第百二十八話 四郎君の嫁取りにて候う
「凄い! 凄い! 凄い! 見てみろ昌景」
「本当ですね! 四郎様。こんなに開けた土地は見たことないです!」
「あははは。尾張は凄いなー!」
「この土地欲しいですよ。四郎様」
「うん! 私も欲しい!」
なんて物騒な会話してんだ、この主従は?
四郎君が来てから一月が経った。
当初の予定通り織田家の姫様達との面談はすでに終わっている。
しかし、四郎君は即決を避けて市姫様が戻るまではここ尾張に残るとの仰せだ。
とっと帰ってくれないかなぁ~。ほんと。
そして、四郎君達武田家の面々はこうして尾張領内を見て回っているのだ。
俺はそのお供と言う事だ。
右筆の仕事と供回りの仕事、どっちが良いかと言われると……
「藤吉! あれはなんだ?」
「藤吉殿。こっち、こっち、早く早く!」
こうして振り回される供回りよりは机仕事が良いです。
しかし、この二人。
はしゃぎ過ぎじゃないの?
俺の体力が持たないよ。
そして、その二人を暖かい目で見ている武田家の人達。
最初の十日ほどは大人しかったんだよね。
屋敷と城を行き来するくらいで、それもお犬様達に会うくらいの用事しかない。
日に日に元気がないように見えたので『気晴らしに領内を見て廻りますか?』と言ってみたのだ。
そしたらこれだよ。
屋敷に籠っているよりは元気になったのだけれども…… もう十日以上、四郎君は城に行っていない。
もっぱら馬に乗って清洲から名古屋、古渡から
熱田、そして津島を行き来している。
熱田や津島では泊まり掛けになってしまい、俺は平手のじい様から散々説教を食らってしまった。
それでも四郎君達はこうして外に出ている。
賓客を遇するのは当たり前だし、何せあの武田家の人間なのだ。
何か有れば即同盟解消の上に宣戦布告も無しに領内侵攻を始められてしまうかもしれない。
俺はこの数日、上に責められ、四郎君達に振り回されて胃が痛い。
誰か代わってくれ!
それに家に帰れないのも痛い。
俺は今、武田屋敷で寝泊まりしている。
何でか俺はこの二人に気に入られてしまったようなのだ。
その為に武田家の人達に引き留められる事になってしまい夕げを供にしていたら、折角なので泊まっていけとなってずるずると引き込まれてしまった。
これでは小六達と連絡を取る時間がないのだ。
そして今では俺、武田家の家臣みたいな扱いを受けてるんだよね?
それに武田家の人達がこれまた優しいんだよ!
見た目がごつい人達だから誤解されやすいけど、根はいい人達なんだよね。
結構気配りの出来る人達でさ。
でも、体力馬鹿な人達でもある。
俺もこっちの世界に来てから三年が経ったが、三年前のあの頃よりも体力が上がっているのだが、武田家の連中に比べたらまだまだだよ。
きっと甲斐の国の過酷な環境で生きていくために自然とそうなったのかもしれない。
俺はいつの間にかこの人達が好きになっていた。
いつかは敵に成ってしまうかもしれない人達だけれども、それとこれとは別なんだよ。
知り合ってしまった以上は、なるべく敵にならないようにしないとな。
もしくは味方に引き込むのも良いかもしれない。
四郎君と昌景さんを織田家に引き込むのは有りなんだよ!
仲良く成った武田家の人達に二人の事を聞いてみたんだ。
そしたら……
『四郎様は諏訪家を継がねばならない大事な方なのだが、その、あれだ。まあ、あまり四郎様を良く思ってない方も居るのだ』
『山縣様はあの成りだろ? 家中じゃ結構言われる事も有るんだよ。でも、飯富様が山縣様を可愛がっておられるからそれも影で言われるだけだったんだけどな。飯富様が太郎様の守役に成ってからは、酷い言われようでな。そりゃ可哀想なほどさ』
『俺達は飯富様から山縣様を傷つけるなと言われてんだよ。それを笑って返した馬鹿が居てな。そいつその場で飯富様に首を斬られたんだ。あの赤鬼様を敵にしちゃ生きてられないよ。だから俺らは山縣様に尽くしてんだよ。まあ、飯富様に言われたからそうしてる訳でもないけどな』
しかし、結構ぺらぺらと話してくれたな。
これって結構重要な話なんじゃないの?
四郎君は史実通りだな。
側室の諏訪家の生まれで庶子。
武田家の嫡男さんが健在の今は、それほど重要視されてないみたいだ。
そして、昌景さんは女性でしかもちっちゃいから周りから色々言われてるみたいだ。
可哀想に。
でも、ここに居る人達は昌景さんの親衛隊みたいで昌景さんも信頼している。
それと兄の飯富虎昌には気を付けないとな。
話を聞く限り重度のシスコンと見た。
うむ、上手くこの人達を味方に出来ないだろうか?
早く帰って欲しいと思ったが、これは時間を掛けてこっちに引き込むのが得策かもしれない。
それなら今の状態は願ったり叶ったりじゃないか!
しかし、問題も有るんだよね?
四郎君の嫁取り問題が上手く行っていない。
お犬様を筆頭に綺麗所が多い織田家の姫様達。
それに佐久間家や平手家の娘達とも引き合わせている。
織田家の姫様達を気に入らなくても、家臣達の娘さん達で気に入る人が居るかもしれないから保険として引き合わせてみたんだけどね?
どうもこれと言う人が居ないみたいなんだ。
それとなく四郎君に聞いてみたんだよね。
そしたら……
「どの姫君も美しい人達ばかりで緊張してしまって、上手く話せないんですよ。どうしたら上手く話せるかな? 藤吉」
こう言っているのだけれど、嘘だよね。
姫様達の質問に『ああ』とか『うん、そうだね』と当たり障りのないセリフを返していたから分かる。
四郎君は全然嫁取りに積極的じゃないんだよね。
それよりも選ばれる人達の方がヒートアップしてるんだ!
面談を終えた姫様達に話を聞いたら、それはもう興奮してしまってそれは大変なんだよ。
『絶対私に振り向かせて見せるからね!』
『ああ、あの憂いたお顔。堪らない』
『もう抱き締めて離したくない!』
若干危ない発言も有るが姫様達にとって四郎君はストライクもストライク、どストライクのようだ。
四郎君を見る目付きがヤバかった。
そして、それを知っているのか四郎君は城に寄り付かないのだ。
それがさらに姫様達を燃え上がらせている。
誰かが煽っているような気がするんだよね。
気のせいだと思いたいけど。
こうなってくるともしかしたら四郎君の嫁取りの本命は『市姫様』なんじゃないのかと思ってしまう。
しかし市姫様は自分が選ばれたら即同盟解消して武田と戦争だと言っていた。
それは不味いよ。
俺は武田家の人達と生活するようになって思ったけど、武田家と争うのは避けた方がいい。
まず体力が違う。
武田家の人達の体力は馬鹿に出来ない。
それに力も違う。
米俵二俵を軽々と持ち運ぶ姿は驚いた。
そして、その米俵を持っているのが昌景さんだと言う事に二度ビックリだよ!
あの小さい体のどこにあんな力が有るのか不思議だ!
昌景さんだけじゃなくて四郎君もああ見えて力持ちなんだよ。
武田家は何を食べたらあんなに力が出るんだろうね?
それに良く統率されている。
動きに無駄がないのだ。
上の命令を良く聞き、しかも前もって動けるようにしている。
本当に気配りが出来ている。
俺も欲しいなこんな部下。
こうして見ると武田家の人達は良く団結している。
こういう軍は強い。
やはり戦いは避けたい。
しかし市姫様が選ばれたら……
まあ、その時はその時だよな。
今心配してもしょうがないよな?
そして俺がいつもように当たり前に四郎君達と武田屋敷に戻ってくるとそこには小六が居た。
「もう、いつまで帰ってこないのさ?」
「ああ、すまん。でも連絡はしていたよな?」
「こっちから連絡が取れないと意味ないさね」
「確かにそうだな。すまん」
「まったくもう」
拗ねる小六は珍しいな?
それにだいぶ心配させてしまったようだ。
「藤吉。その方は?」 「藤吉殿。そのデカイおなごは誰ですか?」
「ああ、何だってこのちっこいの?」
「デカければ良いってもんでもない!小さくても大きいんだかならな!」
昌景さんを見下ろす小六に、胸を張る昌景さん。
何やってんだよまったく?
「小六。向こうで話そう」「あ、ちょっと」
俺は小六の腕を掴んで武田屋敷を離れた。
後ろで昌景さんがギャーギャー騒いでいたが無視した。
後で謝ろう。すみません昌景さん。それに四郎君。
武田屋敷からだいぶ離れた所で小六に要件を聞いた。
まったくみっともない所見せんなよな。
恥ずかしい。
「それで何のようなんだ?」
「あ、そうだ。忘れてた。長島だよ。長島!」
「長島? 長島がどうしたんだよ?」
「えっと、そのね。驚かないで聞いておくれよ。あ、言っとくけどあたしは悪くないからね。放っといた藤吉が悪いんだからね?」
「何を言っているか分からないけど、怒らないから早く言えよ!」
「うん、分かった。長島燃えちゃった」
「は? 燃えた?」
「うん、燃えたの」
「長島が燃えた? はあー! 何やったんだよ!」
「怒らないって言ったじゃないのさ?」
俺の知らない所で長島が燃えた?
何がどうなってんだよ?
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