第百四十七話 似た者同士にて候う
……困った。
なぜ俺が将軍『足利 義輝』と会わないと行けないのだろうか?
龍千代から景虎と会う為の条件として将軍拝謁に同行するように言われて、俺はこれを受けた。
とにかく景虎と直接会って同盟話を進めないと行けない。
そして武田包囲網を作り上げて『武田 信虎』を倒す!
それが織田家を守る為であり、俺の家族を守ることに繋がる。
でも将軍拝謁はないよな?
龍千代から拝謁日時を聞いてから退室して、前日には迎えを寄越して貰うことになった。
本来なら半兵衛と利久に相談して決めるべきところであったのに、半兵衛が倒れたことで相談する機会を失ってしまった。
その倒れた半兵衛であるが、なんでも部屋に案内されるまで緊張で震えていたところに、龍千代のあの目に圧倒されて気がつけば意識を失ってしまったそうだ。
やっぱりポンコツなのか半兵衛?
宿に戻って長姫と相談したのだが将軍と会えるいい機会だからと喜んでくれた。
当日は一緒に行けないのでその後の景虎との交渉では同席することになった。
長姫は今川と長尾の同盟話を一緒にする為だと言っているので、俺はちょうど良いかもと思って許した。
長姫は景虎と面識があるので一緒でも構わないだろう。
心配なのは龍千代と会わせないことだ。
長姫と龍千代は絶対に合わないと思うからだ。
何がとは言えないがこの二人は合わない。
市姫様と龍千代が合わないことと一緒だと思う。
そして、拝謁の日の前日を迎えた。
その日の昼間には長尾家から迎えが現れて俺は利久と半兵衛、それに護衛を連れて再び長尾家の宿に向かった。
宿に着くと俺達は奥の部屋に通された。
そこにはすでに先客が居て、俺達を待っていたようだ。
そこに居た人物は四十後半くらいの男で、白髪の混ざった髪、身長は座ったままなのでよく分からないが平均的な身長だと思う。
物腰は柔らかで笑顔を見せている。
どうぞ、と席を勧められた俺はその人の対面に座る。
利久と半兵衛は俺の後ろだ。
しかしこの人、イケメンだな。
信光様以来のナイスミドルだ。
『明智 十兵衛』がもうちょっと歳を取るとこんな感じになりそうな顔だ。
あまり好きになれない顔だよ。
この人も十兵衛と同じようにモテるんだろうな?
「私は『三好 修理大夫』様が臣にて『松永弾正』と申します。以後お見知りおきを」
丁寧に頭を下げた男は松永弾正を名乗った。
この人が松永弾正か!
『松永 弾正 久秀』
三好家における秀吉、もしくは十兵衛にあたる人物だ。
出自がはっきりしない人物で、長慶の右筆に抜擢されてからは日の出の勢いのように実績を重ねて重用されている。
長慶が亡くなる頃には実質三好家を差配していたのはこの男だ。
長慶が亡くなってからは三好三人衆と共に将軍殺しに加担したと言われている。
その後、信長の上洛の折りに臣従して、最後は信長に対して二度の謀叛を起こして戦死している。
あの『斎藤 道三』と負けず劣らずの策謀家で、『宇喜多 直家』と合わせて三大梟雄と呼ばれている。
秀吉と同じ成り上がり者で主家に取って変わった人物のように見えるがそれは違うように思われる。
久秀が三好家を支えなければ三好家は無くなっていただろう。
この男は単純に理解出来るような人物ではないのだ。
「私は織田家が臣にて木下 藤吉と申します」
俺も自分の名前を名乗って頭を下げる。
「おお、貴方が木下殿ですか。長尾様から色々と聞いておりますぞ。私は貴方の話を聞いてから一度お会いしたいと常々思っていたのです。今日は明日の将軍様との謁見の為に長尾様と話をしていたところなのです。そして長尾様が珍しい御仁を呼んでいるから会うように言われて、待っていたのです。まさか、その御仁が木下殿とは長尾様もお人が悪うございます。ははは」
口調はゆっくりとしていて声に喜色を感じる。
俺に会って喜んでいるのも分かる。
でもそれをそのまま鵜呑みにするほど、俺もバカではない。
しかし景虎は俺の事を周りに話しているのか?
おそらくは龍千代が景虎に話したのだろう。
これは良いぞ。
景虎の俺に対する好感度は結構高いかもしれない。
「私も松永様と一度お会いしたいと思っておりました。ここで貴方様とお引き合わせくださった長尾様に感謝したいですよ。ははは」
ここで弾正と会ったのは大きい。
三好の内情とは行かなくてもせめて方針くらいは聞き出したい。
「して、藤吉殿とお呼びしても宜しいかな?」
「構いません。松永様」
「松永様とは堅苦しいですな。私の事は弾正とも霜台ともお呼びくだされ」
霜台? ああ、確か弾正の唐読みだったかな?
「では霜台様では?」
「ふふ、様は入りませぬ。藤吉殿」
「では、霜台殿で?」
「ふふ、宜しいでしょう」
ふぅ、名前を呼び合うにも緊張するな。
「藤吉殿。後ろの方々を紹介して頂けますでしょうか?」
「ああ、これは失礼しました」
利久と半兵衛が軽く挨拶する。
すると霜台は半兵衛をちらりと見て俺に問いかける。
「中々の美童ですな。うらやましいですな、藤吉殿」
うえ、半兵衛を俺の小姓と思ったのか?
これは訂正しないと!
「ははは、そうなのです。藤吉様は可愛いおのこが好みなのですよ。まったく困った主にて私も苦労しているのです」
てめえ、利久!何を言っている?
「あ、あの、私は」
よし、半兵衛。訂正するんだ!
「半兵衛も一度言ったほうが良いぞ。毎夜相手するのは大変だと。なんなら俺が代わってやっても良いぞ」
「へ、あ、あの、そんな」
あ、こいつからかいモードに入ってやがる。
「あの、霜台殿。これはこいつの嘘ですから本気にしないでくださいよ」
「ははは、分かっております。これはここだけの話ですな。大丈夫です。分かっておりますよ」
本当かよ?
「利久もいい加減なことを言うな!」
「おっと、これは失礼致しました。藤吉様」
く、こいつは!
「ははは、仲の良い主従にて微笑ましいですな」
「そ、そうですね。ははは」
その後は他愛もない世間話をしていた。
当たり障りのない話で中々核心に触れることが出来ない。
しかし、霜台は俺に自分の過去のことを一部教えてくれた。
俺が織田家の右筆であることを知って自分を重ね合わせていたそうだ。
「私が修理大夫様にお仕え出来たのは幸運でした。なんの後ろ楯のない私を修理大夫様は信用なさってくれたのです」
武家社会では伝と後ろ楯は必須だ。
それがないと仕官するにも仕官した後も苦労するからだ。
その点俺は霜台と一緒で幸運だった。
「私は修理大夫様の恩に報いようと必死だったのです。今の藤吉殿のように無茶で後先考えずにただただ修理大夫様の御為と思い働いていたのです」
霜台は後世に言われるような義理のない男ではないようだ。
この話が本当ならな?
「そして今では私は大和を与えられ、幕府の末席に名を列ねるようにもなった。これも全て修理大夫様が私を見出だしてお側に置いて頂いたお蔭なのです。藤吉殿も織田市様には一方ならぬご恩をお持ちでしょう。ならば私の想いも分かって頂けましょうや?」
確かに霜台の言う通りだ。
俺は市姫様に拾われた存在だ。
市姫様が俺を捨てない限りは、俺が彼女を捨てることはないだろう。
は!なんか俺、霜台に影響を受けてる?
こんなことは初めてのような気がする。
「霜台殿が修理大夫様を大層お慕いしているのが伝わりました。私も主である市姫様をお慕いしております」
「おお、藤吉殿と私は似た者同士ですな! これからも親しくして頂けると有難い」
「それはこちらからもお願い致します。霜台殿と私は同じ想いを持つ同志です!」
「藤吉殿」「霜台殿」
俺と霜台は互いの両手を重ねた。
霜台の目に涙が見える。
ついでに俺も泣いている。
なんかこの人、思ったより熱い人なんだな?
俺もなんか熱くなってしまった。
これが俺と松永弾正久秀との出会いだった。
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