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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第六章 伊勢征伐と勝頼来訪にて候う
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第百三十八話 船旅にて候う

 長尾家との同盟交渉の為に上京する事になった俺は船を使って一路和泉『堺』に向かっていた。


 その船内でここには居ないはずの人達が乗っていた。


「な、な、なんでここに居るんだよー!」


「あ、お兄ちゃん!」


 朝日が俺目掛けてタックルしてきた。

 ぐふ、最近大きくなった朝日のタックルは腰に来るぜ。


「あらあら藤吉。わたくしを置いていこうとした罰ですわ」


 扇子で口元を隠す長姫。


「すみません藤吉様。お話しようと思ったのですが、姫様に止められて」


 寧々が俺に頭を下げる。


「は、半兵衛!」


「はい。私も知りませんでした。さっき船内で会ってその……」


 右手を上げて答える半兵衛。

 く、こいつやっぱりポンコツか?


「左京進に頼んだんですのよ。わたくし達をこの船に乗せるようにと」


 友貞か! 確かに奴なら長姫に逆らえない。

 そして、顔を青くしている嘉隆は……


「すんません、すんません。荷を確認したんですけど。本当にすんません」


 その場で俺に土下座した。

 危機回避能力は有るようだな?


「どうするんだ、藤吉? 引き返すか?」


「はぁ、もう遅い。長姫がここに居るということは市姫様の了解があってのことだろう」


 そうだ。もう遅い。

 ここから引き返しても結果は変わらない。

 変わらないが……


「なんで朝日まで一緒なんだよ!」


「あら、朝日はわたくしの侍女なのですから居て当たり前でしょう?」


「寧々は?」


「寧々は朝日の教育係ですのよ?」


 俺は頭を抱えた。


 長姫はああ見えて剣の達人だ。

 何でも『塚原 卜伝』から剣術を学んでいて目録を貰っているのだ。

 塚原 卜伝と言えば、『上泉 信綱』と並び称される剣豪中の剣豪だ。


 戦国きっての剣豪から剣を学んでいるのだ。

 そこらの奴らなんか相手にならない。

 それに素手でも強いからな彼女は。


 でも朝日は護身術なんて習ってない。

 俺が少しだけ手解きをしたことがあったが、お世辞にも才能が有るとは言えない。

 そんな朝日を連れて来るなんてどうかしている!


 それに寧々まで一緒なのかよ。


 寧々は家の居候の中でも常識人だ。

 どこかずれている居候達の良心なのだ。

 彼女が居なくなった家の屋敷はどうなってしまうのか?


 うん?


 俺は利久を見てから長姫を見た。


 あー、問題児達はここに居るか。


 なら、残っているよりは一緒に居て長姫を抑えてもらうことにするか?


 俺は朝日の頭を撫でてから言った。


「皆から離れるんじゃないぞ?」


「うん!」


 朝日は笑顔で答えてくれたが先行き不安だ。


「良いですわね。わたくしも撫でて欲しいですわ」


「わ、私も……」


 大人二人は放っておいた。



 船旅は快適…… とは行かなかった。


 途中で船酔いした俺は船内でゲエゲエ吐いている。

 そんな俺を介抱してくれたのは寧々だった。


 ごめんなさい。俺が問題児でした。


 俺が船酔いで参っている時、朝日は元気だった。

 それに長姫や利久もケロッとしていた。

 現代人の俺にはこの船の揺れは耐えられなかったようだ。


 なんとも情けない。


 ちなみに俺達が乗っているのは『関船』と呼ばれる物だと思う。

 関船とは、この船で他所の船に乗り付けて関銭(通行料)を取っていた事から付いた名前だそうだ。


 実際は違うだろうが俺が知っている『弁才船』とは違うから多分この船は『関船』だろう。


 なんせ船に矢倉が有るんだからな?


 これを大きくしたのが『安宅船』と呼んで、漕ぎ手以外に数十人から二百人近い人が乗れる船だ。

 安宅船なら揺れも小さくて船酔いなんかしないだろうな?


 そうだ! 帰ったら友貞に言って安宅船を造らせよう!

 次いでに佐治水軍にも手伝って貰えば完成は速いだろうな。

 ああ、いっそのこと鉄甲船を造るか?


 そうなると大量の鉄が必要だな?


 どうするかな~。


 そんな事を考えていたが船の揺れが酷くなったのでまた吐いてしまった。


 とにかく早くこの揺れに慣れないとな。

 帰りもまた船に乗るんだから。


「ごめんな、寧々」


「いいんですよ。まだ苦しいなら吐いたほうが楽になりますよ?」


 寧々の優しさがとても有難い。


「むぅ、わたくしも介抱したいのに……」


「長姉。稽古付けてよ?」


「分かりましたわ。今、行きます!」


 朝日は長姫から剣術と薙刀を習っている。

 こんな揺れる船上で稽古なんて、よく出来るな?

 時折聞こえてくる朝日と長姫の声には気迫が込められている。


 頑張れ朝日。


 俺も頑張るよ!



 堺までの道中、度々船を止められる事が有ったが、別段問題なく船は進んだ。


 堀内水軍とは嘉隆が交渉していたが、やはり若い嘉隆では嘗められてしまって高い関銭を払わされそうになったが、長姫と半兵衛が出て来て上手く交渉してくれたので難を逃れた。


 やはり使い物にならないな嘉隆は!


「船酔いで動けないお前よりはましだな?」


 黙ってろよ利久!





 当初の予定よりも遅くなってしまったが、何とか『堺』に無事に着くことが出来た。


 はぁ、やっと着いた。


 帰りは船じゃなくて馬で帰るかな?と本気で思ったね!


 さて、第一の目的地『堺』に着いた。


 堺は『東洋のベニス』と西洋人は言っていたそうだ。

 俺はそんなところに行ったことがないので分からないが、目の前にある堺の街並みは俺の想像していた物とは別物だった。


 俺は堺の街はごみごみした雑多な街並みを想像していたが、実際の堺は碁盤の目のように別れていて、さらには堀が街並みを分けていた。


 この堺と言う街はとても綺麗な街並みをしていたのだ。


 そんな堺で俺が会いに行きたい人物がいる。


『今井 宗久』


 今は彦右衛門と名乗っているはずだ。

 言わずと知れた堺の豪商で茶人でもある。

 この人物と今のうちに知り合っておけば後々楽になるはずだ。


 まあ今回は顔見せ程度だな?


 織田家はともかく、俺はまだまだ有名人じゃないからあまり期待はしていないが、顔を覚えて貰うくらいは親しくなりたい。


 堀田道空殿からも堺の商人と繋ぎを付けて欲しいと言われている。

 その為に道空殿からお土産を渡されている。


 これを今井彦右衛門が気に入ってくれると嬉しいのだけれども……


「……親分。親分!」


「おわ! なんだ嘉隆?」


 俺が考え事をしていると嘉隆が俺に声をかけていたようだ。


「その、ですね。怒らないで下さいよ?」


「……まさか。荷物を置いてきたなんて言うんじゃないだろうな!」


「いえ、荷物はちゃんと有ります。荷物は有るんですけど…… その、人が……」


「人?」


「はい。親分の妹さんが居ないんです」


 は?


「妹、朝日。朝日が、いない?」


 え、なんで? さっきまで一緒にいただろうに?


「それに浅野さんもいないんです」


 へ? 寧々も居ないの?


「な、な、何やってんだー!」


「すんません、すんません。今、他の奴らが探してますんで、直ぐに見つかると思いますか、ががが」


 俺は嘉隆の襟首を掴んで持ち上げた。


「お前! 朝日と寧々に何か有ったら一族郎党皆殺しにしてやるぞ!」


 堺に着いて早々に朝日と寧々が居なくなるなんて!


 俺は目の前が暗くなる感覚を覚えたが何とか踏ん張った。

 そして、嘉隆を乱暴に下ろすと。


「二、三人。俺に付いてこい。長姫はここに居て待っていてくれ。夕方まで帰ってこなかったら宿を取っていてくれ。目印は打ち合わせた通りにな!」


「ま、待って! 藤吉。大丈夫だから」


「利久!」


「落ち着け、藤吉!」


 これが落ち着いて居られるか?


「大丈夫ですわよ。半兵衛が一緒に付いてますから? それに他に三人。人を付けてますわ」


 な、なに?


「さっきから市がどうとか言ってたからな。見に行ったんだろ。ちゃんと護衛も付けてるから落ち着けよ?」


 俺は嘉隆を見ると彼は喉に手を当てながら……


「げほ、げほ、はぁはぁ、酷いですよ。親分」


「お、おう。すまん」


 俺は嘉隆に手を貸して立ち上がらせた。


「先に宿を取ろうぜ。そんで俺らも堺見物と行こうや?」


「いやいや、先に朝日達を捕まえないと?」


「藤吉。過保護過ぎると嫌われますわよ? それに行き先は分かってますから後から追いかけても大丈夫ですわよ。もっと寧々達を信用なさい」


「でも、堺は治安が悪いって聞いてるし?」


「だあー! お前は本当に身内に甘いな? 大丈夫だよ。ああ見えて寧々は強いぞ。それに半兵衛もな?」


 え、寧々が強い?

 それにあのポンコツ半兵衛も?


「し、信じられん」


「ほら、行くぞ藤吉。しゃきしゃき歩け!」


 俺は利久に肩を掴まれて無理矢理歩かされた。


「いや、待て。やっぱり気になる! おい、離せ!」


 朝日が心配なんだよ。


 離せー!


「私もこれくらい構ってくれたらな。はぁ」


 長姫の独り言は俺には聞こえなかった。


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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