第百四十八話 長尾 龍千代
私は長尾 弾正少弼 景虎
でも親しい人には龍千代と名乗っている。
父上は私に虎千代なんて付けたけど、母上が虎より龍が強いと言って龍千代に変わった。
だから母上は私を龍かお龍と言うの。
私もその名前が気に入っている。
そして周りからは戦の神毘沙門天の化身なんて言われてる。
私が言ったんじゃないわよ。
宇佐美のじいが言ったのよ!
私は迷惑だと言ったのにいつの間にか家臣達がそう言い出したのよ。
まったくじいはなんであんなこと言ったのかしら?
私が毘沙門堂を詣るのは母上の影響なのに……
確かに戦は好きよ。
こう血がたぎると言うか、燃えると言うか。
生きてる感じがするのよね!
でも毘沙門天の化身は言い過ぎよ。
父上が亡くなって兄上が家督を継いだけど、兄上は体が弱いから家臣達の謀叛が後を絶たなくて困った状態だった。
私は兄上に代わって謀叛の討伐を行っていたの。
そもそも私が長尾家を継ぐ予定なんてなかったのよ!
兄上は姉上を上田長尾家の六郎兄上に嫁がせて、六郎兄上の上田長尾家を府中長尾家に代わって越後守護代にする予定だったんだけど……
そこに横槍を入れたのが宇佐美のじいなのよ。
じいは古志長尾家に働きかけて私を兄上に代わって当主に据えたの。
私は嫌だと言ったのに家臣達が私を担ぎ上げてしまって断れなかったのよね。
でもそのせいで、姉上を古志長尾家に嫁に出すことになってしまって、六郎兄上を怒らせてしまったの。
六郎兄上と姉上が両思いであったのは家中では誰も知らなかったのよ。
怒った六郎兄上は姉上を嫁にするために謀叛を起こしてしまって、そのせいで上田長尾家を取り込もうと考えていた兄上の計画は駄目になってしまった。
おまけにじいは私を六郎兄上に嫁がせる気だったのよ!
確かに六郎兄上は戦に強いし、優しいから夫として申し分なかったけど、姉上が六郎兄上を慕ってると知って諦めたの。
でもそれで良かったと思うわ。
六郎兄上はその当時は私の視線に耐えられなかったし。
じいは三つに別れた長尾家を纏めようとしていたけど、肝心の私達のことを何も分かってなかったのよね。
お蔭で越後は滅茶苦茶になってしまった。
なんとか六郎兄上の謀叛を鎮圧することが出来たのは姉上のお蔭。
姉上は六郎兄上に文を書いて降伏するように勧めたの。
そして、講和の条件に姉上を嫁にするということを盛り込んだ。
後はトントン拍子に話が進んで姉上は無事に六郎兄上に嫁いだ。
そして今の姉上は六郎兄上と幸せに暮らしている。
でもこの謀叛のせいで上田長尾家は家中では信用されなくなってしまったのよね。
本当にじいは余計なことをしてくれたわよ!
次の長尾の家督を継ぐのは姉上の子で卯松が継ぐ予定よ。
これは私が決めました!
卯松は姉上の子だから府中と上田の血を引いているから適任なのよ。
私が婿取りして子供を産むよりは、卯松を養子にしてとっとと後継者に指名したほうが家中の混乱は少ないわ。
それに私の決定に逆らって謀叛を起こして勝てると思うならやればいいわ。
その時は、完膚なきまでに叩き潰してあげる。
今のところは大人しくしてるけど、不満を抱えてる国人衆は多いわ。
早く謀叛を起こしてくれないかしら?
そうすれば私の側近達に土地を分けてやれるのに。
そうして二度目の上洛の時に藤吉と会った。
初めて男に助けられて少し嬉しかった。
それに私の視線に目をそらすこともなかった。
私が困っていると相談にも乗ってくれた。
こんな男は今まで会ったことがなかった!
買い物に付き合って貰ったときにはもう決めていた。
藤吉を長尾家に越後に連れていくと!
でも邪魔が入った。
あの女、織田市。
聞けば藤吉の主と言っていたが、たかが守護代の家臣でしかも陣代。
私は由緒ある越後守護代の当主。
比べるほうがおかしい。
でも市は退かなかった。
お蔭で余計な勝負をして、しかも六郎兄上に見つかって勝負はお流れ。
諦め切れない私は藤吉を直接誘ったけど、駄目だった。
初めてだった。
私の誘いを断った者は。
でも断られてから無性に欲しくなった!
私は欲しい物は必ず手に入れた。
今度もそうなる。
藤吉は私の物だ。
今度の将軍との謁見で、私は越後守護である上杉家を継ぐことに成っている。
しかも関東菅領職も私が継ぐ。
この私の晴れ舞台を見れば藤吉も私を見る目が変わるはずだ。
その後にもう一度誘う。
今度は断らないだろう。
私は三年も待ったのだ。
もうこれ以上待つことは出来ない。
でも、もし断られたら……
先日も二人きりで話して断られた。
もしかして私に魅力がないのか!
いや、そんなはずはない。
私の側近達は私の夫に選ばれる為に必死に鍛練を積んでいる。
私に魅力がないなんてそんなことはない!
でもどうだろう?
は! そう言えばあの時藤吉は侍女を連れていた。
男装していたがあれは女だった。
私が見間違うはずがない。
ちょっと嫉妬したので睨んでやったら失神してしまった。
藤吉にはバレていないと思うが内心驚いた。
お蔭で二人きりになれたのだが、あの侍女は胸がなかった。
姉上が男は胸がない女を好む者もいると言われたことがある。
もしかしたら藤吉がそうなのか?
私は母上と姉上に似て胸が大きい。
これが原因だったらどうしよう?
ええい、悩んでもしょうがない。
最後の手段として同盟話を盾に迫ればいい。
ちょっと卑怯かと思うが私はそれほど藤吉が欲しいのだ。
津島の堀田からの文を見れば見るほど藤吉が欲しくなった。
市には藤吉は勿体ない。
私なら藤吉をもっと活躍させられる。
将軍拝謁を明日に控えて私は六郎兄上と話をしていた。
「兄上、藤吉には直前まで黙っていてくださいよ!」
「龍よ。また私を影にするのか?」
六郎兄上には私の影武者をしてもらう時がある。
毘沙門天の化身と言われてから周りの勢力は私が女だと思ってない。
それを利用してじいが六郎兄上を私の代わりに仕立て上げたのだ。
「ふふふ、藤吉の驚く顔が目に浮かぶわ」
「はぁ、前もそれで将軍様を驚かせて対処に困ったではないか?」
「あれは向こうが勝手に誤解しただけです。私の責任ではありません!」
将軍もその側近も兄上を長尾景虎だと勘違いして大変だった。
あれは私は悪くない。
「今度は驚くよりも困惑させるだけではないのか?」
「藤吉も勝手に誤解してるだけです」
ふふふ、藤吉もきっと驚いてくれるわ。
「なぁ龍よ。本当のことを話してからが私はいいと思うぞ。藤吉が驚いて将軍様の前で粗相をしたら大変ではないのか?」
「う~ん、大丈夫でしょう。藤吉はあれで結構度胸が有ります。心配しなくてもいいでしょう」
私の視線に耐えられるのだ。
将軍を前に緊張などしないだろう。
「そうか。だが守護就任と関東菅領に任じられた後に、将軍様がまた無茶なことを頼まないかとそれも心配だ」
「それも大丈夫でしょう。今回の上洛も千人ほどしか連れてきていないのです。何を頼まれても断れますよ」
前の上洛のときは大軍を率いて来いと無茶を言っていた。
私は将軍が馬鹿じゃないのかと思った。
「霜台はそうは言ってなかったぞ。将軍様はお前に兵を率いさせたいと言っていたそうだ」
「あら、それは魅力的なお願いですね?」
「面白がるな! 面倒は避けるべきだ」
将軍なんて利用できるだけ利用すればいいのよ。
私は越後が平和なら他はどうでもいいのよ。
あの将軍、足利義輝は将軍の器ではないわ。
それを自覚すればいいのに将軍であろうとするから無理がでるのよ。
三好修理大夫も苦労してるようだし、早く京を離れるべきよね?
私はそう思っていたのだけれど……
「早速ではあるが上杉弾正よ。そなたに頼みがある」
「頼みですか?」
「近江に赴き六角と共に、浅井を潰せ」
また、無茶を言わないでよ。
私がどうして浅井と戦しないと行けないのよ!
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