第百三十六話 男になりて候う
……やってしまった。
あの日俺は市といたしてしまった。
あんな事やこんな事をしてしまったのだ!
しかも一晩中……
だってしょうがないじゃないか!
あの日市を押し倒した後で誰か現れるのかと一瞬躊躇したが、それも市からキスをされてそんな事は頭から消え去ってしまった。
後は流れに身を任せて快楽を貪ってしまった。
我ながら久々すぎてやり過ぎた。
気づけば朝日の光が障子越しに射していた。
俺と市は裸で抱き合って寝ていた。
俺は市を起こさないように服を着てこっそりと部屋から出ると廊下で犬千代が座っていた。
「お、おはよう。犬千代」
「おはようございます。藤吉様」
犬千代は俺に頭を下げて挨拶してくれた。
「あ、あの、これは、その、ね?」
「安心してください。誰も見てませんし、誰も聞いてません。私以外は」
ちゃっかり聞いてたのかよ!
だったら止めろよ!
「姫様の想いを受け止めてくださりありがとうございます。これで私も藤吉様と夫婦に成れます」
てっきり責められるかと思っていた。
「え? そうなの?」
「はい!」
声がデカいよ!
「シー、市姫様が起きてしまう」
「あ、はい。シー、ですね」
犬千代は人差し指を口に当ててニッコリと微笑んだ。
う、市としてなかったらキュンと来たのだろうが、今は罪悪感しかない。
「えと、俺は帰るから。その、任せていいかい?」
「はい。大丈夫です」
そして俺は犬千代に後を任せてその場を後にした。
その後俺は屋敷戻ってから再び城に登城して、何食わぬ顔で仕事をしていた。
そして同僚の貞勝殿と信定殿が休憩時に俺に話し掛けてきた。
「今日の藤吉殿はいつもと違いますな?」
「うんうん。なんと言うか。どしっとしているかと思うと、突然笑い出すので驚いて間違えてしまいましたよ?」
「そ、そうですか? おかしかったですか?」
「「おかしいです(ですな)」」
ヤバいな。
昨日の事を思い出してしっかりしないと、思いつつも市といたした事を思い出してニヤニヤが止まらなかったようだ。
これは良くない。
うん、良くないぞ!
「その、婚儀が近いので浮わついていたようです。以後注意致します」
「おお、そうでしたな! ですが婚儀が終わればこうして一緒に仕事をする事もなくなりますな。寂しくなりますな」
「藤吉殿も遂に所帯持ちですか。それに城持ちに領地持ち。いやはや大変な出世ですぞ! 私も見習わなければ」
ふぅ、どうやら誤魔化せたみたいだ。
そして俺達が雑談をしていると……
「木下様。陣代様が御呼びです」
う、これは昨日の事か?
「分かった。今すぐ参る」
俺は覚悟を決めていつもの部屋に向かった。
部屋には市姫様と信光様、平手のじい様に勝三郎、それに犬千代が居た。
これはやはり昨日の事だろうか?
不味い、ヤバい、俺、ここで死ぬのか?
覚悟を決めたはずが皆が難しい顔していたので不安がどっと襲ってきた。
これは先に謝るべきか?
いや、そんな事をしても意味はないだろう。
ならばどうする? どうすればいいんだ!
「何を突っ立っている。早く座れ藤吉」
「お、おう」
勝三郎に促されて隣に座った。
テンパりすぎて立ったままだと気づかなかった。
「どうした藤吉。汗だくだぞ?」
「へ、あ、ああ。今日は暑いからな。そのせいだ」
「そうか。そんなに暑くないと思うが……」
なんだよ勝三郎。何が言いたいんだよ?
「ふふふ、勝三郎。確かに今日は暑いです。汗をかくのは当たり前です。そうでしょう、藤吉」
「は、はい」
市姫様が俺をフォローしてくれた。
これは昨日の事が問題じゃないみたいだ。
ふぅ、驚かせやがって。
「では、昨日の事なのですが…… 私と藤吉が」
のおおおおー!
「ひ、姫様!」
「何ですか、藤吉?」
市姫様は微笑みながら俺に問いかけた。
ぐ、なんだその笑みは?
昨日の事を皆に言うつもりなんだろうか?
そうなんだろう?
俺はどうなるんだ。
だ、駄目だ。市姫様の顔から考えが読めない!
「市から話は聞いている。藤吉。昨日市と」
待ってくれー!
「の、信光様!」
「どうした、藤吉?」
「そ、その、その件については……」
だあー! なんて言えばいいんだ?
ここは正直に『市姫を俺にください!』と言うべきなんだろうか?
いや、そもそも身分が違うんだ。
向こうは今や守護家の娘、いや、陣代様だ。
俺はその家臣でやっと城持ち領地持ちになったばかりの成り上がり者だ。
しかも、婚儀を間近に控えている男なんだぞ!
そんな不義理な男、俺が信光様なら斬って捨てるところだ。
な、なんと言えば……
「ふむ。汗がひどいぞ、藤吉。大丈夫か?」
平手のじい様からあり得ない優しい言葉を頂いた。
く、なんだよ。そんな優しい言葉を言うなんておかしいじゃないか?
は、これは最後の恩情なのか?
「この、この件は、その、だから……」
「はっきり言え! いつものお前らしくないぞ、藤吉?」
勝三郎からも突っ込まれた。
ど、ど、どうすれば?
「ふふ、ふはは、ははははー」
市姫様が笑い出した。
可笑しくない! 断じて可笑しくないぞ!
「姫様!」
「あ、いや、すまん。藤吉の顔が可笑しくて、ぷふ、すまん、すまん」
なんなんだよ! もうー!
「はぁ、藤吉をからかうのはよさんか、市。藤吉、話と言うのは長尾家のことだ」
ほ、そうなのか。良かった。
いや、待て!
からかうって今言わなかったか?
「長尾家との同盟の話は受けるべきだと思われまする。我らに利があるのであればなおさらのこと」
平手のじい様は賛成か。
「私も同じです」
勝三郎もか?
でも、あの龍千代だよ!
あ、そうか!
勝三郎は龍千代と会ってないか。
「今回は藤吉と他に数名のみで上洛してもらう。よいな、藤吉」
なんだよ。すでに決まっていたのか?
「よろしいのですか?」
俺、多分またあの龍千代に強引に拉致されそうな気がするんですけど?
「構わん。それにお主が帰ってくる場所は、私のところしかあるまい。ふふ」
その笑みは何の笑みなんだよ?
はぁ、どうせ断れはしない。
龍千代に会いに行きますか!
「分かりました。その命、承りました」
俺は両手をついて頭を下げた。
俺の上洛が決まった。
※※※※※※
藤吉が退席した後で市達が話をしています。
「よいのか、市?」
「ふふ、良いのです、叔父上」
「姫様。私は反対ですぞ! 藤吉を…… その、迎えるなど」
「平手様。姫様がお決めになられたことです。我らはそれに協力するのが」
「分かっとるわ! しかしのう。心配じゃあ。藤吉の周りはおなごばかりじゃぞ。この間の四郎…… 勝姫のこともある。今度もまた増えるのではないかと……」
「大丈夫よ。じい。私は誰にも負けるつもりはない!」
「ふぅ、心配するだけ無駄と言うものだ、平手。それよりも武田の動きに目を向けるべきであろう。何かしら無理難題を言ってこないとも限らんぞ?」
「私は武田よりも姫様が心配ですじゃ。はよう隠居したいのう~」
「ははは、隠居してもじいにはまだまだ働いてもらわねばな」
「しかし、表立っては皆には言えませぬ。藤吉のことゆえ、公表することはないとは思いまするが…… 京には誰が付いていくので?」
「私が付いてますのでご安心を」
「駄目よ犬千代。あなたは小六の後に婚儀を迎えるのだから前田家で大人しく待ってなさい」
「ですが姫様!」
「人選は藤吉に任せよう。それでよかろう、市よ」
「ええ、叔父上」
藤吉の知らないところで話は進んでいるようです。
市姫とそういう関係になってしまいました。
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