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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第七章 上杉輝虎と将軍義輝にて候う
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第百五十九話 長姫の甘い囁き

 永禄三年 十月末


 漸く龍千代から同盟の為の証文を受け取る事が出来た。


 内容は領土不可侵と経済協力に軍事協力だ。

 これで織田は武田松平今川上杉と同盟関係を結べた。

 その内いずれは武田と松平の同盟関係は解消される。


 今川上杉との同盟は秘密裏に行われた。


 織田が表向き同盟しているのは武田松平だが、織田の仮想敵国は武田だ。

 長姫の話を聞く限り松平は武田と結んでいる。

 松平の表向きの同盟相手は織田のみ。

 だが松平は裏で武田と同盟している。

 そして今川とは交戦中で、今は一向宗と内戦している。

 松平はまだ一向宗を討伐出来ないでいる。


 ふふふ、松平が徳川に成ることはないかもしれないな?

 まあ、俺がさせないけどね。


 今川は表向き武田と和睦。

 北条とは同盟関係はそのままになっている。

 そして織田とは和睦を通り越して同盟を秘密裏に結んでいる。

 それに今度は上杉とも同盟関係を結べた。

 松平がもたもたしている内に力を蓄えて三河に侵攻する予定だ。

 その時、織田は何だかんだと理由を付けて援軍を送らない事になっている。


 まあ、逃げてきても暗殺する手筈だ。

 どうあっても家康は死ぬ定めだ。


 武田が表向き同盟しているのは織田のみ。

 上杉今川北条とは和睦。

 徳川とは裏で同盟している。

 そして今回六角と交戦している。

 朝倉とはまだどういう関係なのかは分からないが良好な関係ではないだろう。


 そうなると朝倉とも何かしら友好的な関係を結びたいところだが、その辺は俺の手には余る。

 帰ってから進言してみるか?

 それとも誰かが既に動いているかもしれない。


 織田家は俺だけが動いている訳ではないのだから…… 俺だけじゃないよな?


 武田はほぼ周囲を敵に囲まれている。


 そして本国の甲斐から東近江までの補給線は分断しやすい。

 こう考えると武田の脅威は一国ではどうしようも無いように思われるが、実際はそうでもないのかもしれない。

 しかしそれは今川と上杉がほぼ同時に武田領に攻め込んでくれたならの話だ。


 それに世の中そんなに甘くない。


 織田家が生き残るにはまだ何か足りないような気がする。

 その何かに俺以外の織田家の人間は気付いているだろうか?

 俺がいない間、織田家は市姫様達は何をしているだろうか?


 ああ、早く帰りたい。


 既に約束の三ヶ月は過ぎようとしている。

 秋の刈り入れは終わっている。

 小六、犬千代との婚儀の予定日には間に合いそうもない。

 それもこれも将軍義輝の無茶振りのせいだ。


 そうそうその将軍義輝なんだが、六角と浅井朝倉に武田との間に立って和睦交渉をしているそうだ。

 こういうところで幕府の影響力を高めようとしているのは評価できる。


 案外将軍義輝は抜け目がない。


 しかしその抜け目の無さが三好のヘイトを高めているのを知っているのだろうか?

 知っていてやっているなら義輝は大物だ。

 だが、義輝に味方してくれる大名は居るのだろうか?


 もしかしたら義輝は武田に期待しているのかもしれないが、武田を操っているのはあの信虎だ。

 信虎は幕府を潰す為に動いているそうだから、義輝は自ら敵を招き入れる事になる。

 そうなると武田が幕府を、将軍義輝を殺してくれたらそれを大義名分に武田包囲網を築くことが出来る。


 問題は武田が上洛する時に織田家がそれに付き合わないようにしないと行けない事だ。


 その辺を何とかしないと行けない。

 しかしそれは俺が何とか出来る事なのだろうか?

 今の俺は『右筆衆筆頭 織田家家老 長島領主』だ。

 肩書きだけ見れば大した人物に見える。

 そんな俺の意見具申を織田家の人間は取り入れてくれるだろうか?


 市姫様上層部は取り入れてくれるだろう。

 だが、織田家家臣達はどう思うだろうか?

 成り上がりの腰巾着と思って俺を疎ましく思っているだろう。

 そんな織田家家臣の嫉妬に俺はいつか足下を掬われるかもしれない。

 他の家臣達を黙らされる何かが必要だ。


 そう、俺には足りない物がある。


 実績を積み、名を上げ、織田家の家老に三年掛けて成り上がった。

 その俺に足りない物は何か?


 家の格だ。


 俺の出自は『農の出』

 つまり武士階級の出ではない。

 この出自と言うのは厄介な物で生涯付いて回る物だ。

 農の出の成り上がり。


 それが織田家家臣達が見ている俺だ。


 どんなに実績を積んでも、どんなに名を上げても、俺は結局農の出。

 それが織田家家臣達には許せない事なのだろう。

 どうにかして俺の家の格は上げないと行けない。

 それが俺を、俺の家族を守る手段になるはずだ。


 そうしないと今の俺は織田家で悪目立ちし過ぎている。

 いずれ何らかの方法で俺を攻撃してくる可能性がある。

 その時に俺に味方してくれる人達も俺が農の出であるという理由だけで、味方してくれない可能性もあるかもしれない。


 功を上げるだけでなく家の格を上げる方法を模索する段階に来ているような気がする。


「そんな事を気にしてましたの?」


「え、あ、うん」


 京から堺に戻った俺達は魚屋の千宗易の屋敷に厄介になっていた。

 帰りの船の調達がまだ準備出来ないので足止めを食っているのだ。

 そして俺は長姫と月見酒をしていた。


 そう言えば何時だったか長姫とこうしていた時が有ったな?

 あの時は小六がやって来て結局何も出来なかったんだよな。

 だが、今日はそんな事にはならない。


 ふふふ、俺はいつまでも誰かに邪魔される男ではないのだ。


 今日は決める!


「家の格なんて貴方ほどの実績が有れば大抵の人は気にしませんわよ?」


「そうかな?」


「そうですわよ」


 それは嘘だろう。

 俺が美濃で戦った時、織田家家臣達は俺を見捨てた。

 俺はあれを忘れていない。


「でも必要なんだ」


「そうですわね。そろそろ必要ですわね」


 長姫も気にはしていたのか?


「どうすればいい?」


 いくつか思い付くがやはり名家の人の意見は聞いておきたい。

 こういう事には詳しいはずだ。


「そうですわね。まずはそこそこの家の養子になるのが一番ですわね。それか公家の猶子になるとか? あ、これは子女の場合でしたわね。でも、前列がない訳ではないから有効ですわよ」


「やっぱりそれが早いか」


 どこかの養子になる。

 それが俺の格を上げる方法で一番手っ取り早い。

 しかし木下の姓を捨てるのはまだ抵抗が有るんだよな?


「他には?」


「官位、でしょうね」


 官位か?

 織田家の官位持ちは奇妙丸様しかいない。

 俺が官位持ちになるには俺以外にも官位持ちになる人間必要だ。

 これには銭が掛かる。


 まあ、誰かの養子になるのも銭が掛かるのだが。


「官位持ちは銭が掛かりすぎる。それに根回しが大変だ」


「姓を変えたくないなら官位を得るのが一番ですわよ。それに根回しをしてくれそうな人と知古を得たでしょう?」


「知古?」


 あ、近衛前嗣か!

 でもあの人は身分が違い過ぎるだろう。

 俺がお願い事をする人じゃないぞ!


「あの人は駄目だろう。身分違いにも程がある」


「あら、龍に頼めば良いじゃない。龍なら快く協力してくれるわ」


「その代償に俺は上杉の家臣に成ってるかもしれないぞ」


「ふふ、そうね。それなら別の人に頼みましょうか? 山科卿とか?」


 ああ、山科卿か!

 あ、駄目だ。


「俺はあの人と接点がない。あ、でも利久がいるか? でもあいつを頼るのはなんか気が退ける」


「うふふ、わたくしが頼みますわよ。山科卿とは旧知ですから」


 おお、さすが名門今川の当主様は違うぜ!

 顔の広さが違う。


「なら京に居る間に山科卿と連絡を取れば良かったな?」


「心配無用よ。山科卿とはちゃんと連絡を取ってますのよ。何時でも動けますわ」


 なんか今日の長姫は凄いな!

 いや、いつも凄いけどな。


 長姫が俺にもたれ掛かり耳元で囁く。


「そろそろ織田家を気にするのはおよしなさいな?」


「うん?」


「道三殿も言ってたでしょう。回りくどいと?」


 それは、俺に。


「俺に織田家を……」


「乗っとりないな。貴方なら出来るわ」


 織田家の乗っとり?

 俺が国主になるのか!


「そんな事、出来る訳ない。俺は織田家に、市姫様達に恩義が有るんだ!」


「そう思っているのは貴方だけですわよ」


「そんな事…… それに俺が織田家を敵に回したら利久や勝三郎は俺を殺しに来る。俺は親友と殺し合いたくない」


「利久は貴方の味方ですわ。荒子前田家は貴方に味方しますわよ。それに平手もね」


「やめろ! その話はもうするな」


「頑なですわね。でもそんな貴方だからわたくしは惹かれるのかも」


 長姫が俺にキスをする。

 軽く口と口が接する程度の軽いキス。


「俺を試したのか?」


「わたくしが貴方に協力するのは貴方が好きだからだけではありませんわ。貴方にはもっともっと、大きくなって貰わないと」


 大きく?


「それは?」


「夜も更けましたわ。少し寒いですの。暖めて下さる」


 俺はスッと立ち上がると長姫から距離を取った。


「一人で寝る」


「やせ我慢を?」


 俺は長姫を見ることなく部屋を後にした。


「まだ、駄目なのね」


 長姫の呟きは俺には聞こえなかった。



お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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