第百三十話 山縣昌景をデートに誘いし候う
長島が落ちて(焼けて)から程なくして隣の桑名が落ちた。
実は桑名には服部水軍を使って海上封鎖をするように命令していたのだ。
これは左近の依頼を受けてやっていたことだ。
桑名は長島に近く、海から援軍を呼べたりするので港を封鎖する必要性があった。
しかし、実際に海上封鎖をしていたのは服部水軍ではなく『佐治水軍』だった。
これは服部水軍が長島の調略に掛かりきりになっていたので、友貞が知多半島の佐治水軍に話を持っていったのだ。
俺は海上封鎖をしてくれるなら服部でも佐治でもどちらでも良かった。
しかし、佐治水軍は実に協力的な水軍だった。
これには訳がある。
知多半島の水野家が滅んだ事で佐治家が知多半島で最も力のある国人衆になっていたのだが、それは佐治家にとって不味い状況でもあった。
水野家が滅ぼされた事で次は自分たちの番ではないのかと疑心暗鬼になっていたのだ。
そこに織田家の出世頭である俺の息のかかった友貞からの協力要請に佐治家は飛び付いた。
ここで俺を通して織田家に恭順姿勢を積極的に見せて置くことで粛清を回避しようと思ったのだ。
しかし、水野家が滅んだのは織田家に対する明確な裏切り行為が有ったからだ。
佐治家はそれに加担していない。
だから、佐治家を潰す必要もない。
しかし、当の佐治家はそんな事は知らない。
だから今、佐治家の当主『佐治為景』は俺にペコペコと頭を下げている。
「木下殿。佐治家の働きを市姫様にどうか、どうか」
「分かっております。佐治家の織田家に対する献身。私が必ずお伝え致します」
「おお、宜しくお願い致しまする」
為景は俺の手を取って感謝の言葉を口にした。
佐治家は俺に織田家の取り成しを頼み。
俺は服部水軍以外の水軍を扱う国人衆と誼が持てた。
まさにWinWinの関係だ。
いや、違うか?
しかし、この一連の行動に係った費用は全て佐治家持ちだ。
もちろん、佐治家が損をする事ばかりではない。
桑名に入ってくる船を襲ってその中身を強奪しているので、もしかしたら収支がプラスになっているかもしれない。
それなら佐治家は損をしていないだろう。
為景の態度を見ていると俺を頼りにしているみたいなのでせいぜい利用させて貰おう。
そして、長島を落とす為に利用した三河一向宗はその後どうなったかと言えば……
絶賛炎上中である!
あの置き去りにした長島の門徒達は自力で三河の門徒達と合流を果たして松平相手に暴れている。
しかも、松平家臣の一向門徒達も一緒に暴れると言うオマケつき。
今の三河は内乱炎上中なのだ。
これは美味しい誤算と言うやつだろうか?
だが長姫に言わせると計算通りなのだそうだ。
「今川は一向宗には手を出していませんでしたわ。藪をつつけば何とやらです。でも竹千代は三河を掌握するには一向宗が邪魔だと考えていましたから、遅かれ早かれこうなっていたでしょうね? これで竹千代の三河支配が当分遠退くわね。おほほほ」
ストーカー君(家康)を良く知っている長姫らしい策謀だ。
これにはさしもの松平ストーカー君も参っている事だろう。
止めが刺せそうなら是非刺したいところだ。
しかし、今の三河に手を出すと火傷する可能性があるので放っておくが一番だろう。
せいぜい燃え広がって欲しいものだ。
そして、武田家御一行様はまだ尾張に滞在中だ。
本当に市姫様がお戻りになるまで尾張に滞在するようだ。
俺はこれをチャンスと捉えた。
今のうちに四郎君と昌景さん達と仲良くなってさらに武田家の内情を知る事に全力を傾ける事にした。
先だって昌景さんは俺を心配して後を付いてくるほど俺に好意を持っているようなので、積極的に昌景さんにアタックをかけてみた。
しかし誤解しないで欲しい。
俺は昌景さんに恋愛感情は持っていない。
ただ仲良くなって武田家から織田家(俺)に乗り換えて欲しいだけだ。
それに俺はロリコンではないし、昌景さんは容姿はあれだがれっきとした大人の女性なのだ。
歳はなんと小六よりも上なのだ!
それを知ったときの小六の喜びようが笑いを誘ったがそれは置いておこう。
武田家の連中(山縣家臣団)に聞いた所、なんと昌景さんは未だに独身であった。
小六よりも婚期を逃した原因は兄虎昌にあったようだ。
兄妹と言うより親子ほど歳が違う昌景さんを虎昌は溺愛していた。
その為に昌景さんに近づく男達をそれとなく牽制していたそうだ。
『あれは酷かった。山縣様に近づく男達すべてに因縁をつけて排除していたんだ。山縣様は自分の容姿のせいで婚姻が遠退いたと思ってらっしゃるがそうじゃない。すべてはあの赤鬼飯富様が悪いんだ。あの人は山縣様の事となると……』
『山縣様は結構人気者なのだ。あのお姿に癒される者も多いのだ。各言う俺もその一人なんだ。っておい! どこ行くんだ?』
『山縣様の噂は半分は飯富様が流しているんだ。山縣様が嫁に行くのが嫌だからってそれはないと思うよ。兄なら妹の幸せを願うのが普通だよな? 噂じゃ山縣様は飯富様の娘なんじゃないかって話もあるんだぜ。まぁ、噂だけどな? これも飯富様が流したのかね?』
昌景さんと仲良くなるには兄虎昌がネックになっていたようだ。
しかし、今の昌景さんに虎昌の影はない!
これなら行ける筈だ。
俺は昌景さんと親しくなるために遠乗りに誘ってみた。
これは今で言う所のデートに誘うようなものだ。
そこで二人きりになってそれとなく武田家の事や不満に思っている事を聞き出そうと思ったのだ。
昌景さんは二つ返事で頷いてくれた。
そして、この俺の行動を山縣家臣団は応援してくれた。
どうも山縣家臣団は武田家ではハブられているようで活躍の機会がないのだそうだ。
しかも、昌景さんが当主になってさらに戦場に出る機会も減ったそうで、今回の四郎君の嫁取りの機会を生かして昌景さんも一緒に婿取りをさせようと考えていたそうだ。
それなら新当主の下で活躍の場を与えて貰えるのではと期待しているのだ。
え、それって俺が昌景さんを嫁にするって話になってないか?
俺は山縣家臣団の面々からくれぐれも山縣様を宜しく頼むとお願いされて出掛けていった。
ヤバイな~、そんなつもり無かったのに。
しかし、昌景さんが俺に好意を持っていてもそれが恋愛感情に発展するかどうかは分からない。
そうだよ。今回はお悩み相談のつもりで行こう。
うん、そうしよう!
見晴らしの良い丘の上に来ると俺は馬から降りて昌景さんに話しかけた。
「どうですか、この景色。綺麗でしょう」
一面に広がる平野は甲斐では見られない光景だろう。
今までの昌景さんの喜ぶ姿を知っているので、これなら大丈夫だと思って連れてきたのだ。
しかし、昌景さんは返事をしない。
どうしたんだろう?
「昌景さん?」
「どこまで知っている?」
「へ?」
「どこまで知っているのかと聞いている」
それは今まで俺が知っている昌景さんではなかった。
その目は俺を敵として見ている目だった。
「あ、あの昌景さん。どうしたんですか突然?」
俺は少しだけ距離を取ろうした。
すると昌景さんは腰に差していた刀を抜いて俺に突き付ける。
「答えろ。四郎様の事。どこまで知っている!」
へ、四郎様?
なんで四郎君の話になってるの?
俺が答えないでいると昌景さんの刀の先が俺の首筋に当てられた。
「答えないなら、その首、落とす!」
なんでこんな事になるんだよー!
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