第百六十四話 立ち話の密事にて候う
俺はなぜ『俺に任せろ』と言ってしまったのだろう。
簡単なイベントだと思った。
それがこんな難題だとは思わなかった。
だが、改善策を思い付いた!
これなら何とか成る筈だ。
そして、俺の頭を悩ます張本人はのほほんと朝日達と駄弁っている。
歳が近いから直ぐに仲良くなったようだ。
「お、美味しい。なんだこれ?」
「えへへ、西の国のお菓子だよ」
「朝日違います。海を渡った遠い西に有る国です」
「ポリポリ」
「ふ、ふーん。そうなんだ。これ食べた事ない甘さだな。でも、こっちには蜜柑が有るんだぜ」
「なにそれ?」
「持ってきてやるよ。待ってな?」
「一緒に行く。ね、寧々ちゃん」
「待って朝日」
「ポリポリ」
一と朝日、寧々はどこかに行ってしまった。
半兵衛は無言で金平糖を食べている。
一はさっきまで暗い顔してたのにな。
切り替わりが早い。
やはりまだ子供か?
甘い物が大好きなようで宗易から貰った金平糖を食べて元気が出たようだ。
それに負けず嫌いなようで紀伊の特産品『蜜柑』を取りに行ったようだ。
俺も欲しいな蜜柑。
久しぶり食べたいよ。
蜜柑はこの時代栽培されてる場所が多くないからな。
流通も少ない。
お、そうだ!
蜜柑の苗を分けて貰おう。
長島で育てて長島蜜柑として売り出すか?
確か種がないから武士達には受け入れられなかったとか?
でも民衆にはそんなの関係ないもんな。
流石に甘味が柿ばっかりだと飽きる。
うん、蜜柑確保だ。
「で、どうしますの?」
「問題ない。負けても俺達は困らないからな」
長姫は蜜柑と聞いてそわそわしていたが、流石に自分も追いかけて行くわけにも行かずこの場に残っていた。
心配しなくても俺達も食べられるだろう。
「良いんですの?」
「佐大夫は朝日達が簡単に的に当てたのを見て驚いていただろう。それに明日にはちょっと考えてた物を作るからそれだけでも勧誘出来るさ?」
「指導と改善策ですのね。さすがは藤吉ですわ。わたくしの期待を裏切りませんわね」
「まあな。今日で一の悪いところが分かったから明日は大丈夫だ。それより、長は種子島を撃たなくても良かったのか?」
「ふふ、わたくしは藤吉の作る新しい種子島が撃ちたいですわね」
「それは、期待に応えないとな」
長姫に贈る新しい銃か?
そうだな、単筒なんてどうだろう。
あれだと持ち運びも便利だし護身用に使える。
朝日や寧々、半兵衛にも渡すか。
それに小六や犬千代もな。
市姫様にはどうするかな?
俺が考え事をしていると荒い足音で近づく者がいた。
スパーンと戸が開くと利久がそこにいた。
「なんで俺だけのけ者なんだよ!俺にも種子島を撃たせろと言っただろうが!」
その場に居なかった奴の事など知るか。
怒鳴る利久を無視して俺は長姫と明日の事を話すのだった。
「俺を無視するなー!」
利久の声が宿に木霊したので頭を叩いて黙らせた。
「うるさいぞ馬鹿。明日付き合わせるから大人しくしろ」
「絶対だぞ」
少し涙目になる利久。
「分かった、分かった」
全く大きな子供は困ったもんだ。
その後朝日達が大量の蜜柑を持って現れる。
それを皆で仲良く食す。
朝日と寧々は蜜柑の剥き方を一に教わり食べている。
半兵衛は一人で皮を剥いて食べている。
俺は一つ取って皮を剥き長姫に差し出す。
貴人は自分から動かないのだ。
誰かが蜜柑の皮を剥かないと長姫は食べられない。
本当なら寧々と朝日がやらないと行けないのにな?
二人は初めての蜜柑に夢中になっている。
そして利久は皮ごと食べている。
後でお腹壊すぞ。
「ありがとう藤吉」
「どういたしましてお姫様」
「うふふ、大変結構ですわよ」
「お褒めに預かり光栄の至りです」
長姫は上品に一つづつ食べている。
そして気に入ったのか。
食べる速度が早くなる。
俺も一口食べる。
うーん、少し酸味が残るが確かに蜜柑だ。
美味しい。
うん、蜜柑は絶対に持って帰ろう。
俺は久しぶりの蜜柑の味に満足した。
そして、腕比べの日をむかえた。
参加するのは雑賀衆だけだと思っていたが僧の姿も見える事から『根来衆』も居るみたいだ。
根来衆は雑賀衆と一緒で傭兵をやっている。
信長に雇われる事が多かったようだ。
もっとも雑賀も根来も金さえ払えばどこの大名にも雇われている。
中には雑賀衆同士で争う事も有ったそうだ。
当然根来も同じような物だ。
もし、雑賀が駄目なら根来を雇うか?
まぁ、傭兵としてではなくて職人集団が欲しいんだけどな?
でも縁を持つのは悪くない。
この腕比べで上位に入る奴をスカウトするのも悪くない。
しかし、よく見れば武士の姿をした奴も交じってるな。
そしてその中に見慣れた人物を見つける。
あ、あれは、まさか?
「おお、お久しぶりですな藤吉殿」
「そ、霜台、殿」
「やはりまだこちらに。宗易殿から聞いて下りましたのでご挨拶しておこうと思いましてね?」
挨拶だけでここまで来ないだろう。
さてはここの腕比べの話を聞き付けたな?
「はは、それはご丁寧に。で、本命は人材探しですか?」
「ははは、バレましたか。私も畠山との戦いに出ますので腕の良い射手は欲しいのですよ」
なるほどね。
やはりそうか。
ちなみに俺達は他の人の目も有るのでひそひそと話している。
護衛は俺達二人を遠巻きに囲っている。
これって逆に目立たないか?
しかし困った。
あれを見られると霜台の事だ。
色々と聞かれそうで困るな。
さてどうするかな?
「ところで霜台殿。六角の件はどうなりましたか? その後の事を私は知らないのですよ」
「ああ、あれですか。あれはですな」
霜台に他の話題を振って興味を反らさないとな。
それに六角と浅井がその後どうなったのかは気になる。
詳しい話が巷にまだ出てこないのだ。
霜台の話では六角と浅井は無事に和議を結んだそうだ。
浅井は既に北近江の支配権をほぼ無くしているし、六角も武田に東近江を食われている。
幕府に取っては笑いが止まらないらしい。
もっとも笑っているのは将軍義輝で幕府ではない。
それに義輝は朝倉と武田に使者を送ってそれぞれに不戦の約束をさせたそうだ。
これってもしかして……
「武田に六角を食わせるつもりですか?」
「困った方ですよ。左京大夫より大膳大夫が御しやすいと思っておられるようで」
それはないだろう?
あの信玄が御しやすい?
何の冗談だ。
「ああ、違いましたな。頼りになると思われているそうです」
「同じ源氏だからですか?」
「同じ源氏だからこそ信用出来ると思っていますな」
顎に手をやり髭を摩っている。
うん、俺もこんな風になりたいな。
でも大丈夫なのか義輝は?
それにこれ以上武田に好き勝手されるのはよろしくない。
「不満顔ですな?」
「武田が領土を増やすと織田家との力関係が微妙になります。それに将軍の覚えが目出度いとなると……」
「確かに、織田家に取っては面白くない話ですな?」
「三好は、修理大夫様はどうなさるので?」
「ふふふ、こちらを心配なさるのですか?」
霜台が試すような目で俺を見る。
三好がどう動くかで織田家の選択肢を増やしたいのが本音だ。
まぁ、三好の取る手段は限られてるがな?
「霜台殿も分かっておられるでしょう。織田家の立ち位置を」
霜台は俺が龍千代と会っていた真意が分かる筈だ。
「そうですな。我が殿は織田家と誼を結ぶのをよしと為さるでしょう。如何な藤吉殿?」
おお、願ってもない言葉だ!
でも裏も有るんでしょ?
「こちらとしては願ってもない事。して何をお望みですか?」
「私と藤吉殿で両家の架け橋に。そして武田の動向をお教え願えればと」
「それだけで?」
「後は追々ですな? それで宜しかろうと」
これはまた無理難題を吹っ掛けられそうで嫌だな?
あ、そうだ!
「ああ、そうだ。朝倉はどうですか? 何とか成りますか?」
織田家と朝倉の縁は信秀の時には有ったが、今は全く伝がない。
出来れば朝倉も巻き込んで武田を叩きたい。
三好なら朝倉とコンタクトを取りやすいのではないかな?
あれ、霜台の眉間の皺が増えてる。
なんで考え込むの?
「霜台殿?」
「朝倉は無理でしょうな」
「何故です」
「それは……」
「それではこれより腕比べを始める!」
佐大夫の開催の言葉と共に周囲から歓声が湧く。
そして霜台の言葉は歓声にかき消されて俺の耳には届かなかった。
雑賀庄で鉄砲撃ちの腕比べが始まった。
突然の霜台登場!
書く前の松永久秀はあんまり好きじゃなかったけど書いていると何故か好きになる不思議なキャラ。
こいつも道三みたいに成りそうで怖い。
誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。
皆さんの感想が私のやる気になりますので応援よろしくお願いします。




