第百四十九話 将軍拝謁の日にて候う
松永弾正久秀と意気投合した俺は色々と話を聞くことが出来た。
特に三好家の方針が聞けたのが大きい!
三好は刈り入れが終わり次第畠山と一戦することが決まっているそうだ。
河内守護の『畠山 高政』は三好修理大夫に守護就任を助けて貰った恩が有るにも関わらず、将軍義輝側について兵を上げようとしている。
ゆえに修理大夫は高政を片付けることにしたのだ。
とにかく三好家は畿内の勢力とは敵味方がはっきりしない状態が続いている。
昨日の敵が今日は味方で明日は敵になるのが当たり前のようになっている。
そして敵対勢力は叩き潰しても後から後から湧き出てくるのだ。
まるでもぐら叩きのように……
その原因を作っているのが幕府だ!
幕府は三好の敵対勢力が負けそうになると介入して三好と和睦させている。
そして他の勢力を使って三好にぶつけているのだ。
その後和睦した勢力はある程度回復したら、再び三好に牙を向く。
こうして幕府は、いや将軍義輝は畿内の戦乱をコントロールしている。
修理大夫も将軍義輝が敵対勢力を煽っていることは百も承知しているが、直接将軍が動いている訳ではないので抗議出来ないでいる。
あくまでも幕府は中立であるという姿勢を崩していないからだ。
現在明確に三好と敵対しているのは六角と畠山、そして本願寺だ。
大きな勢力はこの三つ。
その他に丹波の国人衆や、摂津の国人衆などもいる。
特に六角はここ最近では大きな戦をしていないが対三好の最大勢力でもある。
しかし、春先に六角を攻める予定だった三好がそれをせずに今度は畠山を攻めるという。
六角の相手はどうするのかと問うと?
『幕府は六角を見放したようだ』
と言われた。
幕府が六角を見放す?
いやいや逆じゃないのか?
六角が幕府を見放して三好とくっつくなら話は分かるが、幕府が六角を切り捨てることはしないだろう。
ああ、三好と六角が結んだのか!
『三好家と六角家が誼を結ぶことはない』
と言われた。
ますます分からん!
畿内の話は複雑怪奇で俺の手に余る。
ただ霜台が言うには六角が動かないうちに畠山を潰し、本願寺とは争わないと決めているそうだ。
貴重な情報をくれた霜台には感謝感謝しかない。
俺も何かお返しが出来ないかと思ったが何も持っていない。
霜台は気にしなくていいと言ったが、それでは俺の気がすまない。
俺に出来ることが有れば協力すると約束して霜台とは別れた。
ちなみに霜台と連絡を取るために宗易を使うことにした。
何か有れば宗易の魚屋に連絡を入れることを約束したのだ。
俺が宗易の弟子だと言うことは黙っている。
今度魚屋で霜台と会ったときにバラして驚かそうと思っている。
だから宗易と今井彦右衛門には俺が弟子だと言うことは黙っているようにと文を書いた。
今からその時が楽しみだ。
そして、将軍拝謁の日がやって来た。
俺は長尾家の面々と一緒に正装して斯波武衛屋敷に向かった。
初めて訪れる斯波武衛屋敷は大きくて広かった。
堀も深いし幅が広い、櫓まである。
まるで簡易な城のようだ。
これではまるで襲撃されるのを恐れているようだ。
いや、将軍義輝は襲撃されると思っているだろうな?
将軍義輝が京に戻ってきたのは五年前。
それまでは三好が京を抑えていた。
しかし修理大夫は将軍不在が長引くのは不味いと思ったのだろう。
そこで一旦和睦して将軍義輝を京に戻すことにしたのだ。
和睦の条件は幾つかあったが、その中には先の菅領『細川 晴元』の切腹があった。
そもそも将軍家が京を追われたのは細川と三好の確執が原因であった。
史実とほぼ同じ内容で説明すると長くなるので簡単に説明すると……
細川の家臣三好家は先代当主が晴元の策謀で殺されている。殺したのは一向宗だ。
その為、現当主修理大夫は晴元を信用していなかった。
とある国人衆の一人の切腹を機会に、修理大夫は晴元に謀叛を起こして、それに将軍家が巻き込まれた。
これが将軍家が京を追われた原因だ。
修理大夫は別に将軍家を敵視していた訳ではなく、ただ晴元を殺せればよかったのだ。
その為に晴元を排除出来れば将軍を京に戻すと確約した。
幕臣は三好家の接待攻勢を受けて将軍義輝を動かし晴元を切腹。
こうして晴れて将軍義輝は三好が支配する京に戻った。
しかし京に戻った将軍義輝には実権がなかった。
三好に言われるままの生活に我慢出来なかった将軍義輝は、反三好で燻っている勢力を煽って三好に敵対させた。
これが現在の状況だ。
将軍を出来れば排除したい三好と、三好を排除して幕府実権を握りたい将軍義輝の攻防が続いている。
将軍義輝が三好の襲撃を恐れて屋敷を改築するのは当たり前だな。
将軍拝謁の為に俺は長尾家の面々と将軍のいる広間に入った。
上座にはまだ将軍義輝は居ない。
左右には幕臣が座っている。
あ、霜台発見!
俺は霜台に笑顔を向けると霜台も笑顔で返してくれた。
知っている人がいると安心する。
この広間には景虎の側近の中に俺がポツンと一人居るだけなのだ。
利久と半兵衛、護衛は別室に待機している。
うう、なんか緊張してきた。
昨日は龍千代とは会えず、側近の一人に今回の拝謁の説明をされた。
今回の将軍拝謁は景虎が上杉家を継ぎ、さらに関東菅領職を与えられる栄えある場になるそうだ。
そんな歴史的場面に俺は同席を許されたのだ。
嬉しいよりもなんで俺がその場に居ないと行けないのか分からない。
それに側近の斎藤朝信は俺を値踏みするように見てから部屋を出ていった。
アウェイ感が半端ない!
そんな疎外感を感じながらの将軍拝謁である。
精神的にとても良くない状態だ。
早く終わって景虎と会談したい。
この慶事に景虎は気を良くしているだろうから会談はスムーズに行くに違いない!
そうであってくれ!
「上様のお見栄なりー」
う、先に将軍が入ってくるのか?
俺は慌てて頭を下げた。
しばらくしてから声がかけられる。
「皆、面を上げよ」
俺は前にいる長尾家の人達が頭を上げてから頭を上げる。
長尾家の人達は背が高い人達ばかりだが、それでも俺のほうが高い為に少しだけ目立つようだ。
将軍義輝が俺を見ている!
見慣れない奴がいると思ったのだろう。
小首を傾げて見ているのだ。
目立つつもりは更々無かったのに!
義輝は背は百六十くらいだろうか?
目が細くて、鼻がシュッとしている。
白粉が塗ってあるのか顔が白く、唇には紅が目立つ。
顔立ちが整っていてイケメンだ。
この世界の有名人はイケメンばかりなのか?
あ、家康は違ったな!
俺は義輝から目線を外した。
身分の高い人をじろじろ見るのは良くない。
後で難癖をつけられたら困る。
俺が焦っていると名が呼ばれた。
「長尾様 お目見えなりー」
義輝を残して全員が頭を下げる。
俺も慌てて下げた。
ちらっと横を見ると景虎と龍千代が歩いているのが見えた。
「長尾 景虎参上致しました」
凛とした声が部屋に響いた。
うん? 今、龍千代の声がしなかったか?
「久しいな。弾正」
爽やかなイケボだ!
「上様もおかわりなく」
やっぱり龍千代の声だ!
顔を上げたいけど上げられない。
まだお許しが出ていないのだ。
「皆、面を上げよ」
ようやく顔を上げられた。
見れば前に座っているのは龍千代と景虎?
でも上位にいるのは龍千代で景虎が少し下がって座っている。
へ、なにこれ。
俺の頭は真っ白になっていた。
しばらくぼーとしていたら龍千代が頭を下げたので長尾家の人達が頭を下げた。
それに気づいて俺も慌てて下げた。
何か言っているのは分かるのだが、何を言っているのか分からない。
再び頭を上げるとまだ義輝と龍千代が話をしている。
え、え~と龍千代が景虎なのか?
じゃあ、あそこに座っている景虎は誰なんだ!
凄く質問したい気持ちでいっぱいなのに誰にも問えないのがもどかしい!
俺が悶々としている間も時間だけは過ぎている。
そして、義輝のある一言が聞こえた。
「近江に赴き六角と共に浅井を潰せ」
爽やかイケボから飛んでもない言葉が飛び出した!
将軍義輝の浅井潰す発言が発せられたのだ!
爽やかイケボは誰が似合うかな?
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