第百四十一話 朝日の商談?にて候う
日ノ本で今一番活気のある街『堺』
俺はそんな街を数名の供を連れて歩いている。
物珍しい物を見ることなくキョロキョロと周囲を見渡している。
朝日、朝日、朝日はどこだ!
「おい、藤吉。ものすごく怪しい人に見えるぞ?」
「うるさい、黙れ。俺の集中を乱すな。それよりもお前も朝日達を探せ!」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですわよ。それよりも流石は堺ですわね。わたくしの見たことのない物がたくさん有りますわ」
長姫は珍しい物と言っているが、俺には別に珍しいと思う物はない。
「長姫。あんまり目立つなよ。騒動はごめんだからな?」
「ふぅ、藤吉がそれを言いますか?」
長姫は今は小袖姿に髪を結っている。
いわゆる街娘姿と言うやつだ。
しかし、育ちの良さを隠しきれないのか。
長姫に目を奪われる人が多い。
街の人の無遠慮な目が長姫を見ている。
だが、当の本人はそれを全く気にしていない。
「確かに姫さんは綺麗だけどな。それよりもお前が目立ってると思うぜ!」
「何を言っている。お前の方が俺よりも目立ってるだろうが!」
利久の背は百八十を超えている。
俺と利久が並び長姫が後ろを歩いてるが、明らかに俺達は回りより背が高く、頭一つ二つ分くらい違うのだ。
その為に目立つ、目立つ。
それに利久の持つ刀も目立っている。
利久の刀は俺の持っている物よりも大きくて重い。
物を斬ると言うよりは物に叩きつけると言った方が正しいような刀だ。
利久はこの刀を振るってあの籠城戦を戦ったのだ。
この刀で斬られた相手はその分厚い刃で潰れていた。
まるで鈍器だ。刃物じゃない。
そんな豪刀に手をかけて歩いている姿はまるで喧嘩相手を探しているようにも見える。
明らかに俺よりもこの二人が目立っているはずだ!
「大将も十分に目立ってると思いますよ?」
お供の護衛から言われたがそんな事はないはずだ。
俺はあの二人よりもまともだ!
そして俺は朝日を探すべくキョロキョロと周りを見た。
「「「目立ってるよな?」」」
ふん、お前らうるさいぞ!
ふぅ、しかし広い街だな?
これじゃあ、朝日達を見つけるなんて出来ないぞ。
どうするかな?
「とりあえず市に着いたら朝日達のことを聞いて回るか?」
「そうですわね。そのついでに『納屋』の場所も聞いておきましょう?」
「どうでもいいけど腹が減ったな? 早くなんか食おうぜ?」
利久の意見なんてどうでもいい。
俺達は堺の中心部にある市場に向かって歩いていた。
※※※※※※
「彦右衛門さん。これとこれをください」
朝日は彦右衛門さんが用意した簪と櫛を見せてもらってた。
そして、小六姉と犬姉に上げる簪を選んでるんだよ。
でも一目見てこれだ!と思う物を選んだんだよね。
「ほうほう。これはお目が高い。手前が用意した中でも逸品中の一品ですな。中々に値が張りますぞ?」
「あの~おいくらですか?」
寧々ちゃんが恐る恐る聞いてる。
「こちらの簪は二十貫。そしてこれが二十四貫ですな」
「え!そんなにするの?」
「材料が中々手に入らない物ですし、私の御抱え職人による物です。値が張るのは当たり前ですよ?」
むう、この彦右衛門って人。
朝日を試してんてるんじゃないの?
どうみてもそんな値がつく代物に見えないよ!
「モグモグ、モグモグ」
「いやはや。半兵衛殿は落雁が気に入った見たいですな。ははは」
半兵衛ちゃんは与四郎さんと茶を飲んでる。
もう、半兵衛ちゃんは頼りにならないんだから!
「その、もっとお安いものはありませんか? 私達今は手持ちが少ないので」
「そうですか? 与四郎の紹介ですからこの値になりますが、本来はもっと高いのですよ?」
寧々ちゃんが交渉してるけど駄目みたい。
どうしようか?
こういう時、お兄ちゃんならどうするかな?
あ、そうだ!
「寧々ちゃん。もう帰ろうよ。これは朝日達には高すぎるもん」
「おやおや。これは困りましたな?」
「別に朝日達は困らないよ? それより彦右衛門さん。明日、改めて彦右衛門さんの店を訪ねるから場所を教えてください」
「ほうほう、なるほど」
別に焦って今買う必要はないよね。
堺にはまだまだ滞在する予定なんだから。
それにお兄ちゃんと一緒なら安心だもんね。
「そ、そうね。彦右衛門様。こんど改めて品を見せて貰えないでしょうか?」
「ふふふ、即決を避けましたな。中々に面白い。よろしいですよ。今日は私の店の品を見ていただくのが目的ですからな」
あ、そうなんだ。
「モグモグ、うん。顔繋ぎですよ。朝日様」
「まあ直ぐに物を買うのは感心しませんからな。物を買うのはもっとよく人を見ないといけませんな? 特に高い買い物は」
「もう!半兵衛さん。知ってたんなら早く言えばいいでしょう?」
寧々ちゃんの言うことはもっともだよ!
「長姫様からはただ守るように言われてるだけですから」
「ははは、半兵衛殿は面白い方ですな」
そうだった。
半兵衛ちゃんってこういう娘だった。
「では、明日。手前の店にて皆様をお待ちいたしましょう」
「ありがとうございます。彦右衛門様」
寧々ちゃんが頭を下げるけど朝日は下げないよ。
お兄ちゃんが商人に頭を下げるのは商談?が成立?した時だって言ってたもん。
「直ぐに帰られるよりは手前が茶を点てますので、それをお飲みになって帰られては如何ですかな?」
「はい。もっと食べたいです!」
「ほほほ、半兵衛殿。私も茶を点てますので飲んでいってくださいませ」
「はい。頂きます!」
「もう、半兵衛さんは!」
朝日達は与四郎さんと彦右衛門さんが点てた茶を飲んで帰ったんだよ。
それにしても与四郎さんが点てた茶の湯呑みって黒い湯呑みだったんだよ。
与四郎さんって『千 宗易』の湯呑みを持ってたのかな?
お茶と茶請けを頂いて朝日達は魚屋を後にしたんだ。
ギザギザ豆粒をお土産に貰ってね。
ギザギザ豆粒は『金平糖』って言うんだって。
この堺からずっと西の方から来た人達が持ってきた物なんだって。
お兄ちゃんはこの金平糖を気に入ってくれるかな?
あ、そう言えば帰り際に与四郎さんと彦右衛門さんが『木下様によろしく』って言ってたけど、朝日、お兄ちゃんのこと与四郎さん達に言ってたっけ?
う~ん、多分半兵衛ちゃんが教えたのかな?
ま、いっか。
早くお兄ちゃんの所に戻らないと?
きっとお兄ちゃん、朝日のこと探そうとして長姉に止められてるかも知れないもんね。
※※※※※※
あ、あれって朝日達じゃないか?
「おーい、朝日!」
「あ、お兄ちゃん!」
やっぱり朝日だ! 良かった!
市場に入って直ぐに朝日に会えたのは俺の日頃の行いの賜物だな!
「お、朝日達じゃないか。良かったな、藤吉。これは俺の日頃の行いが良かったからだぞ」
「お前じゃないよ」
「ほら、藤吉。大丈夫だったでしょ」
「ああ、長姫の言った通りだったな」
俺達は朝日達と合流すると市場をぐるっと回って帰ることにした。
出来立ての饅頭を頬張りながら歩いていると朝日が市場での出来事を教えてくれた。
「それでね。与四郎さんが器を持ってう~ん、う~んって言ってね。器を叩きつけたの。それでね。………で朝日は彦右衛門さん達のお茶を飲んで帰ったんだよ」
う、う~ん?
与四郎、彦右衛門?
黒い湯呑みの『千 宗易』?
ま、まさかな。
いくら何でもそんな事はないよな?
「ちょっと半兵衛。なんでもっと時間をかけないの。貴女には朝日達を藤吉から遠ざけるように頼んだでしょ? 遅くなっても夕方までには帰ってくるように言ったでしょうに」
「でも、その、朝日様が帰ると言うので」
……今の会話は聞かなかった事にしよう。
市場から嘉隆が取っていた宿に戻った。
嘉隆や留守番の者達には買ってきた饅頭を与えて、俺は寧々と半兵衛から詳しい話を聞いた。
「はい。金平糖と落雁が美味しかったです!」
「お前は食ったことしか覚えてないのか!」
このポンコツ半兵衛め!
「はぁ、藤吉様。明日は彦右衛門さんの店を訪ねる約束をしています。一緒に行ってもらえますか?」
寧々が疲れた目で俺にお願いする。
きっと大変な一日だったんだな。
すまん寧々、でもな?
「朝日が小六達のお土産を買うんだろう? 俺が居なくても大丈夫だろう?」
帰って来てから長姫の機嫌が悪いんだ。
明日は一緒に時間をかけて堺見物をする約束をしている。
そのついでに『納屋』を訪れる予定だ。
今日の様子だと朝日達三人に利久を護衛に付ければ大丈夫だろう。
寧々の負担が大きいとおもうがしょうがない。
「その、思ったより銭がかかるのです。私達ではとても払えません」
そうだよな。
貴重な金平糖をお土産に渡すくらいだ。
銭がかかるよな。
うん? 金平糖?
「ちなみにその彦右衛門さんの店の名前はなんて言うんだ?」
「えっと、確か……」
「納屋です。それに与四郎さんのお店が魚屋です」
キリッとした顔で答える半兵衛。
普段からそんな感じなら良いのに!
うん? 納屋? 魚屋?
「もしかして彦右衛門って、今井彦右衛門か!」
「はい。そう名乗っていました。それに藤吉様の事を知っていたみたいです」
なんたる偶然!
それに俺の事を知っていたなんてどういう事だ!
は、まさか!
「半兵衛。お前何か言ったのか?」
「え、あー、主は誰かと聞かれました。それで藤吉様の名前を言いました」
それを先に言えよ!
それにしても彦右衛門が俺を知っていたなんて驚きだ。
これは早くも今井彦右衛門とご対面だな。
さて、明日はきっと今日よりヘビーな日になりそうだ。
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