第百二十五話 伊勢に侵攻致す事になりて候う
先を越された!
まさか、長島を通り越して関家に接触していたとは思っても見なかった。
確か、『滝川 左近 一益』は北伊勢の国人衆を調略して出世したんだった。
それをすっかり忘れていた!
勝三郎の下で地味に働いていると聞いていたから、まさか伊勢の調略をしているなんて知らなかったのだ。
くそ、こんな事なら勝三郎に左近が何をしているのか聞いておくんだった!
しかし、おかしいな?
確か関家の『関 盛信』は六角と通じていた筈だ。
それなのに織田家に服従するなんて信じられない。
左近は一体何をしたんだ?
正月の祝いの席でこの報告は大層喜ばれた。
左近は市姫様直々にお褒めの言葉を頂き、さらに伊勢攻略の先鋒を任される事になった。
そして、信光様からこの春に伊勢に出兵する事を宣言された。
とほほ、出遅れてしまった。
そして、俺はこの伊勢攻略に参加させて貰えるように信光様にお願いしたのだが却下された。
信光様曰く『お前の美濃の働きが大き過ぎて家中ではその方に嫉妬している者が多い。今回は留守居を頼む。他の者にも手柄を立てる機会を与えなければならぬからな』
それを言われると確かにと思ってしまう。
市姫様は……
「藤吉、すまん。恩賞はこの伊勢の出兵が終わったら必ずするからそれまで我慢して欲しい。あ、それから右筆衆とその配下の小者達の禄は上げておくから安心してくれ」
と言われて俺は百貫から五百貫に加増される事になった。
うひょー、やったね!
ちょっとはごねて見るもんだよ!
と、喜んでいた俺に平手のじい様は……
「藤吉、準備を頼むぞ」
くそー、丸投げしやがって! 喜んで損した!
こうして俺は右筆衆を使って出兵準備を進めた。
しかし、準備事態はゆるゆると進めさせた。
出兵は春なのでそこまで急いで準備する必要はなかったのだ。
だが、問題はある! 長島だ。
道三は春までには長島を落とせると言っていた。
しかし今回の出兵では長島は迂回する事になっている。
これって問題になるんじゃなかろうか?
俺はいつものメンバーに犬千代と寧々、利久を加えて道三の居る服部屋敷に向かった。
『早く新年の挨拶に来んか!』と道三のお怒りの声が届いたからだ。
ついでに伊勢出兵の話と長島の件を話した。
ちなみに犬千代と寧々、利久には道三の事を話している。
犬千代と寧々はともかく利久はこれでも口は固いほうだ。
俺に不利になる事はしゃべらない。
それに利久は俺に借りが有るからな。
利久は今年ようやく噂の後家さんと結婚する事になったのだ。
昨年、美濃から帰ってから後家さんの所に足繁く通って、ゴールにこぎ着けたのだ。
前田家の報告には俺も付き合わされて、父親の利春殿を説得するのに俺も協力した。
そこで俺は犬千代を嫁にする事を約束させられ、同時に利久の面倒まで押し付けられた。
前田家は利久の弟の安勝殿が継ぐ事になった。
良かったよ。俺じゃなくて。
姑になる妙さんからはしつこく前田家を継いで欲しいと言われたが、何とか説得して諦めてもらった。
あの人苦手だよ。
そして、俺の目の前にもう一人の苦手な人物が居る。
「ほう、そうか。伊勢攻めか」
顎髭を触りながら思案顔をしている道三。
ここには俺と長姫、小六に道三と半兵衛が居る。
他の者達は利久が餅米を持ってきたので、それを炊いて餅つきをやっている。
正月だからな。
でも、友貞は『今日も餅ですか』と肩を落としていた。
どうやら、正月前から餅が振る舞われているようだ。
贅沢を言うな!
俺も正月から餅ばっかりで最近では見るのも嫌になっているのだ。
しかし、我慢しているのだ。
何せ姑殿から送られてくるから消費するのが大変なんだ。
嫌でも協力して貰うぞ!
「まあ、問題なかろう」
ほ、そうか。
「しかし、大丈夫かのう。春に兵を出して?」
「それは俺の知る所じゃない」
「問題ないから市が決めたのですのよ?」
道三はまた考えている。
「蝮の旦那。何が気になるんだい?」
「う、う~ん。半兵衛」
「は、はい。説明します!」
手を上げて答える半兵衛。
「春になって雪が溶けたら武田が出てくるのではないでしょうか? そうすると織田家に手伝いを頼むのでは?」
「お、そうか!」
確かに言われてみるとそうだ。
また武田がやって来るのを忘れていた。
忘れていた? うん? ……忘れ、あ!
「四郎勝頼がやって来る!」
俺は思わず立ち上がっていた。
「おお、それよ。それ。武田の四男の嫁選びをするのが春であったのう。それじゃ!」
道三もポンっと手を叩く。
ああ、すっかり忘れていた。
武田の折衝は平手久秀が行っていたから、詳しい事は聞いてなかったのだ。
「なるほど、逃げたわね?」
「ああ、お市ちゃんも大変だねえ」
長姫と小六が納得している。
「ほほほ、なるほど、なるほど」
道三も合点がいったと笑っている。
分かっていないのは俺と半兵衛だけだった。
「何の事ですか? 藤吉様」
「さあ、俺は知らん」
そして、話は伊勢攻めに移った。
「ふむ、関が臣従のう。本当か?」
「あの祝いの席での話だ。嘘を吐くはずがない」
嘘何か吐いたら切腹ものだ!
「そんな筈なかろう。半兵衛」
「はい。説明します!」
元気良く答える半兵衛。
「関盛信は前年に六角の家臣蒲生と接触しています。これは神戸家の当主が代わって神戸と関が和解した事が原因です。神戸家当主神戸具盛は関家を通して蒲生家から嫁を貰っています。なので、関家と神戸家は六角に臣従しているはずです。」
「「「おお!」」」
俺達三人は感心して拍手していた。
「いえ、そんな。恥ずかしいです」
この反応は年相応だな。
「で有るならばこの話。おかしいじゃろう?」
う~ん、確かに。
「でも蝮。こうは考えられないかしら? 六角に何か有ったのではと」
六角に何かねえ~?
「あれじゃないかい。確か浅井がどうとか?」
あ、野良田か!
「浅井か? 半兵衛」
「はい。分かりません!」
半兵衛が元気良く答えた。
知らないのかよ?
「六角が浅井の嫡男に嫁を取らせる話ですわ」
「嫁のう? 半兵衛」
「はい。分かりました!」
ちょっとは自分で答えろよ。じいさん。
「六角と浅井の間でこの嫁取りが揉めているのではないでしょうか。そして、浅井が嫁取りを断って戦に。浅井は朝倉が後ろに居ますので大戦になると思われます」
「でも、浅井が六角に勝てるのかい?」
確かに、浅井が六角に勝てる保障はない。
なのに関家は織田家に寄ってきた。
何で?
「まあ、おそらくは保身なのでしょうね?」
保身?
「うむ、それなら説明がつくのう。半兵衛」
「はい。お答えします!」
いや、だからあんたが答えろよ!
「関は六角と織田を天秤に掛けていると思われます。おそらく滝川には織田に付くと言っておいて欲しいと言ったのではないでしょうか? それを滝川は好機と捉えたと思われます。関の誤算は織田家が本気で伊勢に侵攻して来るとは思ってなかったのでしょう?」
なるほど、六角が不利になったら織田家にすり寄るつもりだったと、仮に六角が浅井を退けたらいままで通り六角に臣従する予定か?
しかし、左近に愚かにものせられたのだろう?
『六角が敗れてから織田家に誼を通じても遅いですぞ。その時には武田が六角を、そして伊勢は織田家が取る事になりましょうな? 市姫様の気性ならば領地安堵はおろか領地取り上げも有り得ましょう。御家を残すも潰すも貴方様の決断次第ですぞ?』
こんな感じかな?
「これは荒れるのう」
道三の言う事は分かる。
これは今年は近江と伊勢で戦が起きる。
しかし、俺は今回お留守番だ。
もしかしたら、四郎勝頼の相手を俺がしないと行けないのか?
それは嫌だなあ。
「まあ、まだ先の話よ。どれ餅をつきにいくかの」
「大丈夫なのか? じいさん」
「なに、少しは体を動かさんとな? かっかっか」
俺達は庭に出て餅をついている利久達と合流した。
「お、話は終わったのか。藤吉」
諸肌脱いで餅をついている利久。
「あ、藤吉様。つきたてですよ」
つきたての餅を持ってくる犬千代。
「あ、犬千代ちゃん待って!」
寧々が犬千代を追いかけてくる。
「兄者。変わっておくれよ」
「だらしないのな。小一殿」
小一と長康が交互に餅をついていた。
「旦那。この餅振る舞って良いんですよね?」
「ああ、皆にお裾分けだ!」
友貞がつきたての餅を配って回るように配下に伝える。
「さぁ、つくぞ。藤吉!」
「分かったよ。じいさん」
俺と道三は一緒に餅をついた。
永禄三年一月。
その年の初めの平和な一時だった。
滝川一益は以後、左近と呼び続けます。
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