第百三十二話 四郎勝頼の事情にて候う
無事?に山縣昌景を味方に出来た俺は武田屋敷にて四郎勝頼と対面していた。
「昌景から聞きましたか?」
四郎君?は昌景を見ながら俺に声をかけた。
「はい。その、四郎さん? で良いのですか?」
俺が答えると昌景さんが四郎さんに頷いた。
そして、四郎さんは結んでいた髪をほどいて俺の方に向きなおした。
「はい。私は女です」
あっさりと俺に正体をばらした彼女はどこかすっきりとした顔をしていた。
「その、事情をよく知らないので説明して頂けないでしょうか?」
「分かりました。どこから話せばいいか?」
四郎さんは人差し指を唇にトントンと当てながら考えていた。
これは四郎さんの癖で、これを見て姫様達や侍女達は騒いでいるのだ。
確かに絵になる仕草かもしれないが、髪を下ろした彼女を見ているととても女性らしい仕草に見える。
まあ、女性なんだが。
「まずは、私の名前のですが…… 勝と言います。父と母が付けてくれた名前です」
『四郎勝頼』改め『勝』は俺に武田家での境遇を聞かせてくれた。
勝さんの母親『諏訪御料人』の産まれてくる子供は諏訪家を継がせる事が前提になっていた。
これには諏訪国人衆を味方に付けるために絶対に必要な事だった。
そして、諏訪家を継ぐのは男と決まっていた。
こっちの世界では女当主は珍しくないが一部では絶対に男が当主でないといけない物もある。
逆に女性でないといけない物も存在するが、諏訪家は男当主でないといけない物なのだ。
しかし、産まれてきたのは女の子の勝さんだった。
しかも、勝さんを産んだ諏訪御料人は産後が悪く病気がちになってしまい、以後子供を産める体力が無かった。
その為、勝さんは産まれて少ししてから男の子として育てられた。
勝さんが女性だと知っているのは晴信夫妻と一門の者の中でも一部しか知らない。
諏訪国人衆達も当然知らない。
武田家の機密中の機密だった。
「その、他に諏訪家の人は居なかったのですか?」
「父の妹、叔母上の子で虎王と言う人が居ましたが、その人は父が殺害しました。諏訪家を継ぐ男子は居ないのです。そして、諏訪の血を引くのはもう私しか残っていないのです」
晴信は諏訪を領有するために自分の子供を使うのが一番と思って、虎王を殺害したのだろう。
しかし、晴信の誤算は諏訪御料人の体が弱く子供を一人しか産めなかったこと、しかも産まれたのが女の子とは思っても見なかったことだ。
「私は昨年まで表に出ることはなくて、屋敷に閉じ籠っていました。守役に昌景が付いたのは父と『山本 勘助』のお蔭なのです」
お、山本勘助の名前が出てきたぞ?
確か…… 築城の才能を買われて召し抱えられたっけ? そして、第四次川中島の戦いで『啄木鳥の戦法』を献策して戦死したんだよな。
武田家の軍師と言われているけど、信玄に軍師なんて必要なのかと思ってしまう。
まあ、『甲陽軍鑑』に書かれているのは信玄上げの勝頼下げだからあまり信用出来ないんだよな。
まあ、それはどうでもいい。
「勘助は私の軍学の師なのです。今回の嫁取りの件も勘助の勧めだと聞いています」
ふむ、この世界の勘助は晴信の軍師なのかな?
となると俺の情報を集めていたのは勘助なのか?
「私は尾張に来る前に井ノ口で父に会いました。父は私にこう言ったのです。『決して武田に戻ってくるな。これから武田は悪い方向に向かうだろう。勝は武田から離れるのだ。それがお前の為であり、父の願いだ!』と」
武田が悪い方向に進む?
何の事を言っているのか分からない。
それに戻ってくるなとは、結構酷い言い種だ。
「その、勝さんは武田に戻るとどうなりますか?」
「私が武田に戻れば二度と外には出られません。おそらく一門の誰かの子供を産ませられて、運が良ければ寺に入るか? 或いは……」
「或いは?」
「勝様は殺される」
今まで黙っていた昌景さんが冷たく答えた。
「それはいくらなんでも……」
「大袈裟なことではない。武田では用の無くなった人の命は安いのだ。それは武田一門の血も同様なんだ」
昌景さんは下を向いていた。
そして、膝に当てていた握り拳から血が出ていた。
「頼む、藤吉。勝様が武田に戻らないで済むように助けてくれ」
俺に頭を下げる昌景さん。
「さっきも言いましたけど、大丈夫ですよ。何とかしますから」
「勝様!」
昌景さんが嬉しそうな顔をして勝さんを見る。
「お願いします。藤吉」
そして、勝さんが俺に頭を下げてる。
勝さんの手に水が落ちていた。
それに微かに肩を震わせている。
勝さんは朝日と同じ年頃だ。
そんな彼女を死なせるわけには行かない。
そして俺は俺の知恵袋達に相談することにした。
場所は服部屋敷。
その部屋には俺と長姫、小六と半兵衛にじいさんが居た。
「確かに四郎、いや、勝を返すのは得策ではないな」
「そうだよな。あんな若いのにまた幽閉生活なんて可哀想だ」
「まったく。同情なんて必要有りませんわよ。藤吉」
酷く冷たいな長姫は?
「ははあ、最近相手にされてないから妬いてんのかい?」
「ま、そんな事ございませんわ。私がせっかく犬達をけしかけたのに台無しですわよ」
「何? お前がけしかけてたのか? 道理でおかしいと思ったんだ」
俺と長姫が話を脱線させているとじいさんがパンパンと手を叩いた。
「そこまでじゃ。それよりも勝を返すということは戦になると分かっておるのか?」
へ、何で戦になるんだ?
「その顔は分かっておらんな。半兵衛」
「はい。説明します!」
今日も元気だな半兵衛は。
「今回勝姫様は織田に婿、嫁取りに来ました。しかし、嫁を決めずに戻る事になると武田は織田に難癖を付ける可能性が有ります。いえ、きっと難癖を付けるでしょう。織田家の姫が勝姫様を袖にしたとか。嫁に行くのを拒否したとか、そんな事を騒ぎ出して同盟を反故にしてしまうでしょう。そして防備の整わない内に尾張に侵攻すると思われます!」
解説を終えた半兵衛はない胸を張っている。
なるほど、確かにこれは武田が織田に難癖を付ける事が出来る。
「じゃあ、どうしたら良いんだい?」
小六の質問に長姫が答える。
「簡単ですわよ。勝さんがまだ嫁を決められないとか何とか言ってここに居座ってしまえばいいのです。別に嫁取りの期限なんて決まってないでしょうしね」
「まあ、それが妥当かの?」
確かにな、それで時間が稼げるか?
あ、そうだ!
「勝姫が言ってたんだけど、武田が悪い方向に向かうってどういう意味だと思う?」
「ふむ、そうじゃのう……」
じいさんと長姫が考え込む。
俺は半兵衛を見ると半兵衛がドヤ顔を見せた。
「はい。それは多分。上洛を考えているからと思われます!」
右手を上げて答える半兵衛。
その笑顔が眩しい!
「ほう、なるほど。武田が上洛か。確かにそれは良くないのう」
「泥沼に自ら嵌まりに行くようなものですわね。そうなると時期は……」
「遅くとも三年後。早ければ半年後と思われます!」
流石だな。この三人が揃うと次々と答えが返ってくる。
「上洛が不味いのはなぜなんだ?」
「今の都は将軍と三好が表では結び、裏では刺客を放つほど仲が悪いのじゃ」
「そんな都に上洛するということは、幕府を潰すつもりなんでしょうね。あのお爺さんは」
「あの、お爺さんて、誰ですか?」
長姫の言葉に半兵衛が反応する。
俺も気になる道三のじいさん以外の爺さんて誰だよ?
「そうですわね。もう言っても構いませんわね。甲斐の虎ですわ」
うん? 甲斐の虎? それは晴信の事だろう。
「なんと! あやつが生きておるのか!」
突然じいさんが立ち上がった。
なんでそんなに驚いてるんだ?
「え、え、誰ですか? 武田大膳じゃないんですか?」
「あたしもそう思ったけど違うのかい?」
半兵衛も小六も、俺と同じこと考えていたんだな?
「違う! 晴信ではない。その父親のほうじゃ! そうか。あやつが裏に居ったのか。やはりそうか!」
なんか珍しく興奮してるなじいさん。
それに晴信の父親か?
確か晴信とその家臣達に追放された人だよな?
確か名が……
「武田信虎。あやつか!」
じいさん、俺のセリフ取らないで……
ここで黒幕の名前を藤吉が知ってしまいました!
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