第百六十二話 種子島の改善点にて候う
初めて種子島を撃ったが衝撃も中々だが、やはり音が凄い。
撃つ前に耳栓が必要だと思った。
実は撃った後は耳鳴りが酷くて何も聞こえなかったのだ。
後で聞いた話では慣れれば大丈夫だと言っていたがあれは慣れでどうこう出来るものではないと思う。
耳栓要必要!
「すげえなあんた。やっぱり種子島の事をよく知ってるから撃ち方にもコツが有るのか?」
「え、いや、初めてだな。撃つところは見た事があるが撃ったのは初めてだ」
「初めてで的に当てるなんてあんたすげえよ」
いやーそんなに褒められると調子に乗りそうだ。
最近褒められることなんて無かったからな?
でもこれはズルなんだよ。
海外で銃を撃つ時にインストラクターからレクチャーを受けてるからね。
その時に呼吸が大事だって教わったんだよ。
思い出して実践してみたら当たったんだ。
まぁ、これもビギナーズラックってやつかもな?
「凄いです藤吉様。私も撃ってみたいです」
「半兵衛には無理だな。衝撃が結構でかいし、それに顔を火傷する可能性があるぞ」
「そうなんですか?」
半兵衛が佐大夫を見る。
「まぁ、そうだな。嬢ちゃんだとちょっと厳しいな?」
「そんな~」
種子島は頬に当てて固定するから顔に火花が散ってそばかすが出来やすい。
現に俺も頬が熱い。
うん、頬当ても必要だ。
やっぱり撃って体感したのは良かったな。
改善点が出てくる出てくる。
種子島自体は尾張でも見た事があるが高くて買えなかった。
それに撃つのにも銭が掛かる。
だから右筆時代の俺には買いたくても買えなかったのだ。
だが今の俺は長島領主だ。
銭の工面は小六と友貞がしてくれる。
あいつら結構儲けてやがるからな。
これからは装備に銭を掛けてどこにも負けない軍勢を作る必要がある。
ここ雑賀に来たのは良かった。
俺に必要な物がここには揃っている。
種子島にそれを作り出す職人。
そしてそれを運用する人間。
後は硝石を作っているなら言うこと無しだ。
「鈴木殿。ありがとう。撃ってみて改善点が分かった」
「ほ、本当か? なら、ってそうか。教えちゃくれねえか?」
「はは、残念だがそうだな。二、三日ここに留まるから考えてくれ」
「うう、分かった。おい、客人を宿に案内しろ」
「へい」
「あ、待った。新型種子島はどうだった。その意見はいいだろう。魚屋の旦那もそれを聞いてくれと書いてあったんだ。頼む」
手を合わせて俺に頼む佐大夫。
「そうだな。新型種子島は一言だと使えないな」
「そうなのか?」
「鈴木殿が一番判っているんじゃないのか?」
俺がそう言うと佐大夫は黙ってしまった。
そして俺達は宿に案内された。
「藤吉。あなた種子島に詳しいのね?」
「意外か?」
「ううん、もっとあなたの事知りたくなったわ」
「それは結構」
どうやら長姫の俺の株が上がったようだ。
ちなみに半兵衛の俺を見る目も変わっているようだ。
なんか俺の株上がってる?
俺は上機嫌で宿に着いた。
「ズルい、ズルい。お兄ちゃん朝日も種子島見たかった!」
「そうだぞ藤吉。俺にも種子島を撃たせろ」
「わ、私も藤吉様の種子島を撃つ姿、見たかったです」
しまった。こいつら忘れてた。
宿に着いた俺を待っていたのは置いてきぼりをされた三人の愚痴を聞かされることだった。
魚屋の者はその日の内に堺に戻る事になっていたらしく、三日後にまたやって来ると言った。
あれ、長島まで送るはずじゃなかったの?
宗易からは俺が雑賀庄に残るだろうから一度戻って来るように言われていたそうだ。
なんか宗易に俺の行動を予測されているな。
俺ってそんなに分かりやすいかな?
まぁ、これで三日はここに居る事になる。
色々と探りを入れるのも悪くない。
既に蜂須賀党と服部党の面々には情報収集を頼んでいる。
彼らに任せれば大丈夫だ。
なんせ諜報の専門家だからな。
俺は俺で探し人を見つけよう。
佐大夫には会えたが肝心の重秀、孫一に会えていない。
佐大夫に聞くのが一番だが、今の佐大夫は落ち込んでいるだろうから聞けない。
「藤吉様。先ほどの新型種子島が使えないとはどういう事ですか?」
宿でやることが無かった俺は半兵衛に指導碁をしてもらっていた。
「うん、ああ、あれか。あれはな」
新型銃は口径を大きくして威力を上げるのが目的の物だ。
見て直ぐに分かった。
そして欠点も直ぐに分かった。
「あれだと的に当てるには熟練者が必要なんだ」
「あら、そうなの?」
隣で寧々に髪を鋤いて貰っている長姫も会話に加わってくる。
ちなみに利久は外で飲んでいる。
朝日は俺達の対局をじっと見ている。
朝日は種子島に興味は有っても現物を見ていないので会話を聞いても理解出来ないようだ。
それなら指導碁を見て勉強する方がいいと思っているようだ。
よけいな事を言われないのは楽で助かる。
「ああ、あれは銃身が長いし、重い。種子島を扱ったことのある人間でも大変だろう。まぁ、まだ試作の段階だろうからこれから改善されるだろう。俺達にはあまり関係ないな? おっと、ここだな」
「なるほど。なら、種子島をもっと軽くすれば私にも撃てますか? あ、ここです」
半兵衛の質問に朝日と寧々がピクッと反応した。
分かりやすいな?
「そうだな。銃身を短くして火薬を調整すれば撃てるんじゃないかな? でも危ないぞ。暴発する可能性も有るからな?」
「ええー、そうなんですか?」
寧々と朝日がため息を吐いた。
銃は本来危ない物なんだよ。
半兵衛はともかく寧々と朝日には持って貰いたくはないな?
種子島の改善点は色々ある。
まずは耳栓だな。
銃身の方に必要だ。
後は頬当て。
あれで顔の火傷を防げるし、女性も火傷を気にする事なく撃てるだろう。
後は、早合か?
あれは作るのは簡単だ。
既に有るかもしれないがな。
それと火打式だな。
火縄は点けるのに時間が掛かるし火を維持するのも大変だ。
だが、日本の火打は銃には向かないんだ。
これは日本の火打は石英や瑪瑙を使うからで、これらは着火しにくいので強く打ち付ける必要がある。
だから撃つ度に石の消耗が激しい。
大量生産には向かない。
でもワンオフなら欲しいな?
狙撃用と考えればこれは欲しい。
要検討だ。
後はライフルなんだが……
これはどうなんだろう?
説明するのも大変だよ。
それに作れるのか?
う~ん、設計だけしてみるか?
出来れば良いかと考えよう。
これもワンオフ物だと割り切ろう。
大量生産する必要なんてない。
ライフルを作ったらミニエー弾も必要だな。
椎の身弾から作るか。
これもライフルが出来たらの話だな?
いや、先に作っておくのも有りか!
う~ん、これは早く長島に帰って工房を作る必要が有るな。
「藤吉様。手が止まってますよ?」
「おっとすまんな。えっと、ここかな?」
種子島の改善点に考えが行ってしまったな。
なんだろうな。
種子島を撃ったことで新型銃を作ることに現実味が出てきたからそわそわする。
もう、いっそのこと設計図を書くか?
でも専門家が居れば色々と意見が出て俺が書くよりもっと良いものが出来るだろう。
ああ、佐大夫が早く決断してくれないかな?
そうすれば直ぐにでも行動に移せるのに時間が勿体ない。
「藤吉様?」
「あ、ああ、すまん。ここで良いか?」
駄目だな。
集中出来ない。
止めるか。
「朝日、代わってくれ。お兄ちゃんちょっと考え事をしたいんだ」
「うん、分かった」
朝日に代わってもらってから俺は紙と筆と硯を取り出す。
そして墨を磨る。
「どうしたんですの。藤吉」
「忘れないうちに改善点を書き出しておこうと思ってな」
もやもやしてても始まらない。
佐大夫の協力がなくても何とかなるさ。
宗易に相談すれば堺の鍜治職人を紹介してくれるかもしれない。
待っていては駄目だ。
行動有るのみだ!
と、俺がいざ書こうとしたその時、廊下を誰かが走ってくる音がしてきた。
タタタタっと軽快な足音がして人影が戸の前で止まった。
スパーンと言う音と共に戸が開かれる。
なんでこの時代の人間は力任せに戸を開けるんだ。
いつか戸を壊すやつが現れんじゃないのか?
それに失礼だろうが!
見れば見た事のない者が立っていた。
法被姿に頭には鉢巻をしている。
そして胸元にさらしを巻いている。
まだまだだな。
この時代には珍しい短髪の女性だ。
「俺に、種子島の撃ち方を教えてくれ!」
おお、珍しい。
僕っ子ではなくて俺っ子か。
「誰ですか貴女は、失礼ですよ!」
寧々が彼女を注意する。
寧々の言い分はもっともだ。
「あ、その、ごめん。俺は鈴木佐大夫の娘で一だ」
一?
「鈴木 一さん?」
「おう」
彼女は胸を張って答える。
ひょっとして彼女が『雑賀 孫一』なのか?
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