ。

 そして三発とも外さなかった。


 よし、よくやった!


 俺は目立たないように手だけでガッツポーズをしていた。


「や、やったよ! 師匠!」


 ああ、馬鹿、馬鹿。

 こっち見て手を振るんじゃない。


「師匠?」


「誰でしょうね? 師匠って」


 上手く誤魔化せたかな?

 ああ、多分無理だろうな。

 霜台の俺を見る目が変わってるもんな。


 それに……


「藤吉殿!いやーあんたのお蔭で一が、一が!」


 佐大夫さん、皆が見てますよ。


 暑苦しい親父に抱き付かれた俺に雑賀衆の皆がお礼を言いに来ていた。

 そして一も弾ける笑顔で俺の下にやって来た。


「やったよ。俺にも出来たよ!」


「良かった。本当に良かった。見たか根来の腐れ坊主ども!」


 ああ、霜台が見てる。

 これは後で質問されるな。

 でも今は喜んでおくか!


「よくやったぞ、一!」


「うん!」


 こうして腕比べは終わった。


 沢山の問題を残して……



お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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