第百四十五話 淀川を上りて候う
第七章スタートです!
長尾家が京に着いた報告を受けて俺は堺を後にした。
ちなみに九鬼嘉隆は留守番だ。
俺は嘉隆を信用していない。
それにあのお調子者の事だから龍千代に会って失礼なことをしてしまうかもしれない。
その場合、兄である景虎がどうでるか分からない。
最悪、同盟どころか全員無礼討ちにあう可能性すら有りうる。
その為、千宗易に預けることにした。
彼には好きに使っていいと伝えている。
せいぜいこき使われるといい。
嘉隆自身は付いてくると言い張ったが、利久が黙らせた。
いつの間にか利久は嘉隆を舎弟にしていたようだ。
利久に命ぜられると嘉隆は項垂れて渋々頷いていた。
ちゃんと宗易の言うことを聞いていれば何か褒美でもやろうか?
嘉隆を堺に残して俺達は堺を出て淀川を上り京を目指す。
しかし、この辺りは本当に現代地図とは違うのだと改めて思った。
支流が多いし、川幅も違う。
これでは現代地図を持っていてもどこがどこだか分からない。
ついでに山々も違っているのだ。
ここに来る前に地図を写して持ってきていたのだが街道も一部違うので返って迷うことになりそうだ。
今はひたすら道筋を覚えながら地図に書き足している。
「あら、藤吉。案外器用なのですね?」
「ここでも地図を書いてるのか?」
長姫と利久が俺の書いている地図を覗きこむ。
船から降りて休憩している間に俺は地図を書いている。
もちろん一人でやっている訳ではない。
「半兵衛。そこは違う」
「え、何処ですか?」
「半兵衛ちゃん、ここだよ」
半兵衛と朝日に手伝わせている。
船に乗ってからキャーキャー騒ぐ朝日に注意するよりも仕事を与えたほうが煩くないと判断したからだ。
朝日は俺に頼られて嬉しいのか二つ返事で了解した。
そして、半兵衛は俺が地図を書いているのを見て自分から手伝ってくれた。
「朝日。そこは違いますよ。ここはこうです」
寧々は朝日の補助をしている。
地図の重要度は高い。
ましてや来たこともない場所なら尚更だ。
こういう地味な事が後々役立つはずだ。
……役立つよな?
急いで京に向かう必要はなかったのでなるべく時間をかけて移動している。
護衛として連れてきた二十人のうち、五人を先行させて宿の手配などさせている。
馬や輿を使って移動することも考えたが長姫が歩くことを提案したので止めた。
「こうして自分の足で京に向かっている実感を得たいのですわ」
この長姫の感覚が俺にはよく分からない。
しかし、彼女には重要なことなのだろう?
重要だと思っていない者もいるが……
「朝日こんなに歩いたの久しぶりだよ。それにお兄ちゃんと一緒に旅するのも初めてで嬉しいよ」
く、朝日の言葉に泣けてくるぜ!
「そういえば藤吉様と一緒に旅をするなんて思ってなかったですけど、楽しいものですね」
寧々は優しいよな?
この旅で寧々の優しさに何度癒されることか?
それに比べてこの二人は?
「姫様。あの辺りで兵を休ませられませんか?」
「そうですわね。でもそんなに多くは無理そうよね。あっちのほうが開けてるみたいだから、あっちが良くないかしら?」
「そうですね。あ、あそこで兵を伏せるのはどうでしょう?」
「悪くないですわね。半兵衛、よく気づいたわ」
「そんな、う、嬉しいです」
おーい、ここで戦するつもりなのか?
長姫と半兵衛は道すがら用兵について談義している。
もしかしてわざわざ歩いているのはこの為なのか?
「くぅ~ここの酒は旨いな! 京に近いからか結構いい酒が手に入るぜ」
この酔っぱらいはどうにかならんのか?
堺を出てからずっと酒ばかり飲んでやがる。
そうだ! 確か景虎は塩を肴に酒を飲むほどの酒好きだ。
もし長尾家で酒宴に付き合わされることになったら、こいつを差し出そう!
きっと景虎もこいつを気に入るはずだ。
うん、そうしよう、そうしよう。
そんなこんなで京を目指しているのだが、京に向かう前に大坂の石山本願寺を見たかったがこれは断念した。
かなり寄り道をする羽目になりそうであったし、それに宗易からも止められていた。
「本願寺は飢民(難民)を受け入れており、治安が悪うございます。お立ち寄りは控えたほうが宜しかろうと」
昨今の戦続きで近畿地方は難民が多い。
そしてそれを本願寺は受け入れている。
全国に門徒を持ち本拠地である石山本願寺には大量の銭と食料があるのだ。
本願寺は大量の難民を受け入れてそれらに武装させている。
物騒極まりない!
本願寺は元は京に本拠地が有ったが他の宗教と争いになった結果、本堂を焼かれて都落ちさせられたのだ。
しかも、朝廷から退去命令まで出されてだ。
これだけ聞くと一向宗が可哀想だと思えるがそうではない。
実は一向宗も他所の寺を襲撃して寺を焼いている。
つまり一向宗が京を追われるのは自業自得なのだ。
これを宗易から聞かされた時は宗教って何だろうかと本気で思ったよ。
そして、この世界でもやっぱり一向宗は色々とやらかしている事が分かってため息しか出なかった。
長島の状況を知っていたのでこの世界の一向宗は史実通りなのか、と思っていたが裏取りが取れたので確信を持てた。
やっぱり一向宗は必要ない!
この巨大な宗教組織の解体をどうするか?
知恵袋達と相談しないといけないな?
でも今は一向宗の事は優先すべき課題ではない。
それと遠目ではあるが飯盛山城を見ようと思ったが出来なかった。
飯盛山城は芥川城と合わせて京における三好の最重要拠点だ。
近くを通ると怪しまれるのでほぼ素通りすることにしたが、遠くからでも見れないかと思ったが無理だった。
かなり警戒しているのか、城に続く街道に兵士が立っていたのだ。
これでは近づこうとも思わなかった。
しかしこれで宗易の言っていた戦が近いという話は現実味を感じる。
これは稲刈りが終われば兵を集めて戦を起こすのかもしれない。
そうなるとどことやるのかだが?
畠山を攻めるのか、六角を攻めるのか、それとも丹波を制圧するのか?
三好長慶がどこを重要視しているのかで変わってくる。
でもまあ、その時には俺達はここにはいないから関係ないけどね?
せっかく和泉摂津山城と来たのに本願寺や三好の拠点を見ることが出来なかった。
残念ではあるがしょうがない。
優先課題をこなしてさっさと尾張に帰ることにしよう。
なんせ新婦を二人も待たせているのだ。
なるべく早く帰るとしよう。
ようやく京に着くと一旦宿に泊まってから長尾家にアポイントを取ることにした。
いきなり来ていきなり会ってくれなんて失礼なことは出来ない。
こっちにはこっちの事情が有るように、向こうには向こうの事情があるはずだ。
それには根回しが必要だ。
まずは龍千代に会ってそれから景虎と話をする。
龍千代がどんな事を言い出すのかはある程度分かっている。
しかし、あれから三年が経っているのだ。
龍千代の俺に対する興味はもう無いだろう。
何かしらの要求が有るだろうが、それは銭か、物か、のどちらかだろう?
そのどちらかを要求された時に備えて今井彦右衛門と千宗易の二人と誼を通じたのだ。
ふふ、今の俺なら大抵のことを言われても用意出来る自信がある!
さあ、どんなことでも言ってみるがいい!
「藤吉。私の物になれ、長尾家の家臣になれ!」
のおおおお━━━!
全然変わってなかったよ!
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