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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第六章 伊勢征伐と勝頼来訪にて候う
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第百三十一話 山縣 昌景の想い

遅くなりました。

 冷たい刃が俺の首筋にピタリと当てられていた。


 これはヤバい!


 何故か四郎君の事が出て来て答えろと問われている。

 この場合どういうふうに答えれば俺は助かるのだろうか?


 一つ、『もちろん知ってますよ』と答える。


 即座に首を跳ねられるな。

 秘密を知っていたら当然そいつを口封じする筈だ。


 二つ、『何の事か知りません』と答える。


 知っている事を話せと詰め寄られて最悪殺される。

 昌景さんはあの成りだが力持ちだ。

 何せ三メートル近い槍をブンブン振り回している姿を見ている。

 山縣家臣団が束になって掛かっても寄せ付けない強さだ。

 それに握力も凄い。

 俺の首をへし折るくらい何でもないだろう。


 三つ、『何も答えず逃げ出す』


 これは行けそうだ!

 昌景さんの唯一の弱点は足が遅い事だ。

 体力はバカみたいに有るが鈍足なのだ。


 これで逃げ切って…… 逃げ切ってどうする?


 その先はどうするんだ?

 きっと昌景さんの事だ。

 俺が逃げたら体力の続く限り追い続けて俺を追い詰めて殺すだろう。

 結構しつこい性格してるんだよね、この人。


 極度の負けず嫌いなんだ。


 囲碁や将棋の相手をしたことがあるのだが、これが弱いんだ。

 思い付きで指すもんだから直ぐにボロが出るんだ。

 だから、負ける。


 負けるとそこからが長い。


 昌景さんが勝つまで終わらない。

 それに手っ取り早く終わらせる為に手加減してるのがバレると最初からやり直させるのだ。

 面倒この上ない。


 駄目だ! どうやっても殺される運命しか見えない。


 どうする、どうすれば…… は!


 俺はある事に気付いて行動を起こす事にした。


「何も答えないのか? なら」


 俺は刀を手で掴んだ。


「な、何をしている?」


 手は籠手を着けているので素手ではないが、離さないように力を込めているので少しだけ切れて血が流れた。


 俺は無言で刀を掴んでいる。

 そして、真っ直ぐに昌景さんの目を見ている。


「う、手を離せ! 血が出ているぞ」


 俺は何も答えない。

 手からさらに血が流れる。


「やめろ。手を離せ! 離すんだ!」


 涙目になっている昌景さんを見て手を離す。

 手を離した俺を見て安堵した昌景さん。

 そして、俺の手から血が出ている事を思い出して慌て手当てしてくれた。


「なんでこんな事するんだ。私はお前を斬るつもりなんて無かったのに」


 やっぱりそうか。


 俺に突き付けていた刀が小刻みに震えていたのでそうなのかと思っていた。

 しかし、下手な回答をしたら斬れられると思ったので手で掴んだのだ。


 そして、昌景さんが本来は物凄く優しくて親切な人だと知っていたからもしかしたらと思っての行動だった。


 ……良かった。


 予想が外れていたら刀を引かれて指が落ちて首を落とされたかもしれない。

 それを想像して血の気が引いた。

 そして、その俺の顔色を見た昌景さんは。


「顔色が悪い。血が出過ぎたんじゃないのか? 少し横になれ。血が止まるまで動くなよ。じっとしていろ」


 俺は言われるまま横になった。

 昌景さんは『どうしよう?』『皆を呼びに行くか?』『でも、一緒にいたほうが……』とおろおろとしていた。


「ぷっ」


「む、何が可笑しい!」


「いや、だって。さっきまで首を跳ねると言っていたのに、その相手を心配してるなんてなんか可笑しいじゃないですか?」


 そう言ってみたら昌景さんの顔が赤くなっていった。


「心配するのは当たり前だ! 当たり前なんだ!」


 両手をブンブンさせて抗議する昌景さんはとても可愛らしかった。

 それを指摘したらまた怒るだろうと思ったので言わなかった。


 しかし、問い質す事はしないと行けない。


「なんであんな事したんですか? それに、その、四郎様の事は私は何も知りませんよ? 何の事を言われているのか分かりません。あれですか? 昌景さんに黙って皆で蕎麦がきを食べた事ですか?」


「何! 私は知らないぞ。蕎麦がきを食べていたのか、四郎様は?」


「えっと、四郎様が昌景さんに黙っておくようにおっしゃって皆で食べました。だって昌景さんたくさん食べるから皆が食べられないと四郎様がおっしゃったもので」


 俺が笑いながら言うと昌景さんは。


「私も食べたかった! 蕎麦がきは私の好物なんだ!」


「奇遇ですね。私も好物なんですよ。どうやって食べてます? 私の家ではこねてからそのまま食べるんですよ」


「そのままだと! 分かっていないな。蕎麦がきはそれから茹でて食べるのが旨いんだ。あれを食べたらそのまま食べるなんて出来ないぞ!」


 昌景さんが蕎麦がきの食べ方を力説している。

 その姿がまた可笑しかった。

 それに可愛らしかった。


 そして、そのまま笑いながら話を続けた。


 笑いながら話をしていると昌景さんはピタリと笑うのを止めて、ポツリ、ポツリと話始めた。


「四郎様は、本当に、本当に、可哀想な方なんだ。生まれた時から諏訪の家を…… いや、生まれる前からだな。四郎様に選べる物は何もないんだ。名家に生まれた者が何を贅沢なと思うだろうが、私達には分からない事があの人達には有るんだ」


 それは昌景さんの独白だった。

 そしてそれは四郎君の秘密でもある。

 なぜそれを俺に話すのか分からないが、昌景さんの話を俺は黙って聞いていた。


「私はこの成りだから、婚姻を半ば諦めてるんだ。兄上も私には養子を取ればいいと言っている。でもな、私だって女なんだよ。自分の子供が欲しいと思うのは自然な事じゃないか。私が子供を望むのは可笑しな事かな?」


 俺は黙って首を横に降った。


「ありがとう。だから、私には分かるんだ。四郎様の悩みも、苦しみも、その想いも。でもそれは武田に居たら叶わないんだ。分かる?」


 察しの悪い俺でも今ので分かった。

 もしかしたらと思っていた。

 俺が最初に見た印象は間違ってなかった。


「大膳大夫様のお考えは私には分からない。しかしこれは、もしかしたら、大膳大夫様が四郎様を思っての行動だと思ったんだ」


 四郎勝頼の嫁取りは晴信が是非にとねじ込んだ案件だった。

 俺達は奇妙丸様の婚姻を頼んだ手前、断る選択肢が無かったのだ。

 交渉したのは長姫だけどな。


「これは明確な武田家に対する反意になるかもしれない。でも…… 私は四郎様に幸せになって欲しいんだ。もし、このまま武田家に戻れば四郎様は幸せじゃなくなるんだ。だから、私は……」


 四郎勝頼の運命はこの世界でも厳しいようだ。

 なぜ、そんな事をする必要があるのか?

 俺には分からないが、分かる事もある。


 四郎君と昌景さんは俺に救いを求めているのだ。


 なら、さっきの脅しは俺に口止めをするための演技なのかもしれないと思う。

 下手な演技で死ぬかと思ったがそれは今は些細な事だと思う。

 だって俺は死んでないし、怪我しただけですんだのだから。


 なら、俺の答えは決まっている!


「だから、だから、藤吉。頼む助けてくれ! 私はどうなっても良いから。四郎様を助けてくれ! 頼む。この通りだ」


 小さな体をさらに小さくして俺に頼み込む昌景さん。

 この小さな体で四郎君を守ろうと頑張っていたのだ。


「どうして、俺なんです?」


「美濃を出る前に、大膳大夫様が『何か有れば木下 藤吉を頼れ』と言われた。『あの男は弱っている者を見捨てたりしない』と言ってな。美濃を出る前は何を言っているのか分からなかったが、藤吉を見て、触れて、分かった。だから……」


 晴信は俺の事をよく知っている。

 俺にこの二人を抱え込ませるのが目的なのか?

 何でだ?


 あーもー、考えるのは後にしよう。


 今はここで震えながら俺の答えを待っている人を安堵させるのが良いだろう。


「分かりました。本当はよく分かりませんけど、俺に出来る範囲でお助けしますよ」


 がばっと頭を上げた昌景さんは俺に飛び付いた。


「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」


 俺は昌景さんを優しく抱き締めた。


皆さんの想像通り、だと思います。

違ったらごめんなさいm(__)m


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。


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