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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第六章 伊勢征伐と勝頼来訪にて候う

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第百三十七話 船に乗りて候う

 長尾家との同盟締結の為に俺は上京する事になった。


 本音は行きたくない。


 市姫との事もあるし、小六と犬千代、寧々の婚儀もある。

 寧々は後数年してからだが。

 とにかく今、尾張を離れるのは良くないと思っている。


 それに長姫の機嫌が悪い。


 俺が上京する事を話したらすこぶる不機嫌になってしまった。

 長姫は俺が龍千代に会うことを反対しているのだ。

 それは俺も同じことだ。

 あの龍千代のことだから会って何を言われるのか分かったものではない。


 正直、気が重い。


 それでも行かなくてはならない。

 期限が迫っているのだ。

 俺は長姫を宥め好かして何とか話を聞いてもらえるようにした。


 まずはルート選択だ。


 不破の関から南近江を通る。

 前回の市姫達と上洛した時のルートだが今回は使えない。

 不破の関は現在武田家が管理していて、行き来が制限されている。

 そこに俺が行ったら何しに近江に行くのかと尋問されるだろう。


 武田家に長尾家との接触を知られる訳には行かない。

 だからこのルートは使えない。


 伊勢から伊賀を越えて南近江、もしくは伊賀から直接山城に向かう。

 このルートは道のりが険しいし、道案内を頼める者がいない。

 いや、いない事もないのだ。

 左近に頼めばいいのだが、彼には借りを作りたくない。

 桑名攻略の手伝いの借りを返してもらう事も考えたが、またの機会にすることにした。


 残るルートは…… 伊勢湾から大回りしての紀伊から和泉の『堺』から淀川を北上してのルートだ。


 本命はこのルートだ。


 服部友貞の持つ水軍を使っての移動だ。

 これが一番安全で楽な移動方法なのだ。

 そして友貞は紀伊の堀内水軍との伝を持っている。


 道中この堀内水軍に襲われないことが重要だ。

 しかし、友貞が堀内との伝を持っている訳ではない。

 友貞を頼ってやって来た者が持っていた伝だ。


 その人物が俺の目の前にいる。


 名を『九鬼 嘉隆』


 史実の嘉隆は信長に仕えた志摩の水軍の一人だ。

 彼は信長から燃えない船を造るように依頼されて鉄甲船を建造して、摂津の木津川の戦いで毛利水軍に勝利している。

 その後は、信長、秀吉に仕えて志摩の大名になっている。

 たしか関ヶ原までは生きてたよな?


 この辺はよく覚えていない。


 そして、目の前の男『九鬼 嘉隆』なんだが……


 若い!


 十代後半、二十歳前くらいだろうか?

 色黒で逞しい体をしている。

 顔は二枚目半といったところか?

 笑顔が絵になる男だ。


 将来、いや今もモテるんだろうなこいつ。


「九鬼 嘉隆と申します。以後よろしくお願い致しまする」


 両手をついて頭を下げているが、俺の隣にいる者が気になったのだろう。

 直ぐに頭を上げようとして友貞から頭を掴まれて地面に額を擦り付けられた。


「その、旦那。気を悪くしないでください。こいつは若いですが使える男ですんで」


 俺が嘉隆の態度に気分を害したと思ったのか。

 友貞が慌てて弁明する。


「左京進。この男。大丈夫ですの?」


 俺ではなく長姫が問いただした。


「それは」「無論です!」


 友貞に頭を掴まれながら嘉隆がガバッと頭を上げて答えた。


 うん、こいつ使えない。


「左京進」


「はい旦那」


「捨ててこい」


「はい。分かりました」


 友貞が嘉隆の頭を掴んで立ち上がらせた。


 凄いな友貞。

 あんなに力持ちだったのか?

 昌景さんとどっちが力持ちだろう?


「すんません、すんません。許してください。お願いします。俺ら行くところがないんです。この通りです。親分の女に色目使ったのは謝ります。どうか、許してください!お願いします!」


 嘉隆は友貞の手から抜け出すと俺の前に来て土下座する。

 しかし、俺にはこの土下座が安く見えてならない。

 そして、隣の長姫は顔を少し赤くしている。

 俺の女と言われたのが嬉しかったのだろう。

 それはまあいい。


 しかしこの男、本当に使えるのか?


 その後は友貞から嘉隆がどうして服部党を頼ってきたのか説明された。


 志摩水軍の九鬼家は数年前に代替わりをしている。

 そしてその代替わりの混乱を突いて他の水軍衆から攻められたそうだ。

 よくある話だ。


 当主に就いたのは嘉隆の兄。

 嘉隆は兄を助けてよく戦ったがこの春戦で兄を亡くした。

 当主の座は兄の幼い子供が継いで、嘉隆はその後見人兼陣代になった。


 しかし若い嘉隆には兄以上の求心力は無く。

 このままでは九鬼家が滅びると思った嘉隆は、尾張織田家に通じている友貞に接触して助けを求めたのだ。


 そして、嘉隆は思い立ったが吉日と一族郎党を率いて友貞の下にやって来たのだ。


 この時服部党は長姫の命令で忙しく、人手が足りなかったのでこれを受け入れることにした。


 話を聞けばかなり同情できる。

 可哀想だと思えるし、助けたいとも思える。

 だがこいつ、俺を舐めてるな?


 当初、俺に頭を下げていた嘉隆は徐々に長姫に近づいている。

 そして、嘉隆は長姫の前に来ると頭を上げると同時に友貞の拳骨が嘉隆の頭に当たった。


「~~~」


 声にならない声を出して頭を抱える嘉隆。

 自業自得だ。


「本当に大丈夫なのか、左京進?」


「お調子者ですが腕は確かです。ですが…… 私も心配になってきやした」


 その後は友貞から長姫の正体を聞かされた嘉隆は顔を青くしてひたすら頭を下げていた。


 さてこれで足は確保した。

 多少不安ではあるがしょうがない。

 もし道中で俺に何らかの危害が有れば九鬼一族は抹殺される。

 それを知らされた嘉隆は大人しく俺に従っている。


 だが俺はこのお調子者を信用していない。


 俺の上洛のお供はこのお調子者と元祖お調子者、そして半兵衛と蜂須賀党と服部党の中から精鋭二十人が付いてくる。


 小一と長康を連れて行こうかと思ったが長島の統治にはこの二人は必要だ。

 小一は俺の代理、長康は小六の代理だ。

 友貞に案内をさせるのが一番なのだが残って長島復興を任せる事にした。

 じいさんや長姫を前面に出すことは出来ないからな?


 勝姫達武田家の相手は勝三郎に引き継いでもらった。

 彼女達には俺が長島を与えられて忙しくなるので相手が出来ないと説明した。

 彼女達には正直に話してもいいかとも思ったが、じいさんが止めたので話さなかった。


『あの中に信虎と繋がっている者が居らぬとも限らん。用心してもし過ぎることはないのだ』


 じいさんの体験に基づく話だ。

 俺は勝姫や昌景さんを信用しているし、山縣家臣団も同様だ。

 しかし、やはり線引きは必要なようだ。

 寂しいがこれはしょうがない。


 しばらく会えない事を伝えると残念がってくれた。

 そして俺の出世を喜んでもくれた。

 やっぱり好い人達なんだよな。


 上京期間は約三ヶ月を目処にしている。


 せっかくの上京なのだ。

 この機会に色々と会って誼を通じておきたい人達もいる。

 せいぜい有効活用させてもらおう。



 そして出発の日がやって来た。


 すでに市姫様とはお別れの挨拶を済ましている。

 小六には直接会わずに文のやり取りだけした。

 彼女と直接顔を合わせるのはまだ出来ない。

 文には俺の体調を気遣うのと婚儀が待ち遠しいと書いてあった。

 俺はこの秋には婚儀を行うのでもうしばらく待って欲しいと伝えた。


 すまん小六。役目を終えたらちゃんと帰ってくるからな!


 そして俺は今、船上に居る。


「おい、どうした藤吉。元気ないな?」


「ああ、小六の事を思ってな」


「今からそんなんじゃあ。この先やっていけないぞ?」


 俺の肩を掴んで元祖お調子者、もとい利久は笑った。


「お前はどうなんだよ? 利久」


「俺のところは問題ないな。なんせ懐の深いやつだからな」


 そうだよな。

 こいつと一緒になるような人だ。

 とても優しそうな顔をしている人だった。


 ちなみに利久は俺が長島を与えられた時に俺の与力になった。

 そのうち俺が知行(給料)を直接与えれば晴れて俺の直臣になる。


 もうこいつとは離れられない運命なのだろうな?


 そんな俺達に嘉隆がやって来た。


「あ、あの親分。その、ちょっと困った事が起きまして……」


 見れば嘉隆は青い顔をしている。

 なにやら想定外の事が起きたようだ。


「おう、どうしたんだ。嘉隆?」


「それが、その……」


 利久の問いかけに嘉隆は恐る恐る指を指し示す。

 その先には……


「うわー速い、速い。長姉、この船すっごく速いよ!」


「ほら危ないですわよ。朝日」


「あの、その、本当について来て良かったんですか?」


「半兵衛だけだと不安でしょう。大丈夫よ。市にはちゃんと許可は貰ったから」


「面目ないです」


 そこにははしゃぐ朝日とそれを嗜める長姫に、俺に黙って付いて来たことを心配する寧々に、涙目になっている半兵衛がいた。



 なんで付いて来てんだよー!


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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