第十三話 お仕えいたし候う
以前の仕官の話をした部屋に通された。
室内には市姫様と犬千代が待っていた。
二人は笑顔で俺達というか俺を出迎えてくれた。
だってすげえいい笑顔を俺に向けてるもの。
市姫様に至ってはドヤ顔している。
何がそんなに嬉しいのか。
俺達三人が扇型に座る。
左に勝三郎、右に利久、真ん中に俺こと藤吉。
しばらくして平手政秀がやって来た。
市姫様に遅れたことを詫びて座る。
以前の左側のポジションだ。
市姫様は正面、犬千代は俺から見て右側に座っている。
そして市姫様の開口一番からのドヤ顔で話は始まった。
「私の言った通りだろう。どうだ、じい!」
いや増す満面の笑みで何度も言うがドヤってる。
「さよう、ですな」
悔しそうな顔で俺を見る平手のじい様。
「やはり利久の言は正しかったと言うことか?」
「だから、何度も言ったろうがこいつに間者働きは無理だ」
勝三郎の問いに利久がドヤ顔で返している。
お前のドヤ顔なんて見たくない。
市姫様のだけ見れたらそれでいい。
「私も藤吉殿は違うと思っていました」
「そうだろう、そうだろう。さすが犬千代」
犬千代も笑顔だ。
市姫様と犬千代の笑顔。
癒される。
「確かに、信行様は藤吉のことをご存知なかった。評定の間にて藤吉を見てもなんとも思っておらなんだご様子」
「さよう。林佐渡に弟の美作、それに柴田は藤吉に全く興味がなかった」
「林佐渡の性格からして潜り込ませる者は直接確認しているはず、それは佐久間大学殿に確認してある」
俺を置いて男三人が熱く語っている。
美少女二人も自分たちの世界に突入している。
俺はどうしたらいい?
俺を置いた話は一時間程続いた。
「あの~。それで自分はどうなるでしょうか?」
しびれを切らして俺から口火を切る。
「おう、そうであった。すまぬな藤吉。お主の疑いは一応晴れたぞ」
「そうじゃな。姫様の言われるように、一応、晴れたの。一応の」
市姫様からの無罪放免のお達し。
ガッツポーズしたい所に念押しする平手のじい様。
ほんと疑り深い。
しかし、これ位が当たり前だろう。
今日の評定を見る限りでは市姫派閥はそれほど多くない。
それは信行側にも言えることだが。
日和見が案外多いのだ。
そんなんで良いのかと思いたいがむやみに顔を突っ込むより、少し離れて見るほうが安全だ。
どちらが勝っても、先代、先々代を立てて中立を貫いたと言えばいい。
むやみやたらに肩入れして家を潰すバカはいない。
強かな出世術だ。
俺も見倣いたい。
もう遅いだろうが。
俺の所属先は決まっている。
「では改めて藤吉。姫様の右筆として奉公に励むように」
勝三郎から肩に手を当てながらの激励。
ちょっと嬉しい。
「良かったな藤吉。これで晴れて織田家の一員じゃ」
空いた肩に手でポンポンと叩く利久。
駄目だ、涙が…………
しばらく、顔を下にしてうつむいていた。
握りしめた拳に眼からこぼれた水が落ちる。
利久は茶化すことなく肩に腕を回す。
勝三郎は俺の背中をさすっている。
「全く、最近の若いもんは…………」
ぶつぶつと言葉を濁す平手のじい様。
鼻をすすっている音が聞こえている。
「良かったです。本当に。ね、姫様」
「うん、うん」
目元に手を当て涙を堪える犬千代。
柔らかな笑顔を向ける市姫様。
俺はようやく、これで織田家の一員になったのだ。
程なくして勝三郎から説明を受ける。
今回の評定で俺が信行側の人間かどうか確かめる、いい機会だったと。
他国の間者の線はそうそうに消えていたそうで、残るは国内。
有力なのが信行ということ。
直接俺と会わせることで俺と信行側の人間の反応を確かめたと。
「いやしかし、林や柴田が全く反応せんから逆に怪しいかと思ったが、信行様の反応が決定的でしたな」
「そうだな。兄上らしい反応だった」
市姫様の固い口調。
やはり兄妹だからか。
信行が俺を見る眼、蔑みの眼だ。
下賎な者を見る眼。
ほぼ眼中にない。
信行は俺に興味がなかったのだ。
それが俺を救ったのだ。
しかし、なしくずし的に市姫様の派閥に入ってしまった。
選択の余地がなかったとはいえ。
だが、その信行よりは全然いい。
今回の評定で信行と信行側の人間を見れたのは大きい。
信行は駄目だ。
人間的な魅力を感じないし、生理的に受け付けない。
気持ち悪い。
両林に柴田も同様だ。
あれの仲間と思われるのも嫌だ。
向こうには向こうの良いところもあるだろうが、それでもと思う。
それに応援するなら、味方するならやっぱり可愛い女の子がいい。
美少女という所がまたポイント高い。
だから、私、いや、俺は。
『木下 藤吉』は織田市姫様に、お仕えいたし候う。
これにて序章終了です。
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